その3〔最終章〕 薫
初挑戦のオムニバス小説も「その3 薫」で最終章となります。
お目にとまれば幸いです。
“落ちた…。”
もう、“お祈りメール”も何回目だろうか。やはり、50代での転職は思っていた以上に厳しい。もう、履歴書や職務経歴書を含め、応募書類に必要とされるものは何度となく作成した。面接にも漕ぎ着けた。どうせ落とすのなら、書類の段階で落としてくれよ…。薫の本音である。
「会社なんて、相性だよ。」
なんて言われても。特に、最終面接までたどり着けたら、やはり期待しちゃうじゃないか!みんな、他人事だからそんな風に言えるんだよ。唯一の救いは、“お祈りメール”は郵便では届かないので、自分の転職活動や就活の連敗を同居している親は知らないことだけ。
「おめぇ、またダメだったのか。」
薫は、“お祈りメール”が来ると決まっていく場所とすることがある。幼馴染の真司の店に行って、呑んだくれること。
「懲りねぇな。」
「懲りるも何も、生活が懸かってるんだからぁ…。」
「そりゃそうだけどさ、おめぇの就活、なぁんか戦略が間違ってねえか?」
「センリャクぅ?」
「薫よぉ、本当に就職したいの?」
デジャヴか?
遠い日の、大学3年の頃のこと。私たちの頃は、まだバブルの絶頂期。売り手市場だったから、学生の方が強気に行けた時代だった。会社訪問のため卒業生を紹介してもらおうと、友人とふたり、初めて就職課を訪ねた。用紙に訪問希望先を書いて渡すと、友人に向かっては、
「あぁ、ここには去年入ったばかりの人と、あなたと学科は違うけど紹介できる人がいますよ。」と、とてもご親切。
一方、薫に対しては、
「あなたさぁ、本当に就職したい?」
と真顔で訊く。
「え?どういうことでしょうか…?」
「あなたみたいな人はさぁ、一発当てて一千万くらい儲けて、またしばらくして一発当てて一千万儲けて…みたいな方が合ってるんじゃないの?」
“はああああああああ???”
ねえねえ、初対面だよ?なんで私のことそう思うの?それに、そんなこと出来るの、どんな仕事だよ!?薫は、納得がいかない。一緒に来た友人は大笑い。なんでだろう…、なんで初対面のオヤジが私にそう思ったんだろう…。大学の成績は、まあ優秀な方だ。素行も悪いわけじゃないし。なのに、なぜ?
あの“遠い日”から今日までの約40年間、学歴も職歴も“派手”になった。学歴についていえば、「東大からハーバード」のような華麗な学歴という意味ではなく、自分の興味から進学した大学が2校、大学院で博士取得。どれも専攻がバラバラ。そして、転職歴も10回で、業種もバラバラ。必ず人事の人には、「あなたのようなご経歴の方は、初めてです。」と言われる。大体、ネガティブな意味で。
「真ちゃんさぁ、学生の頃、同じことを初対面の就職課のオヤジに言われたよ。」
「本当に就職したいか、って?」
「うん。」
「あははは、お前、もう気づけよ。」
「なにを?」
「薫は組織には馴染まねぇよ。」
「そんなこと、就職課のオヤジが感じたって言いたいの?」
「…じゃねぇの?」
「ええええええ、ますますもってわからん。だって、まだ学生だよ?」
自分自身に自覚がない薫を、真司はなんとなく憎めない。いい年したオトナなのに、自分のことわかってねぇな。あ、これは俺もか。などと思いながら、グラスを拭いている。不採用の通知をもらうたび、俺の店に来ては、愚痴をこぼして呑んだくれ。どうしたもんかな。
「いまだに分からないんだよね…。なんで、就職課のオヤジは私にだけそう言ったんだろう…。」
「どうみても、枠に収まりそうにないからだろ?」
「どこをどうみたら、そういう風に思えるの?」
「それは…難しいな。俺は“その人”じゃねぇからな。」
「じゃあ、真ちゃんはどうしてそう思うの?」
「言うこときかなさそうだからだよ。」
「えぇぇぇ、反抗心が強いってこと?」
「…とも違うな。」
「じゃ、なに?」
「上司の手に余る…って感じ。余程の猛獣使いじゃねぇと、薫を部下になんて持てねぇよ。」
「そんなことないよ!」
「なんで、そう言い切れるんだよ。」
「だって、上司いたもんっ!」
思わず、真司は大笑いしてしまった。赤ら顔で酔っているくせに真面目に答えている薫がおかしいのもあったが、薫から“上司”というワードが出るのも、なんかツボってしまった。
「んじゃ訊くけど、おめぇの上司って、どんな人だった?」
改めて考えてみる。自分を採用してくれた人は、どの人も“即決”だった。そしてその人たちに共通しているのは…。
「私を面白がってくれた人。」
「へぇ…。」
