部長とボク 通り雨篇
「わたし、雨女なの」
その彼女の言葉に僕が何の感慨も抱かなかったのは、その時点で既に決まっていたことなのかどうか、今でもよく分からない。ただ言えるのは、カラスの濡れ羽色という比喩がとても似合う彼女の長い髪、その隙間に覗く吸い込まれるような双眸からは、何ら声色に滲むものがなかったからだ。
それは去年の夏に、部活の合宿をさぼって出掛けた遠野への道の途中。峠を越える田舎道の寂れたバス停で雨宿りした時の出来事だった。別に相棒のクロスバイクがパンクしてたとはいえ、空気はまだ残っていたのだから、ちょっと無理して下り坂を進めば市街地へ抜けれるはずで。ほんのちょっと、軽い気持ちで僕はそのバス停の簡易的なトタン小屋に足を踏み入れた。
事実そこにはほんの数分しか居なかった。思わぬ先客だった彼女。ラフなカットソーにジーンズ姿で、やけに大きなザックもその格好と合わせればトレッキング用なのかなとすぐに思いついた。そんな彼女とも、少し言葉を交わしただけだった。彼女が発した言葉が、バスもう来ないよ?、傘使ったら?、行かなくていいの?、雨上がらないよ? 僕が発した言葉が、バスは待ってないよ、自転車だから意味ないし、少ししたら行くよ、どうして? 初めて疑問符をつけて投げかけた僕の言葉に、彼女はその言葉を返した。たったそれだけの、短い出来事だったので、特に思い出すこともなく今に至っている。
「そんなオチもないどーでもいい話をいきなり語り出す君にはびっくりよ」
「そんなオチもないどーでもいい話にいきなり食い付く部長にも驚きです」
今は夏休み目前の七月上旬、場所は高校のプール縁の屋根付きスペース。カッと照り続けたUV攻撃に滅入る今年のプール授業にしては今日のような通り雨日和はとっても心地良いのだが、それでも日焼けしやすい部長には好ましくないらしく可能な限り日陰へ退避する。そしてついでに隣へ僕が配置される。ちなみに学年が同じで歳も一緒なのにも関わらず呼称が部長と君とになっている辺りで、てきとーに人間関係を穿って見ててもらえれば手間が省ける。
「まぁ、それがいつのことだったのかは保留として」
「……後生です」
「そう、それなら私がオチをつけてあげよう」
「……はい?」
トタンが雨樋を兼ねてる所詮安物の屋根からは滝のようにやたらうるさく水が流れ落ち、無遠慮に下へ直撃して撒き散らしながらプール縁を伝い、プールへと辿り着く。その水の侵略で、その、水着の接地面が湿っていくのが嫌だったのか、部長は体育座りをやめて膝立ちのまま、僕のすぐ傍まで来て得意げに胸を張る。僕は部長の言った言葉への当惑と、ナチュラルにまっすぐ横を向いてしまった目線の先的な困惑とで、呆けたような返答をする。
「つまり、君が会った彼女は、妖怪なのよ!」
「…………はい?」
「通り雨の時に子供をさらってしまう女性の姿をした妖怪よ。説によればやはり通り雨の時に子供が神隠しにあってしまった母親が妖怪化したらしいわ」
「………………えー」
「だって、彼女は雨女って言ったんでしょ?」
「そうですけど?」
「その妖怪、雨女って言うんだもん」
「……………………まっさかぁ」
「だよねー」
「そうですよ」
「でっかい袋に子供入れて持ち運ぶとか、マッスル過ぎよね(笑」
「…………………………ですよねー(汗」
とりあえず、今年の夏休みは素直に合宿へ行こう。
「あ、そーか。合宿で検証してみよっか?」
ダレカタスケテクダサイ(泣