この思い
ああ、この思いはあの人には伝わらない。こんなに恋い焦がれているというのに、あの人はいつも知らんぷり。どうして? 何がいけないの? 私は私の持てる全てをあの人に捧げているというのに。
ううん。分かっている。私は本当は臆病者。あの人に捧げているのは、この身の内面だけ。
私はあの人を見つけると、いつもじっと見つめてしまう。それでいて目が合いそうになると、その恥ずかしさに耐えられず目をそらしていた。
そう。私はいつもあの人を人知れず見つめることしかできない。あの人のことを考える為に、この身に与えられた時間を使うことしかできない。あの人のことを考えてこの身を苦悩に満たすことでしてか、私はあの人に己の全てを捧げる術を知らない。
空回り。一芝居。妄想癖。
色んな言葉が私には似合うだろう。
だって、でも仕方がないの。あの人は私と目を合わさない。
いつもそう――
私を避けてあの人は生きる。あの人の生活の中に私はいない。あの人の気持ちの中に私は入っていない。
だってそう――
あの人は私とたまたま鉢合わせすると、すっと身を退くようにいなくなる。
今日もそう――
あの人は目を合わせたぐらいで、私からプイッと顔をそらしてしまった。
なんでそんなに私を拒むのか。
私はこんなに、あなたのことを愛しているのに。
この思いをどうしたらいいのだろうか。この気持ちを何処にやればいいのだろうか。この感情をどう伝えたらいいのだろうか。
いつもそう――
私の思いは伝わらない。私はこんなに愛しているのに。理不尽だ。
だってそう――
こんなに毎日あの人のことを思っているのに。この思いが伝わらないなんて、何かがおかしい。
今日もそう――
私程あの人のことを見つめている人間はいない。私だけが彼に相応しいはずなのに。
こんなのおかしい。
あの人は何故何時も私から目をそらすのだろう。ほんの少し目を合わせたいだけなのに。あの人の視界の端に映りたいだけなのに。
ああ、間違っているわ。この私があの人に避けられるなんて。あの人にこの思いが伝わらないなんて。
あの人は今も私の姿を見つけると、逃げるように消えてしまった。
何故?
どうして?
ああ、そうか。
あの人はとてもシャイなんだ。
だから私の思いを知って、それを正直に受け止めるのが恥ずかしいんだ。そうなのね。この思いは伝わっていたのね。だけど彼が人に知られるのを嫌がっているのね。でもそれは責められないわ。私だってそうだもの。あの人に偶然出くわしたら、その驚きと緊張に耐えられない。だから私だって、あの人似たようなもの。自分から目を合わせるくせに、目が合うとすぐ離してしまっていたもの。あはは。あはは。だったら何の問題もないわ。私達は結ばれる運命にあるのよ。この思いはあの人に届いているのよ。私達はお似合いの二人。似た者同士の私達は結ばれる定めにあったのね。嬉しいわ。だけどどうしよう。この私達だけの秘密。二人が既に愛し合っているという秘密。こんなに純粋な思いが、二人の慎ましさから伝わり合わないなんて。こんなのあってはいけないことよ。
だからそう――
私はあの人を自分だけのものにすることにした。あの人を殺して私だけのものにするのよ。ふふん。だってそうでしょう? 私達は愛し合っているんだもの。そうすれば、あの人を永遠に私のものだけすることができるのだもの。に何もおかしいことなんてないわ。私だけのあの人。あの人は私だけのもの。もう、お互いに目をそらしたりしないわ。あの人も恥ずかしがる必要なんてなくなるわ。そうよ。これがシャイなあの人の為なのよ。私のこの思いを伝える為なのよ。ああ。このナイフがあの人の脇腹に突き刺さったら、あの人は永遠に私だけのものになるのね。うふふ。手間のかかる人ね。でも、いいの。あなたの為なら、こんなことなんでもないわ。待っていてね。私の熱いこの思いを背中からこう――
私があの人の為に思いを確かめていると、不意に背中をとても熱いものが駆け抜けた。
君が悪いんだ――
振りかえるとあの人がいた。
あの人は私の背中にとても熱い思いを打ちつけていた。
まあ、なんてシャイな人。
人の背中にナイフを突き立ててまで、思いを伝えようとするなんて。
でもいいわ、私達はやはりお似合いの二人だった証拠だもの。
でもどうして目を合わせてくれないの? この思いを伝わって下さったんでしょ?
私はあの人のものになりながら、最後までそのことが分からなかった。