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イヴェルス堂へいらっしゃい

イヴェルス堂へいらっしゃい-Case Cult- 白百合教団事件

作者: 波邇夜須

今日も続く何気ない日常、そんなある日の事だった。

閑散とした万屋イヴェルス堂の店内。

アタシはカウンターで腰かけながら、たまたま拾った本を読んでいた。

カランカラン。

そんな静寂を破ったのは、客を知らせる鐘の音。

「いらっしゃいませ」

久々にアタシの店に来た客の姿に私は読んでいた本を閉じ、顔を上げる。

「うわ、巫女服……」

アタシは思わず顔を顰める。

入ってきた客と思しき相手は、人間の女性だった。

黒い長髪に強気さを感じさせる目つき。

その彼女は何故だろうか、巫女装束を纏っていた。

「少しお話があるんですけど宜しいでしょうか?」

「ええ、良いわよ」

アタシ、サヤ・イヴェルスは街外れの林道奥でイヴェルス堂と言う名の万屋を営んでいる。

主な業務はこの世界とは違う世界から流れてきたと思われる様々な道具「異界具」の取扱い。

それと、様々な「依頼」を受けてそれをこなすと言う二つの業務が主だ。

恐らく今回も依頼だろう。

アタシはそう思い、彼女の話を聞く事にした。

「何の用かしら?」

「ええ、実は貴女にとても良い話があるんですよ!」

最初はやや深刻そうな雰囲気を持っていた彼女だが、不意に声の調子が良くなる。

呆気に取られるアタシをよそに懐から怪しい本を取り出した。

「この本は持ってるだけで人を幸せにしてくれる本で『フォーチュン・ブック』と言う本なんですけど、本来は非常にお高い本なんですよ」

「あの……」

「ですが今回、貴女に格安でご提供しようと思っているんです! さらにですね、この本を貴女のお知り合い5人に勧めるとですね」

「ちょっとアンタ」

「なんと最終的には百倍――いや、千倍以上の額になって貴女にキャッシュバックされるんですよ! どうですか!?」

「速やかに出て行きなさい」

それでも尚、言葉を続けようとする巫女を店から摘みだし扉を固く閉める。

巫女は暫く扉の前で何かを言ってるようだったが、ついに諦め店の前から立ち去った。

「何なの今の……」

それから暫く経った後、トントンと扉を叩く音が聞こえた。

アタシはさっきの巫女じゃないかとそっと覗き穴から外を見る。

そこに立っていたのは黒髪の女性だったが、先ほどの巫女と違い、白いドレスのようなものを纏っていた。

「ロワーさんか――」

アタシは扉を開き、次なる客を店内へと招き入れる。

今度こそ、仕事の依頼だ。私はそう確信した。

「珍しいわね、サヤちゃんが鍵を閉めてるなんて」

そう言いながら朗らかに笑う女性の名はロワー・ウェルエル。

このファーニアーの事実上トップに立つ「白き神子」と言う種族の女性だ。

彼女はこのイヴェルス堂に仕事の依頼を持ち込む一番のお得意さんでもあった。

正直なところ、厄介な仕事を持ち込む事が多いのであまり引き受けたくないのだが。

「今日はちょっと色々あったんですよ」

アタシは先ほどの事を思い出し少しげんなりする。

「ところでロワーさんは何の用? 仕事?」

「ええ、サヤちゃん……最近、怪しい訪問販売とか、宗教の勧誘とか無かったかしら?」

ロワーさんの言葉にあの妖しい巫女の姿を思い出す。

「そう言えばさっき、変な巫女が怪しいな本を売りつけに来たけど……」