「真ちゃんに訊かれて改めて考えるとさ、私の上司だった人は、“お前の自由にやっていいぞ”とか、“失敗なんかこわがらなくてもいい。責任は俺が取るから、お前は好きにやれ”っていう人だった。…確かに、“言われたとおりにやれ”という人とは、うまく行かなかったか気がする。真ちゃんの言う“手に余る”っていうのは、こういうこと?」
「薫は迫力もあるしよ、面接で落とした人は“きっと、こいつに食われる”って思っただろうよ。」
「え~~~、ひど~~~い。」
「ばぁか、仕事が出来る、って話だろが!だから、“手に余る”んだよ。」
「そうなの?」
「今まで薫を採用してくれた上司たちはよ、“仕事が出来る人”が欲しかったんだよ。色々な意味で。いちいち説明しなくてもどんどんやってくれるとか、なんなら新たなことを開拓してくれるとかさ。多分、そういう人たちはすんげぇご多忙な人たちだったと思うぜ。一方で、指示通りにやってくれる人が欲しいやつにとっては、薫はやりにくいだろうよ。」
ふ~ん、真ちゃんも結構まともなこと言ってくれるんだ。確かに、私を採用してくれた人たちは、ご多忙な人ばかりだった。手綱は緩めだけどしっかり握っていて、必要最低限の干渉しかしてこなかった。だからなのか。“責任は上司が取ってくれるんだから、適当にやっておこう”は、決してなかった。上司の顔に泥を塗ってはいけない、期待には応えたい。難しい仕事が多かったけど、楽しかったし、遣り甲斐もあった。
それなのに、なぜ転職してしまうのか。薫自身も、時々分からなくなる。とにもかくにも、現代日本社会では、異業種間をウロウロしている薫はどうしても信用してもらえないのだった。
「おめぇ、転職歴が多いこと、どういう風にアピールしてたの?」
「“私は、わらしべ長者です。最初は一本のペンから始まって、これまでの職歴が今の私を築いているのです”、みたいな?」
「いまいち、説得力ねぇな。」
「でもさ、転職歴があっても採用してくれたところもあったから、ここまで来てるんじゃん!」
「で、懲りずにまた転職したいんだろ?もう、“私の趣味は就職活動です”くらいに言っちゃったらどーだよ!」
「趣味だったら、こんなに“お祈りメール”で落ち込まないよぉ…。」
確かに、薫は落ち込んでいる。ま、趣味だったら、結果はどうだろうと楽しいはずだもんな。
「薫は、どうしてこんなに転職してしまうのか、考えてみた?」
「…。」
「俺なりの分析、きいてみる?」
「うん、きいてみる。」
「仕事に限らずだけど…おまえ、いつも走ってるんだよ。あることをしているうちに、アイディアが次々浮かんできて、それをやろうとすんの。転職もさ、その仕事に飽きて違うことをやってみたい、っていうんじゃなくて、その仕事をベースに次は何をやればいいのか、とか、こんなことをやったらもっと幅が広がるんじゃないか、そのためにはこれをやってみよう、とかさ…。多分、これまでの薫のやってきたことって、多岐に渡っているようで一本の線でつながってると思う。それを分かってくれる人を見つけるのは難しいと思うけど、絶対いると思うぜ。」
「私、今…褒められてんの?」
「そう思うんなら、そう思っとけば?」
氷が溶けて、既に水の様になってしまったレモンサワーのグラス。真司は薫に気付かれないように、新しいものにとりかえた。そんな真司の優しさに癒されたくて、薫は気付かぬふりをする。多分、お互い“ふり”をしながら、この時間を楽しんでいる。
「薫もいい年なんだから、もう“上司探し”はやめろ。」
「…。」
「今の仕事してるうちに、なんかひらめいちゃったから、転職しようとしてんだろ?」
「…。」
「自分のひらめきに正直になれ!なんなら、もうお前、組織に入ろうとすんな!フリーでやってやるってくらい、前のめりで行けよ!」
「フリーランスって不安定じゃんか…。」
「就職したって、転職が多けりゃ不安定じゃねぇかよ!」
「うぅ…、何も言えない…。」
「行動が大胆な割に、ヘンなとこ守りに入るな。はははは。」
「お金…心配だもん…。」
「そりゃそうだ。それは、俺もだ。」
真司の店は、本当に居心地がいい。決して、薫を甘やかしてくれるからではない。時には、耳に痛いこと、厳しいことも言われてしまう。でも、真司は薫のどんな行動にも、理解しようと話を聞いてくれる。これが、幼馴染の良さなのか。カウンターに突っ伏しながら、薫はこのヌクヌク感を味わっていた。
あとは、ちょっとの度胸、か。“フリーランス”…実はうっすらと頭にあったしな。薫自身、転職にも“旬”があることは、ちゃんと自覚している。
「とうとう、真ちゃんに背中押されちゃったな…。」
「…なんか言ったか?」
「言ってない。」
“はよ、フリーランスの腹くくれ、薫”。
了
最後までお読みくださり、ありがとうございました!




