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2.ヤガザン

 さまざまな金属の光沢に満ちた鉱脈荒原。


 雷鳴のような轟音が響き、大地は絶え間なく震えていた。長く巻き上げられた土煙が空高く舞い、一面の砂塵となって辺りを覆う。その黄色い煙の奥では、巨大な影が凄まじい速度で地を這っていた。


 狙われているのは、その前方を必死に逃げ続ける五人の冒険者パーティだった。


「みんな、踏ん張れ! もうすぐ約束の場所だ!」


 全力で走るロンベロは、背中へ激しく巻き上げられた砂礫が次々と叩きつけられるのを感じながら、仲間たちを励ますように声を張った。


 だが、パーティのジェオンとアイリナは、すでにかなり苦しくなっていた。


 ジェオンは逃走しながら全員への風行の神術を維持し続けなければならず、アイリナは種族的に脚が短いうえ、高速で走り続けること自体が得意ではない。


 二人に合わせるうち、パーティ全体の速度も少しずつ落ち始めていた。


 このままではまずい。


 そう判断したロンベロがゾラへ視線を送ると、経験豊富な亜人の女弓使いはすぐに意図を察した。身のこなしに優れる彼女は、五人の中でも最も余力を残している。


 合図を受けるや、一気に仲間たちとの距離を広げ、宙返りしながら巨大な鉱床の上へ飛び乗った。そして片手で五本の矢を抜き、砂丘魔虫へ狙いを定め、エネルギーを引き出しながら連射する。


 一瞬だった。


 五本の矢が淡い光を帯び、ゾラの素早い手さばきによって、一筋の線を描くように次々と放たれた。


 最初の三本が竜巻のような砂塵を切り裂き、後ろの二本が正確に標的を射抜く。


 しかし、巨大な砂丘魔虫は身体に刺さった二本の小さな矢など意にも介さなかった。それどころか、さらに速度を上げてロンベロたちへ突進していく。


 ゾラは焦りを覚えた。


 特殊な爆発矢は、先ほど敵を誘き出すためにすべて使い切っている。


「ちっ……!」


 射撃を止めると、即座に判断を切り替え、別の方向へ全速力で駆け出した。


 鉱山全体を操業停止に追い込むほどの相手だ。厄介な魔獣だろうとは最初から予想していた。だが、まさかここまでとは思っていなかった。


 砂丘魔虫の凄まじい勢いは、ますます背後へ迫ってくる。止まる気配はない。


 ロンベロとルリは一瞬だけ目を合わせると、剣と盾を構え、同時に踵を返した。そのまま超大型の魔獣へ向かって突っ込んでいく。


 技巧「突進」と「硬化」を複合して発動する。


 盾を掲げた二人は、逃げていた時以上の速度を一瞬で叩き出し、逆方向から砂の竜巻へ真正面から飛び込んだ。


 風の中へ入った直後。二人が顔を上げると、視界を覆い尽くすほど巨大な黒い影が頭上から落ちてきた。


 考えている暇などない。


 ロンベロとルリは息を合わせ、その場で左右へ転がった。


 轟音。


 巨体が地面へ叩きつけられ、大地そのものが大きく揺れた。


 二人は、大型魔獣が地面へ身体を打ちつけた直後のわずかな硬直を逃さない。右手の剣へ技巧「怪力」の力を乗せ、その刃を砂丘魔虫の体側へ根元まで突き刺した。続けて左手の盾を剣身へ押し当てる。