「やっぱり“白百合教団”かしらね」

「白百合教団……?」

「ここ数日、ファーニアーで勢力を伸ばしてる新興宗教団体みたいなんだけど、この団体のやり方が悪質だと言う報告が沢山きてるのよ」

「悪質な宗教団体って……じゃあ、もしかして今回の依頼は」

「そうね、サヤちゃんには白百合教団の実状を調査して欲しいの」


その昼頃、アタシは白百合教団の本拠地だと思われる小さな神社。

白百合神社へと訪れていた。

神社自体の規模は意外と普通だが、使われている木材のアンバランスさと拙さが見て取れる。

その本殿の前には、何故か木造のステージと思しきものが備え付けられており、さらには簡易な音響設備が備え付けられていた。

ステージ前には白百合教団の信者と思われる人々が数多く居り、まるで操られているかのように皆一心にステージへと目を向けていた。

「ようこそ、白百合教団信者の皆!! ユリ・ホワイティアです!」

控えめな音量でスピーカーから女性のものと思しき声が響き渡る。

そして、ステージ上に黒髪で巫女服を着た女性が現れた。

「朝、ウチに来た巫女――」

そう、そのユリと名乗った女性は朝に怪しい本を売りつけにきた女性そのものだった。

アタシが思わず呟いた瞬間、ユリ・ホワイティアと目が合う。

「あら? 貴女は朝の……」

「ど、どうも――」

「もしかして貴女も入信するんですか?」

「ま、まぁ、そういう事になるわね」

ユリのステージ上からの見下すような視線と態度にイラッとしたが、依頼金の為にグッと堪える。

「それじゃ、貴女もオーディションを受けるって事よね」

「え、オーディション?」

ユリの言葉に私は思わず問い返す。

「ほら、ここに書いてありますよね?」

そう言いながら、ユリが一枚のチラシを私に手渡す。

そのチラシには「アイドルユニット『Lily White』メンバー選出オーディション」という見出しが黒字の楷書体で書かれており、他にも開催場所や概要が記されていた。

「と、言うことで女性の方は今から控え室の方まで移動してもらいます! さぁ、ステージ前に集まってくださいね」

アイドルユニットのオーディション!? 冗談じゃない!

アタシはすぐさまこの場から離れようと踵を返そうとした瞬間、肩をガシっと誰かに掴まれる。

掴んだのはもちろんユリ・ホワイティアだ。

「さて、貴女も控え室まで行きましょうね?」

半ば無理やり控え室まで連れて行かれ、一次審査が開始した。

一次審査は自身の長所等を好きにアピールする審査らしくその内容や信者達の反応から得点を付けるらしい。

今回、このオーディションを受けている女性は総勢60人。

アタシは「38」と数字の書かれた番号札を胸につけて、受けたくもないオーディションの順番を待っていた。

「次は38番さん、どうぞ!」

とうとう来てしまった自分の番。

ばっくれるのも簡単だがここまで来たら後に退く訳にはいかないと謎のプライドが声を上げ、思いっきりステージに飛び出していた。

大勢の人々の視線がアタシに集まる。

「うぐ……」

思いのほかの緊張に、思わず逡巡してしまう。

しかし、気持ちを奮い立たせて口を開いた。

「38番、サヤちんですぅ。えーあー、調書ぉ? 調書は書くの苦手ですぅ」

自分で恥ずかしいくらいによく意味の解らない声で、意味の解らないボケをかます。

いやもう、このまま、道化にでも何にでもなってやろうじゃないか――!

お金の為に…………!!

