しかしライフルでもない
厄介事はなくなった。これから暑くなってきそうなので、帰ることにする。
時計の針もそろそろ真上で重なる頃だろう。
テスト中に時間を確認する目的で、今日は腕時計を着けてきたのだ。
別に教室に時計がないわけではない。正面の黒板の上に時計がある。
しかし、それを確認する度に試験監督の先生と目が合って気まずくなるのだ。
「は?何だこれ?」
俺は思わず言葉に出してしまった。
俺の腕時計の上にもう一つ、大きな腕時計が巻かれていたのだ。
ベルトの部分が白い板材でできたデジタル時計だ。
肌に直接着けていれば、ゴワゴワした感触にすぐに気付けただろう。
俺はこれをいつから着けているんだ?
盗んだ覚えは、ない。
傘でありがちな、間違えて他人のを取ってきてしまったと云うやつなのか?
取り敢えずこいつを外さなければならない。走って谷さんに追い付き、公園に落ちていたと言って、交番で預かってもらおう。
俺は手首側にある留め具に触れた。
しかし、ベルト部分が意思を持って俺の人差し指に纏絡し、あり得ない方向に曲げようとしてきた。
「うぅ……」
俺は傍にあった家――もちろん知らない人のお宅だ――の壁面に手の甲を押し付けて、これ以上指が反らされるのを防いだ。
時計のくせに器用なことをしてくるやつだが、パワーはそれ程ないようだ。このまま押さえていれば、指を折られることはないだろう。
もっとも、現状が良くなることもないが。
手を押し付けている家を見上げると、綺麗な青をしていて、バルコニーが大きく張り出している。扉の装飾もとても綺麗だ。
将来俺が家族と充分な貯金を持ったならこう云う家に住みたい、と思うような立派な戸建てだ。
傷を付けたら高く請求されるのは目に見えているが、今は仕方がない。
腕時計を壁面で擦ることで削り落とすしか方法はない!
そして、この腕時計を操る能力の持ち主に賠償させよう。
"きっとこの能力の持ち主が近くにいる。"
俺がそう思ったのは、俺自身もそう云うタイプの能力者であるからでもあるし、妖怪の出てくる物語よりも異能系バトル漫画を読んで育ってきたからでもある。
時計を破壊したらすぐに本体を探し出し、俺の"ギターでも銃でもない物"の方が殺傷能力が高いと云うことを分からせなければならない。
俺はここで初めて一つの視線に気が付いた。
特にきっかけはないのだが、そのとき急に気が付いたのだ。
「俺に気付くまで34秒ジャスト。"ペース鳴カー"に誤差はない。その驚き工合から見るに、本当に、今初めて俺の存在に気付けたんだな……?無関係な人の家に傷を付けることのヤバさの方に、先に気付けた方が賢かったなぁ……」
俺のすぐ後ろに胡座をかいた男がいつの間にかいた。
指を締めているものと同じデザインの腕時計を、そいつも持っていた。
何者だこいつは?本体か?
あのズボンは栗江B高校の制服だが、学校で会ったことはない……と思う。少なくとも同じクラスの人ではない。
センターパートで瞳が大きい――恐らくカラコンをつけているのだろう――が、眼差しが狂気的に感じる。
オーラのある人と云うわけではないが、一度会ったら忘れないだろう。
「あんたがこの腕時計の能力者か?」
俺が単刀直入に質問すると、男は「そうだよ」と軽く返した。
「セーフティーロックとして、俺の能力"ペース鳴カー"を使ったんだ。シロガネアキラ君、って云ったっけ?君の能力が分からないからね。早めに誓っておくけど、君を殺しにきたわけではない。少し強引な勧誘にきたんだ。だからそれ以上壁を擦るな!」
「じゃあ早くこの気持ちの悪い腕時計を取ってくれ。こう云うのは能力の持ち主だけが解除できるって云うのが相場だからな」
「……君の指を反らして拷問するのは止めよう。しかしペース鳴カーは解かない!!」
男は反駁した。
「俺は君の能力を知らないが、君も俺の能力の詳細を知らない。情報アドバンテージの分、俺の方が劣勢に思えるが、君だってビビっているんじゃないか?時計を巻き付かせるだけの能力ならばこんな大胆に、面と向かって勝負してくるはずがない、と思っているんじゃないか?」
実際それは図星なので、俺は動揺がバレないように息を整える。
あいつは今"勧誘"と言った。
どんな内容かは分からないが、脅迫紛いなことをしている時点で碌なものではないことは分かる。
合法ではない、良くて脱法と云うレベルだ。
気になる点はもう一つある。俺の能力を知らないのに、俺を能力者だと断定したことだ。
あいつがどれ程の情報を握っているかは分からないが、ここは素直に情報アドバンテージに乗じよう。
「OK。受けるよ、その勧誘。内容不問で。こんな非道い目に遭っておきながら言うのは不気味だけど、あんたに惹かれたんだ。何だか、もう上手くやっていけそうな気がするよ」
これで良い。
自分の情報を開示せずに相手の懐に入れ。
あわよくば、手を解放してくれる程の信用を掴め。
両手を自由に使えるときならいつでも殺れる。
「シロガネアキラ……先から行動力のある奴だと思っていたが、刹那的すぎないか?けど、そこを気に入った。歓迎するよ。一旦学校に戻って俺の仲間を紹介したいんだけど……今日、時間はある?」
男は急にフレンドリーになり、子どもっぽい笑顔を見せた。
顎に手を当てて目を細めるのだが、その顔の方が瞳が強調されて美かった。
本心からこいつを信じていいかもしれないと思えてきた。




