一目惚れ
ロング・ギャラリーは一見、長い廊下に見えるが、独立した部屋である。
そこで今宵はパーティーが開かれ、皆、美しく着飾っていた。
宝石や宝飾品を身につけ、ファッションショーのような雰囲気である。
もちろんロング・ギャラリーの名の通り、絵画や彫刻が展示されており、テーブルや椅子も用意されているのだった。
ジョンは招かれた客の1人であり、飾られた絵画を見ていく。
すると、1人の女性が1枚の絵の前で泣いていた。
「…どうしました?」
躊躇したが、美人なので話しかけてみると、女性は涙を拭き、口を開く。
「ちょっと感動いたしまして…。命のこもった作品ですわ」
「ほう? どんな絵画ですか?」
ジョンはハンカチを差し出すと、女性が見ていた絵画に注目する。
天使と悪魔が戦っているような、勇ましさを感じるのだが、どこか暗いものを感じる絵画でもあり、ジョンもほうと息を吐く。
「これは…描き手を褒めなければなりませんね」
「そうですわね。…ハンカチ、ありがとうございますわ」
女性は涙を拭い、笑顔を浮かべると、10代の少女のようにも見えた。
ジョンは心がときめき、気づけば名乗っていた。
「私、ジョンと申します。歳は20代。今日は友人のトムに誘われて来たのです」
「そうですか。私はその、キャサリンと申しますわ。歳はあなたと同じくらいでしょうか。私も今日のパーティーに招かれた1人ですわ」
女性ーキャサリンは黄色のドレス姿で、まるで春の太陽を思わせるような衣装だった。
一方、ジョンは星座を思わせる青い衣装を身にまとっており、2人が並ぶと、朝と夜で目立つ存在だった。
ちらちらと視線が飛んでくるので、ジョンはキャサリンに手を差し出す。
「私1人ではつまらないので、これも御縁です。一緒にパーティーを楽しみませんか?」
「ありがたいですわ。私も1人なので、困っていましたの」
キャサリンはレースの手袋をした手を差し出し、2人は仲良く歩いていく。
「食事はどうしますか?」
「そうですわね…。軽く何かいただきましょうか?」
「ーおい、君」
ジョンが使用人を止めると、注文を口にする。
「軽めのものーサンドイッチでも持ってきてくれないか? あと…あの、キャサリン、飲み物は…?」
「ワインでいいですわ」
「私もワインでいい。サンドイッチの味を潰さない程度のワインを選んで、持って来てくれ」
「ー畏まりました」
使用人は足早に進んでいくので、ジョンはキャサリンに聞く。
「どちらに行かれますか? まだ絵画や彫像を楽しみますか?」
「そうですわね…。皆の自慢話を聞いたり、最新のファッションを聞いたりするのも、疲れますし…。本当はそれが目的のパーティーなのに、私、変わっているでしょう?」
「そうでもありません。私も自慢話はちょっと…。自分が苦労して手に入れた話もいいのですが、ほどほどにしたほうが恨まれませんし。嫌われるのも怖いものですしね」
ジョンが周りに目を向け、一生懸命、背伸びして人々の話を聞かせる者達を見る。
堂々と胸を張っているが、中には金銭に苦しんでいるのに、喜んで着飾っている者もいるようだった。
しかし見栄を張りたい人間はいるもので、あちらこちらで、ファッションについて語っている。
「うーん、皆、やるなあ。普通が一番いいと思うんだけど」
「私もそう思いますわ。宝石をたくさん身につけるのもいいのですが…。宝石の似合う顔や体格というものがあると思いますの」
後半は小声で言い、ジョンもくすりと笑う。
息が合う女性だと思い、彼女に会えただけでも、来てよかったと思うのだった。
「今度、私の邸に来ませんか? あ、あの間違っても、手を出すとかそういう意味ではなく」
「まあ!! それは嬉しいことですわ。行かせていただいてもよろしいかしら?」
「もちろんです。場所は…」
住所を教えると、キャサリンはしっかりとうなずく。
「まずは手紙を差し出しますわ。少しずつお互いを知っていきましょう」
「はい。あの、婚約者などは…?」
「おりませんわ。こう見えても気が強いのか、男性が寄ってきませんの。木登りとか得意ですのよ」
キャサリンは胸を張り、ほほと笑う。
冗談のような、冗談じゃないような口調に、ジョンも微笑む。
「あなたと話していると、心が軽くなる。ぜひ我が邸にいらっしゃってくださいませ」