「あっ、間違えちゃったぁ。長所は元気な所かな~。じゃーねー!!」

とりあえず、頭に浮かんだことをテキトーに喋って、逃げるようにステージから去る。

そしてそのまま、舞台裏で思わず吐き出す。

「ないわぁ…………」

まぁ、落ちてしまえばそれはそれで問題ない。

別のルートでこの教団のことを調べればいいだけだし、元々こんな茶番に付き合うつもりは無かった。

通っちゃったら――いや、まさかアレで通るとは思えない。

一次審査が終わった後、アタシは何故か、ユリ・ホワイティアに呼び出された。

一体どうしてアタシだけが呼び出されたのか、全く見当も付かない。

まさか、アタシがテキトーにオーディションを受けたことに文句とか言うはずはないし……もしもそうだったら、ぶん殴って逃走してやるわ。

そう思いながら、白百合神社の裏にあるプレハブ小屋へと足を運んだ。

簡素なプレハブ小屋は若干の熱がこもっており蒸し暑く、テーブルと椅子、そしてベッドが置かれている以外は特に目立ったものは何も無い。

そんなプレハブの中には、私とユリの二人しかいない。

「よく来ましたねサヤちん」

「あ゛? サヤちん言うな」

ベッドに腰掛けるユリにサヤちんと呼ばれたのに無性に腹が立ち、思わずそんな返答をしてしまうアタシ。

しかし、ユリは気を悪くした様子は無く、寧ろ、恍惚とした笑みを浮かべる。

アタシの脳裏を嫌な予感が過った。

「良い、非常に良いですねサヤ!!」

「はぁ!?」

ユリはそんなことを言いながら立ち上がると、突然、アタシの両手をガッシリと掴む。

そのまま、グッと引き寄せられ、ユリの顔がアタシの顔に急接近。

ユリはアタシの耳元で、囁くように言った。

「ねぇ、サヤ――私と貴女の二人で頂点を目指してみませんか?」

「は? 何を言ってんの??」

「サヤ、貴女には特別に私の計画を教えてあげましょう」

「計、画?」

「ええ、私の計画。それが成功すれば、私達は世界を支配出来る」

ユリの手が私の腕を、肩をなぞり、首の裏に回される。

そして、ユリが口を開いた。

「アナタをリーダーにして、アイドルユニットLily Whiteを結成する。それを流行らせることでCDやグッズを大量展開。これで世界を席巻する。完璧です」

「って、それじゃあ抑々そのLily Whiteとか言うのが流行らないと意味無いじゃん!」

「ふふふ、それも問題ありません。なぜなら私にはカリスマがありますからね――」

「カリスマ?」

「見たでしょ? あの信者たち……この僅か数週間、私独力で集めた信者たちです」

宗教など立ち上げたこともないし、普通の宗教がどんな風にその勢力を付けていくのか、アタシは知らない。

だけど、確かにあの信者の数は、こんな訳の分からない新興宗教としては十分な勢力なのかもしれない。

「仮にそこまで大規模な展開は無理でも、信者たちは惜しみなくお金を出してくれます。それは今までの実績からも明らか」

そう言いながら、ユリが懐から出した売上表。

そこには莫大な額が示されていた。

間違いなく、今まで行った悪質な商法で稼いだ売上金だ。

「たった数日で、こんなに……」

「ええ、最高のビジネスだと思いませんか?」

正直、ユリの誘いは非常に魅力的だった。

もちろん、あまり褒められたような金儲けの仕方ではない。

だが、それ以上に、奇妙な引力をユリの言葉に感じていた。

「歩合は?」

「そうですね……必要諸経費とその他メンバーへの報酬金を差し引いて、私と折半でどうでしょう? 悪いお話ではないと思いますよ」

「上等――」

ユリはニコッと口元を微笑ませると、そのまま私の体をグッと引く。

アタシはユリの上に被さるようにベッドの上に倒れこまされた。

「でも、断る」

アタシはユリの手を払いのけ、その身を起こす。

「どうして――」

「やり方が気に入らない。それ以上に、アンタがすっごい気に入らない!」

「っ――! ならば――私の奴隷になりなさい!!」

体を這うような奇妙な魔力を感じる。

「何、コレ――!?」

ねっとりとした嫌な感じが周囲に漂う。

ユリの放つ微細な魔力がこの周囲に反響するように膨れ上がり、アタシの体へと纏わりついていく。

「さぁ、サヤ――私の目を見て――!」

妖しく光るユリの瞳――それを見つめていると、なんだか、吸い込まれ、そう、に…………。

体から力が抜けていく――バランスを崩し、倒れかけたアタシの体をユリが優しく支えた。

「サヤ――」

「――――っユリ」

ユリの体温が、触れた体を通して伝わってくる。

ユリの顔がゆっくりと、アタシの顔に近づいて来る――。

「――んな」

「――?」

「っけんな――!!!」

グッと全身に力を込めて、ユリを思い切り突き飛ばす。

「キャッ――!?」

突き飛ばされたユリがベッドにもたれこむ。

