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旧『ハウリング』 改定前  作者: ハイたん
零の章 【消えない想い】
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0-4 友人

 ――私たちはずっと一緒だよね。

 そう少女は言いました。



 ****



 来客があったのは、俺とナベリウスが朝食を摂っていたときのことだった。

 俺はフローリング張りの廊下を小走りで玄関まで向かう


「はい、萩原ですけど」


 そう言い終えるのと、開錠を済ませて扉を開くのは同時だった。

 朝特有の眩い日差しが目に染みる。まだ早朝ということもあるが、それを踏まえても気温は低い方で、風は肌寒かった。

 萩原邸の敷地と道路を隔てているのは、およそ一メートルほどの高さの煉瓦壁と、その上に建てられたロートアイアン製のフェンス。自然石を敷き詰めたアプローチが、萩原邸の玄関と門扉を繋いでいる。

 俺が玄関に立っていて、お客さんが門扉の向こう側に立っていた。


「いい天気だな、夕貴」

「おまえは近所の主婦かよ。井戸端会議なら向こうでやってろ」

「えー。そんなつれないこと言うなよ夕貴ちゃん」

「夕貴ちゃん言うなっ!」


 反射的に突っ込んでしまった。

 この人様にちゃん付けした失礼な男は、玖凪託哉くなぎたくやと言う。

 わりと明るめに脱色された髪と、世間一般の基準と照らし合わせても十分に整っていると言える顔立ち。なにより身長が高いのが羨ましい。俺より五センチ近くも上なのだ、こいつは。


 いまにして思えば、俺たちの付き合いもしぶとく続いてるものだ。

 託哉と出会ったのは、高校二年生のときだった。

 学年が変わると、馴染んだクラスも変わる。本来ならば期待と不安に満ちたクラス替えは、それなりに楽しみなイベントに分類されるだろう。

 親しんだ友達と離れるのは思うところがあるけれど、友好の輪が広がるのは素晴らしいことだ。

 でもちょっとだけ人見知りの気がある俺にとって、クラス替えは学校側が仕組んだ試練のようにも思えた。

 昔から、俺はどこに行っても目立った。女っぽい顔立ちが物珍しかったのだろう。好奇の視線は、本当に気が滅入る。

 そういえば――クラスが変わったり、何かの行事で他学年と交流する機会が出来ると、やたらと女の子が喋りかけてきたりする。

 まあ『女みたいな萩原夕貴に一言だけ喋りかけてくる』という罰ゲームでも科せられたんだろう、と決め付けていた俺は、無愛想に返事しまくっていたんだけど。

 とにかく高校二年生のクラス替えのときも、俺は自席に腰掛けて、さりげなく周囲を威嚇していた。その成果もあったのか、クラスの連中は遠巻きに視線をよこすだけで誰も喋りかけてこなかった。

 でも何事にも例外はあるように、あのときの萩原夕貴にとっても例外はいたのだ。


 ――おまえ女みたいな顔してんだな。

 それが託哉の第一声。

 ――うるせえよ。おまえこそ玖凪とか変な名前してるくせに。

 俺の声は、かなり苛立っていたように思える。


 出会ってから、二年が経った。

 初対面では一触即発っぽい感じだったのに、気付けば託哉とつるむ時間は次第に増えていった。

 他人から顔見知りに。

 顔見知りからクラスメイトに。

 クラスメイトから友達に。

 基本的に、人付き合いには多少の気遣いが要求される。誰だって自我を押し通すことは不可能なのだ。当然だろう。ワガママが許されるのは、赤ん坊か王様だけなのだから。

 あらゆる打算的なものが必要になるのが人間関係だ。対人関係を円滑に進めていく上で、それが活醤油として機能するのなら”嘘”だって是とされる。

 でも不思議と――託哉には、うざったらしい気遣いは無用だった。一緒にいても疲れないし、何より楽しい。

 まあいわゆる、馬が合った、というやつだろうか。


「それで? 何しに来たんだ、おまえは」


 いつナベリウスという爆弾が炸裂するのか気が気でなかった俺は、託哉に早く帰ってもらうために、わざと素っ気無い声で言った。


「何しに来たとは他人行儀だなオイ。夕貴ちゃんが昨日も一昨日も学校休んでたから、わざわざ早めの時間に迎えに来たんだぜ? それに水曜きょうは一限目に同じ講義を取ってあるだろ?」

「夕貴ちゃん言うな!」


 とりあえずツッコミを入れておく。こればかりは見過ごせない。

 ……あれ、でもそういや俺って、今週始まってから学校行ってないよな。まあ先週の土曜日にナベリウスがやってきたせいで、大学に行くヒマがなかったんだけど。

 うーん、さすがに今日も続けて休んだらまずいか?