「うおおおっ!」


 二人は同時に叫び、砂丘魔虫の進行方向とは逆へ全力で押し切った。


 虫体の側面に、二本の長い裂傷が走る。金属臭を帯びた深褐色の血が大量に噴き出し、ロンベロとルリの全身を染めた。


 だが、その瞬間だった。


 硬質な音が鳴った。


 砂丘魔虫の全身が突如としてさらに硬さを増し、二人の長剣が一瞬でへし折れる。


「まずい!」


 そう気づいた時にはもう遅い。


 巨大な黒い影が横薙ぎに振り抜かれた。


 一方、逃げ続けていたジェオンとアイリナは、足を止めた砂丘魔虫との距離を少しずつ広げていた。前方には、すでに約束の地点が見えている。


 あと少し。


 そう思って二人が安堵しかけた、その時。


 横から二つの人影が、まるで撃ち出されたような勢いで飛んでいった。


 ロンベロとルリだった。


 二人は捨てられたぼろ布のように荒れた地面を高速で転がり、跳ね飛ばされ、最後にはそれぞれがむき出しの鉱床へ猛烈な勢いで叩きつけられた。そこでようやく止まる。


 二人とも全身血まみれのまま、力なく道端へ崩れ落ちた。手にしていた金属製の丸盾は、すでに原形を留めないほど砕けている。


 前には約束の地点。


 後ろには恐ろしい巨大魔獣。


 そして傍らには、自分たちを逃がすために敵を食い止め、重傷を負った仲間たち。


 ジェオンとアイリナは迷わなかった。即座に方向を変え、二人のもとへ駆け戻る。


 近づいたジェオンは、隊長と女戦士の傷が深いことを瞬時に見抜いた。だが同時に、背後からは砂丘魔虫が急速に迫っている。


 そこで中年神官は、長年にわたり神術を磨き続けてきた実力を一気に見せた。


 片手で治癒の神術を施す。


 流れる風が自然の生命力と溶け合い、淡い白光を帯びながらロンベロとルリの身体へ素早く絡みついた。


 同時に、もう一方の手で権杖を強く地面につく。


 四人を取り囲むように、荒れ狂う風の壁が瞬時に立ち上がった。


 アイリナも両手で杖を握り、俯きながら呪文を唱える。


 巨大な砂の竜巻が荒れ狂う風壁へ衝突しようとした瞬間、彼女は杖を前へ突き出し、大声で叫んだ。


「『鈍化』!」


「『加重』!」


 魔法のエネルギーが一気に広がった。猛烈だった風の勢いが失われ、残された砂礫だけが力なく神術の風壁へ打ちつけられる。


 すべて弾き返された。


 障壁そのものには傷一つない。


 しかし。


 舞い上がっていた砂塵が静まると、その向こうから視界そのものを塞ぎ尽くす巨大な影が姿を現した。


 砂丘魔虫だった。


 巨大な口器を大きく開き、四人へ向けている。


 それを見たアイリナの両手が、思わず震えた。


 もう呪文を唱える時間はない。


 巨大な影が、真上から神術の風壁へ叩きつけられた。


 凄まじい衝撃。


 障壁は一撃で大半を吹き散らされた。


「ぐっ……!」


 ジェオンの口と鼻から、一気に鮮血が溢れ出す。治癒の神術を維持する余裕さえ奪われ、彼はそれを解除して、残った力のすべてを風壁の維持へ回さなければならなかった。


 それでも、この衝撃が続けば突破されるのは時間の問題だった。


 そして巨大な虫体が、再び少しずつ高く持ち上がっていく。高く上がれば上がるほど、次の一撃がどれほど激しいものになるかは容易に想像できた。


 アイリナの胸に、絶望が広がった。膝から力が抜け、その場へ座り込む。震える唇から言葉は出ない。丸い大きな目で、ただ空を見上げることしかできなかった。


 巨大な口器が再び落ちてくる。


 その光景を前に、アイリナはほとんど無意識のまま叫んだ。


「ヤガザン!!!」


 広大な青空。


 果ての見えない黄土。


 どこまでも連なる鉱床。


 絶望の叫びが鉱脈荒原へ響き渡った、その時。


 一つの影が凄まじい勢いで宙へ跳び上がった。