「そんな――私の術が効かないなんて――」

「この魔術――この辺りの何かを起点にして魔術の効果を増幅してるみたいだけどどうやってんの?」

「そんなの教える訳ないでしょ――!!」

「そう――なら」

アタシは懐から三枚の魔術符を取り出す。

「全部、ぶっ壊す」

これは魔力と術式が込められた符で、アタシの放つ微細な魔力によって起動し、込められた魔術が発動する。

ちなみに、何の魔術が発動するかはアタシ自身で理解していない。

基本は爆発系なので、これも爆発系だろ。多分。

「なっ――――」

魔術符に魔力を通し、上空へと投げる。

ヒラヒラと舞い散る符が次第に赤光を放ち――巨大な爆発を引き起こした。

吹き飛ぶプレハブ。

爆風に吹き飛ばされ、地面に倒れこむユリ。

そんな彼女に構わず、アタシは周囲に目を凝らす。

「見つけた」

異変を感じたのは、白百合神社の本堂。

アタシには、直感なのか、能力なのか見たモノの性質が「何となく解る」。

一部では「魔眼」とも言われ、色々厄介なモノなのだが、こういう時に役に立つ。

新たな魔術符を取り出し、神社の本堂へ足を向けた時、爆発の騒ぎを聞きつけた信者たちが集まってきた。

「貴方達、サヤを捕えなさい!」

ユリの言葉に従い、信者たちが操られたようにアタシの元へと群がってくる。

「いくら無茶苦茶な貴女でも、これだけ無関係の一般人相手では――」

「――――無関係?」

ハッ、片腹痛いわ。

例えユリによる洗脳魔術が効いているとしても、こんな馬鹿げたカルト宗教にハマるなど言語道断。

アタシは、取り出した魔術符の内の一枚を、人差し指と中指に挟み持ち、天へと掲げる。

「鳴り轟けよ、龍の息吹――」

口から紡がれる即興詩。

魔力が魔術符へと通り、青白い電光を導き出す。

「蜷局龍」

刹那――電撃がアタシを取り捕まえようとしていた人々に走り、人々は気を失った。

「そんな!」

アタシはそのまま神社の本殿へ向けて、魔術符を投げつける。

「紅き灼熱――爆砕せよ!」

アタシの言葉に呼応するように、魔術符は輝き、爆炎を上げた。

燃え上がる白百合神社本殿。

ユリの洗脳魔術を受けた人々が正気に返っていく。

「そんな――私の、夢が……」

燃え上がる神社を茫然と見ながら、ユリが地面にへたり込む。

「もう、諦めなさい」

「私が、材料を掻き集めて、一人で建てた神社が――」

「ってコレ、アンタが一人で建てたの!?」

道理で、若干の歪みが見えたりと不安定さがあった訳だ。

尤も、この規模の神社を一人で建てるなど、頭がおかしいとしか思えないが。

「てか、そもそもアンタ、なんで神社なんて建てようと思ったのよ?」

「私、孤児で、お金も無くて……でも、お金、欲しいから…………神社建てれば、お賽銭で稼げるかな、て」

「アンタ、バカァ!?」

「うぅ……」

発想は明らかにおかしい。

だが、洗脳魔術は抜きにしても、そこからここまで持ってきた頑張りはすごいのかもしれない。

「やれやれ、アンタこれから真面目に働く気ある?」

「えっ……?」

瞳に涙を浮かべながら、ユリがアタシの顔を見上げてくる。

「どう? しばらくウチでバイトしてみない?」


それからしばらく。

「サヤ様~! これ、今月のキャラクター使用料です!」

「あ、ありがと……」

「見てください! この新商品、ぐったりサヤちん!! 可愛いでしょ?」

「いや、その、ナニソレ……」

どういう訳か、ユリはサヤ・イヴェルスファンクラブなるものを立ち上げ、そのグッズ販売でお金儲けをしているらしかった。

白百合教団の時とは違い、思いのほか良心的な設定で、結構真面目に営んでいると言う事は調査済みだ。

「ていうか、アタシをモチーフで売れてんのソレ……」

「結構人気ですよ! イヴェルス堂のサヤ様って言うと元々有名だったみたいですしねっ」

そ、そうなのか。

確かに今まで色々な事をやらかして来ているアタシは、良くも悪くも有名なのは自覚もしているが。

ま、まぁ、以前よりお客の数は増えているような気はするしそれは彼女のお陰なのだろうか……うーむ、複雑だ。

「私も毎晩、このおっきなぐったりサヤちんと一緒に寝てるんですよ~」

「うわぁ、何ソレ嫌だ」

「またまた、テレちゃってぇー」

こんな調子で、ユリは毎月の使用料の支払い時と言い、新商品の企画、発売の時と言い、ちょくちょくイヴェルス堂へと顔を出す。

ぶっちゃけ、使用料も、そんな新商品の情報も要らないのだが、そうは言っても聞いてくれないのだから仕方ない。

「ユリは、そろそろサヤ様と一緒にベッドインしたいですー!」

「うっせー、帰れ!!!」

全く、やれやれだわ。

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