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賞賛されない部隊



 降りしきる雨の中、拠点では沈黙が続いている。今日の雨脚は早く、あと十数分の後に上がることが報告に上がっている。それを皆知っていながら、少しでも長くありたいというかのように、ただの雨音を至上の歌として聴き入っているのだった。


 ――この雨が上がれば、我々の作戦は決行される。



「絶対値……か」


 深い彫りの顔に濃い髭がよく似合う、不味そうに燻らせる湿気った煙草だけが佐官特権になってしまった隊長の彼が、もう幾ら前だったか忘れてしまった誰かの問いに、呟くように応える。


「相対値じゃないんだよな。 戦時下の善悪なんて……祖国に相対する敵国の在りよう、敵国に相対する祖国の在りよう、幾らでも変化する……」


 その言葉は曖昧で、霧散する煙のように、拠る辺もなく呟かれるだけだった。誰も聞いていない、彼自身も同じく。この臨時編成の小隊の隊員達は皆、進軍前はまったく別々の隊にいたのだから、再編に次ぐ再編の中で、他の隊員の存在に配る気など、意味を失くしていたのだろう。

 しきりに小石を弄ぶだけの狙撃手は、こちらのことなど気にしているはずもない敵の襲来を、闇の中に探し睨む。祈りを捧げる衛生兵は、こちらのことなど知りえるはずもない守るべき人の写真を、大切に抱え込んでいる。ゆする足を止めようともしない通信手は、じっと電話の前に座り込んでいる。


「でも、俺達だけは絶対的な悪なのだろうな……」


 ――隊長の呟きは、やはり最後まで誰にも拾われることなく終わる。




 大陸の覇を担う大国にて、古くより伝統として重んじられて来た技術をより広く民衆に役立てんとし、その汎用化と応用化を推進した商団がいた。後に大国に成り代わる小国同盟の盟主として台頭する商団の旗頭はこの年、より技術革新を推し進めるために独立を目指して、大国へと戦いを挑んでいた。

 その黎明期において、物理的な数量として圧倒的である大国との戦況を覆したのは革新した技術であったと歴史では語られているが、往々にして陋習の歴史というものは存在する。それはこの戦争にしても同じく、種を明かせば大国にあっても虐げられし者達によって組織された部隊の活躍があったのだという。

 同じ祖国の同胞を私怨から憎み、敵国の操り人形として使い捨ての駒となる任務に身を投じながらも戦い続けた彼らの存在が、歴史の表に浮かぶことがないのは、当然のことだといえる。




 ふと鳴り響く電話の音に、にわかに拠点の時間が動き始めた。弄んでいた小石を強く握り締め、胸ポケットの手をのばして電話を掴んだ隊長の耳に、最後の指令が届いた。

 資材を消費し尽すまで戦い続けたために、転がり込んだ無人の民家の電話を簡易改造して利用している通信機への入電。入電された時点で傍受されているこの指令が、小隊の現状をありありと表している。 隊長は、小石と写真と、屍と遺品だけの小隊員をつれて拠点をあとにする。顔さえおぼろげで、名前も忘れてしまったいっときだけの隊員達。後にどう罵られようとも、せめて最後まで連れていかなければ、報われないのだと彼には思えた。

 見上げた空は雨が止んでも黒雲が去ることはなく、さらに戦火に照らされて混沌の様を表しているかのようだったという。


 ――その空に向かって、隊長はまた呟く。


「……突撃だ!!」










『オゥ!!』


 幾千人もの、報われぬ者達の声に、背中を押された気がした。




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