 全身を深紅の血霧に包み、この世の常識では理解できないほどの恐るべき力を爆発させている。


 巨大な砂丘魔虫と比べれば小さなその影は、あまりにも速く、あまりにも激しく飛び込んできた。


 そして一見何の変哲もない拳が、巨大な虫体へ叩き込まれる。


 次の瞬間。


 空気そのものが揺れた。


 肉眼でも見えるほどの衝撃波が空へ広がり、凄まじい爆音が轟く。


 砂丘魔虫の巨体が、信じられないことに反対方向へ吹き飛んだ。金属臭を帯びた汚れた血が空一面へ撒き散らされ、暗い色の血の雨となって降り注ぐ。


 全身を血で汚したアイリナは、ただ呆然とその光景を見つめていた。


 死から生へ。


 ほんの一瞬で、すべてが逆転していた。


 やがて血の雨が止んだ。


 空の光は何一つ変わらず降り注いでいる。その光を背に、一人の巨大な男が歩いてきた。


 身長は一般的な人族の三倍を優に超えている。


 肩まで伸びた髪は乱れ、身にまとっているのはさまざまな獣皮を継ぎ合わせた衣服だけだった。その姿は原始の生命を思わせるほど粗野だったが、露出した筋肉はどこも硬く引き締まり、強靭そのものだった。連なる山々を仰ぎ見るかのような錯覚すら覚えさせる。


 全身のどこを見ても、恐ろしいほどの力に満ちていた。


 背中には、持ち主自身よりもさらに巨大な、極めて濃い黒色の骨棒を背負っている。一歩進むたび、低く重い響きが生まれた。


 まるで大地そのものと呼応し、溶け合っているかのようだった。


 敵の魂を震わせる!


 味方の心を奮い立たせる!


 男が目の前まで来ると、アイリナは嬉しさのあまり杖を放り出した。そして自分の身体よりも太いその脚へ駆け寄り、力いっぱい抱きつく。


 目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「ヤガザン! やっと来てくれた!」


 興奮した拍子に、アイリナの尖り帽子が頭から落ちた。


 そこから現れたのは、細く尖りながらも先端がわずかに巻いた一対の耳。さらに一般的な人族より小柄な身体つきが合わさり、彼女が地霊族であることをはっきりと示していた。


 ヤガザンは巨体を少し屈めた。そして大きな手で、アイリナの背中を驚くほど優しく軽く叩く。自分自身の力を、極めて正確に制御できていることが分かる動きだった。


 逆光の中から歩いてきた時の恐ろしい威圧感。


 全身に爆発的な力を秘めた肉体。


 だが、それとは正反対に、ヤガザンの顔つきはのんびりとして穏やかだった。


 顔立ちそのものも平凡で、小さな目はいつも細く眇められ、どこか間の抜けた笑顔を浮かべているように見える。


 荒波を思わせるほど圧倒的な肉体と、平凡で少しとぼけた顔。


 まるで正反対の二つの印象が一人の野蛮人の中で混じり合った結果、かえって人がよく、どこか押しに弱そうな雰囲気さえ漂わせていた。


 その一方で、約束の地点まで援軍を呼びに走っていたゾラも、ようやく追いついた。


 経験豊富な女弓使いは全身から汗を流し、大きく息を切らしている。その顔には信じられないという表情が浮かび、ヤガザンを見る目には、わずかな警戒と恐れすら混じっていた。


 彼女は亜人の中でも速度に優れた種族の一つだ。


 それなのに、ヤガザンの足にすら追いつけなかった。


 相手が短距離での爆発力に優れていること。そして自分には獣化能力がないこと。そうした条件を差し引いて考えても、なお理解できない。


 常識から大きく外れたこの野蛮人は、本当に噂どおりだった。


 恐ろしくなるほど、強い。


 ゾラは急いで呼吸を整えた。


 若い頃のように、強者を見ただけで無条件に憧れるような年齢ではない。相手が自分たちには想像もつかない力を持っている。だからこそ、未知の存在に対しては、ある程度の警戒を残しておく必要がある。


