表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Short Short Circuit

この思い

作者: 境康隆

 ああ、この思いはあの人には伝わらない。こんなに恋い焦がれているというのに、あの人はいつも知らんぷり。どうして? 何がいけないの? 私は私の持てる全てをあの人に捧げているというのに。

 ううん。分かっている。私は本当は臆病者。あの人に捧げているのは、この身の内面だけ。

 私はあの人を見つけると、いつもじっと見つめてしまう。それでいて目が合いそうになると、その恥ずかしさに耐えられず目をそらしていた。

 そう。私はいつもあの人を人知れず見つめることしかできない。あの人のことを考える為に、この身に与えられた時間を使うことしかできない。あの人のことを考えてこの身を苦悩に満たすことでしてか、私はあの人に己の全てを捧げる術を知らない。

 空回り。一芝居。妄想癖。

 色んな言葉が私には似合うだろう。

 だって、でも仕方がないの。あの人は私と目を合わさない。

 いつもそう――

 私を避けてあの人は生きる。あの人の生活の中に私はいない。あの人の気持ちの中に私は入っていない。

 だってそう――

 あの人は私とたまたま鉢合わせすると、すっと身を退くようにいなくなる。

 今日もそう――

 あの人は目を合わせたぐらいで、私からプイッと顔をそらしてしまった。

 なんでそんなに私を拒むのか。

 私はこんなに、あなたのことを愛しているのに。

 この思いをどうしたらいいのだろうか。この気持ちを何処にやればいいのだろうか。この感情をどう伝えたらいいのだろうか。

 いつもそう――

 私の思いは伝わらない。私はこんなに愛しているのに。理不尽だ。

 だってそう――

 こんなに毎日あの人のことを思っているのに。この思いが伝わらないなんて、何かがおかしい。

 今日もそう――

 私程あの人のことを見つめている人間はいない。私だけが彼に相応しいはずなのに。

 こんなのおかしい。

 あの人は何故何時も私から目をそらすのだろう。ほんの少し目を合わせたいだけなのに。あの人の視界の端に映りたいだけなのに。

 ああ、間違っているわ。この私があの人に避けられるなんて。あの人にこの思いが伝わらないなんて。

 あの人は今も私の姿を見つけると、逃げるように消えてしまった。

 何故?

 どうして?

 ああ、そうか。

 あの人はとてもシャイなんだ。

 だから私の思いを知って、それを正直に受け止めるのが恥ずかしいんだ。そうなのね。この思いは伝わっていたのね。だけど彼が人に知られるのを嫌がっているのね。でもそれは責められないわ。私だってそうだもの。あの人に偶然出くわしたら、その驚きと緊張に耐えられない。だから私だって、あの人似たようなもの。自分から目を合わせるくせに、目が合うとすぐ離してしまっていたもの。あはは。あはは。だったら何の問題もないわ。私達は結ばれる運命にあるのよ。この思いはあの人に届いているのよ。私達はお似合いの二人。似た者同士の私達は結ばれる定めにあったのね。嬉しいわ。だけどどうしよう。この私達だけの秘密。二人が既に愛し合っているという秘密。こんなに純粋な思いが、二人の慎ましさから伝わり合わないなんて。こんなのあってはいけないことよ。

 だからそう――

 私はあの人を自分だけのものにすることにした。あの人を殺して私だけのものにするのよ。ふふん。だってそうでしょう? 私達は愛し合っているんだもの。そうすれば、あの人を永遠に私のものだけすることができるのだもの。に何もおかしいことなんてないわ。私だけのあの人。あの人は私だけのもの。もう、お互いに目をそらしたりしないわ。あの人も恥ずかしがる必要なんてなくなるわ。そうよ。これがシャイなあの人の為なのよ。私のこの思いを伝える為なのよ。ああ。このナイフがあの人の脇腹に突き刺さったら、あの人は永遠に私だけのものになるのね。うふふ。手間のかかる人ね。でも、いいの。あなたの為なら、こんなことなんでもないわ。待っていてね。私の熱いこの思いを背中からこう――

 私があの人の為に思いを確かめていると、不意に背中をとても熱いものが駆け抜けた。

 君が悪いんだ――

 振りかえるとあの人がいた。

 あの人は私の背中にとても熱い思いを打ちつけていた。

 まあ、なんてシャイな人。

 人の背中にナイフを突き立ててまで、思いを伝えようとするなんて。

 でもいいわ、私達はやはりお似合いの二人だった証拠だもの。

 でもどうして目を合わせてくれないの? この思いを伝わって下さったんでしょ?

 私はあの人のものになりながら、最後までそのことが分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