 正味なところ、今年入学したばかりの俺にとって大学は未知数なのだ。だから早いうちに慣れておきたい。それにせっかく母さんがお金を出してくれているんだし。

 ただ、ナベリウスをどうするべきか、だよなぁ。

 留守番を任せるのも一抹の不安が残るし、かといって大学に連れて行くのも自殺行為だし。


「なあ夕貴。立ち話もなんだから、とりあえず上がってもいいか?」

「ん? ああ――」


 いいよ、と言おうとして違和感が先に出た。

 この玖凪託哉という男は、萩原家とびっくりするぐらい付き合いが深い。その深度は、俺の母さんが託哉に家の合鍵を渡そうとしたぐらいだ。

 まあ母さんは天然入ってるというか、正直ちょっとだけバカだからな――まあそこが可愛いところでもあるんだけどって言ったらマザコンだが――とにかく俺の友達ならば、問答無用で悪いやつじゃないと信じて疑わない。

 とまあ話が逸れたけれど。

 普段の託哉は、呼び鈴も鳴らさず勝手に家に入ってくることが多い。それは俺も母さんも許可している。萩原邸に泊り込むことが多い託哉だから、いちいち来客用のベルを鳴らすのも面倒がかさむだけだ。

 つまり託哉が、こうして改まって萩原邸を訪ねてくるのは珍しいのだ。


「ダメか?」


 痺れを切らしたのか、託哉は言葉を重ねる。

 ……気のせいか。

 ほんの一瞬、託哉の瞳が鋭く細められたような気がした。ぞっとするほど冷たい瞳。ありあまる感情が、すべて抜け落ちたみたいだった。


「ああ、ダメだ」


 思わず許可しそうになったが、寸前で拒否した。

 だって家の中にはナベリウスがいるのだ。この女好きの託哉と、あの子悪魔染みたナベリウスを引き合わせたら、どんなビックバンが起こるか分からない。


「ふうん――そっか。ダメなのか」


 意味深に頷く託哉。

 そういえば――こいつは昔から、風邪も引かない健康体なくせに、脈絡もなく学校を数日続けて休んだりする男だった。ちなみに理由を問いただしても、託哉ははぐらかすばかりで一向に答えを教えてくれない。

 まあ、だからなんだという話だけど。


「もしかして、家の中に誰かいるのか? 小百合さゆりさんはいないんだろ?」

「ああ。母さんは実家のほうに行ってるけど……いや、それよりも」


 こいつ、どうして。


「どうして家の中に、誰かがいるって思ったんだ?」


 母さんがいないって分かっているのなら、いまの質問は出ないはずだ。

 もちろん邪推だろうけど、俺には託哉が『ナベリウスが萩原家に滞在していることを知っている』ような口振りに思えたのだ。

 こんなときに、こんなときだからこそ、あの自称悪魔の台詞が脳裏を掠める。



 ――だってわたし、悪魔だし。



 その悪を代表するような存在が仮にも実在するのなら、それを排除しようとするような連中がいてもおかしくない。

 もしかして、託哉は――!


「いやいや、だって夕貴――さっきから、おまえの後ろに誰かいるじゃん」

「へ?」


 その怪談のオチを飾るような一言を聞いて、背筋に冷たいモノが這い上がった。

 次の瞬間、がしっと肩を掴まれた。思わず悲鳴を上げかけた俺は、背中に誰かがしなだれかかってくるのを感じた。


「ちょっと夕貴ぃ? わたしを放って、一体なにをしてるのかなぁ?」


 俺の耳元に、彼女は囁く。生暖かい息がこそばゆくて、無意識のうちに肌が粟立った。

 あぁ、また面倒なやつが出てきやがった。


「……ナベリウスか」

「そうそう。あなたの愛しいナベリウスちゃんです。あまりにも夕貴の帰りが遅いので、ちょっと心配になって来ちゃいました」

「おまえが来たせいで俺は心配になったぞ……」


 ぶつくさと文句を言ってみるも、事態の悪化は止まらなかった。

 俺の肩越しにひょいと顔を覗かせたナベリウスは、門扉の向こうに立つ託哉を認めた。


「あら、夕貴のお友達?」


 まるで俺の姉みたいな親しさと気安さだった。

 反対に、託哉は驚きに目を見開いて、全身をぷるぷると震わせている。

 どこからどう見ても衝撃を受けていた。もちろんナベリウスという、絶世の美女を目の当たりにして。


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