 ゾラはすぐに前へ出ると、感激して涙まで浮かべているアイリナをヤガザンから引き離した。


「ヤガザン、あの砂丘魔虫が今回の標的よ。私たちがもう誘き出したから、あとはお願い」


 魔獣も恐怖を知る。


 危険なものを避けるという点では、時に知性種族以上に敏感ですらある。ヤガザンは以前から何度もこの辺りを下見していたが、砂丘魔虫は一度も姿を現さなかった。


 そのためロンベロたちは、自分たち自身を餌にして標的を誘き出すしかなかったのだ。


 巨大な手の下にいた小柄な魔法使いを素早く引き離されると、ヤガザンはゾラの顔に浮かぶわずかな警戒心へ目を向けた。


 一瞬きょとんとしたものの、特に何か言うこともない。


 しばらくして小さく頷くと、身体を起こし、砂丘魔虫へ向き直った。


 その頃になってようやく、砂丘魔虫も突然の一撃から立ち直り始めていた。しかし巨大な体側には、はっきりと分かる円形の巨大な窪みが残されている。硬い外皮は大きく亀裂が走って破損し、今なお血が飛び散っていた。


 先ほどの恐るべき力が、その身体へ凄惨な痕跡を深々と刻み込んでいる。


 自分より遥かに小さな生命が近づいてくる。


 それを感知した瞬間。


 その巨大な身体が、かすかに震え始めた。


 巨体を不安そうに揺らし、ついには口器から悲鳴のような音まで漏らす。そして突然頭を地面へ向け、潜り込もうとした。


 逃げるつもりだった。


 ヤガザンは右足で地面を蹴り、跳び上がった。そのまま爆風のような音とともに、まるで射出されたかのように一瞬で砂丘魔虫へ迫った。


 まだ地中へ逃げ切れていない巨大な尾部。


 ヤガザンは、幾重にも重なった金属光沢を帯びる分厚い外皮など意にも介さない。両手を振り上げ、そのまま外皮を突き破って両腕を虫体の内部へ深く差し込み、血肉をがっしりと掴み取った。


 小山ほどもある巨大な砂丘魔虫が、たった一人のヤガザンによって完全にその場へ縫い止められた。


 逃げられない。


 同時に、濃い血の気配をまとった赤い霧が、再びヤガザンの全身から噴き出した。螺旋を描く糸のように急速に広がり、やがて砂丘魔虫の巨大な身体まで覆っていく。


 恐るべき野蛮人は、深く息を吸い込んだ。


 そして。


 大地を震わせ、聞く者の心まで揺さぶるほどの壮絶な戦吼を放った。


 次の瞬間。


 砂丘魔虫の巨体が、地中から丸ごと引き抜かれた。巨大な身体が空を横切り、そのまま猛烈な勢いで地面へ叩きつけられる。


 地表には深く長い溝が刻まれた。


 さしもの砂丘魔虫の肉体も、この圧倒的な衝撃には耐えきれない。再び肉が裂け、血が噴き出した。


 だが。


 これで終わりではない。


 ヤガザンは虫体の尾へ食い込ませた両腕を離さない。今度は反対方向へ振り抜いた。


 二度!


 三度!


 そして、数え切れないほど!


 凄まじい衝撃のたびに大地が震え続ける。荒野は砕け、晶石が次々と弾け飛んだ。まるで大地そのものを揺るがす天災だった。


 目を輝かせ、憧れに満ちた表情で見つめるアイリナとは違い、ゾラとジェオンは目の前の光景が信じられなかった。


 もはやこれは、天賦でも。


 技巧でも。


 種族でも。


 鍛錬でも。


 そんなもので説明できる力ではない。


 これほど圧倒的で恐ろしい光景を前にして、二人が思い浮かべられたのは一つだけだった。


 近年、速報で見聞きした、あの存在。


 たった一人で飛空艇を撃墜した――


 人の魔王!

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