「はい。ありがとうございます」
2人は秘密を共用したような雰囲気で、2人だけの時間のような気がした。
ジョンはじっとキャサリンを見る。
ー顔はOK。ドレスのデザインもOK。私のために出会ったようなものだ。
ふふと笑うと、使用人がやって来て、食事を持って来てくれる。
「そこのテーブルにつきましょうか」
「ええ。そうしましょう。何だが喉が渇きましたわ」
キャサリンはドレスの裾を持つと、椅子に座ろうとするので、ジョンがここは椅子を引いてやる。
「ありがとうございます、ジョン様」
「どういたしまして。じゃあ私は正面に座って…」
ジョンも席につくと、グラスを手にする。2人はカチンとグラスを合わせると、ワインを口に含む。
「…うーん、いいワインですわね」
「そうですね。ロング・ギャラリーが立派なら、他のものも手を抜いていない、そんなところでしょうか」
サンドイッチを手にし、ジョンは齧ると、パンのふんわりした柔らかさと、甘味、チーズとハムの相性も良かった。
「私も失礼して一口」
キャサリンもサンドイッチを手に取ると、赤い紅を塗った唇を開く。
まるで静かだった花が、急に開いたような魅力があり、ジョンは唾液を飲み込む。
ー彼女、いいなあ…。攫っていきたくなる。
キャサリンはサンドイッチをよく噛むと、ゆっくりと咀嚼する。
マナーも態度も申し分なく、今まで1人というのが嘘のようだった。
「ー好きです」
思わず口をついて言ってしまい、ジョンは慌てる。
キャサリンは大きな瞳を瞬かせ、ジョンを見返してくる。ジョンはワインを一口飲むと、酒の力で押す。
「あの…もし良ければ、その、お付き合いしていただけないでしょうか?」
「お付き合い? もちろんですわ!! 私も友達として、お付き合いしたいですもの」
「え、友達…。あーっと、その」
困って頬をかくと、キャサリンはワインを口に運ぶ。
彼女も酒の力で言ったのだろうかと、ジョンは少しがっかりする。
ーいや、少しじゃなくて、大きくがっかりした。
急に恋人になるのは無理だが、どうしても彼女が欲しくなってきた。
酒を飲むと、ムラムラするのだが、キャサリンには失態を見せたくなかった。
「まずは友達からで…その、私を気に入ったら、私の婚約者になりませんか?」
グラスをテーブルに置き、真顔で言うと、キャサリンも真剣な場だと気づいたのか、サンドイッチを皿に置く。
2人は互いを見合い、周りの声を排除する。
ーもう一押しだ、ジョン。
自分を鼓舞すると、身を乗り出し、キャサリンの手を取る。
「気に入ったんです、あなたのことが。…駄目でしょうか?」
「えっと…その、あの、私は…」
キャサリンは困ったように目を泳がせる。
しかしジョンの手を払うことはなく、しばらく経ってから言ってくる。
「…少し時間をくださいませ。先程も言いましたが、まだお互いのことをよく分かっておりませんもの」
「そ、それはそうですが…。その、誰かにあなたを取られたら」
「ほほ。私、どういうわけか、そういう話には疎いので。だから今も、戸惑っていますの」
「私が守ります。安心してください」
「ジョン様…。ありがとうございます」
キャサリンの頬がワインだけでなく、意味深に染まる。
これは上手くいけば良い仲になれるかもしれないと、ジョンは期待して口にする。
「どんな宝石も、装飾品も、あなたの美しさには勝てない。むしろ薄れて見えます」
「まあ!! ジョン様ったら…!! 嬉しいのですけれど、周りには聞こえないほうがいいですわ」
キャサリンが手を重ねてくれ、ジョンはますます上機嫌となる。
これは脈ありと確定しようとしたが、今、会ったばかりなので、慎重にしろと言う自分もいた。
「まずはゆっくりと、ワインとサンドイッチを楽しみましょう。ね、ジョン様」
「もちろんですとも。もう一度、グラスを重ねてくれますか?」
ジョンがグラスを差し出すと、キャサリンが軽く重ねてくれる。
その音はベルの音に近く、天使が応援しているようだと、ジョンは心地良かった。
「キャサリン、これからよろしくお願いいたします」
「それは私もですわ。さあ、楽しみましょう」
「はい!!」
2人は微笑むと、自分達だけの空間を楽しむのだった。




