その2 啓子
「その2 啓子」は、社会人受験生のハナシ。”幾つになっても、挑戦を諦めたくない”、との思いで書いてみました。
“落ちた…。”
仕方ない。あらかじめ、“落ちる”と分かっていて受験した結果だ。白井啓子、31歳の挑戦。見事に散った。何を挑戦したのかというと、医学部受験である。啓子は既に大学を卒業していて仕事にも就いていたのだが、退路を断って挑んだのであった。
医学部受験の機会は、思ってもみない方向から舞い込んできた。舞い込んだというか、背中を押されたとでも言うべきか。
「あんた、医学部受けてみたら?」
ある日の、夕食後の母親からの言葉だった。
啓子は幼い頃より“アトピー性皮膚炎”に悩まされており、10年から15年周期で増悪と寛解を繰り返していた。子供の頃は、首や関節の裏、おしりなど、汗の溜まりやすいところに湿疹が出来ていたのだが、社会人になってから顔や手など人目に付く場所に症状が出るようになった。当時は、有効な薬はステロイド外用剤であり、これはコントロールの難しい薬であった。患者の独断でやめてしまうと、とんでもない副作用に悩まされる。ある時、“ステロイドは悪魔の薬”などとメディアで取り上げられてしまったこともあり、病院での治療をやめてしまった。それからというもの、民間療法に頼ったり、知り合いなどから“これがアトピーに効くらしいよ”と勧められると高額であってもそれに頼ってしまったりと、ありとあらゆる治療法にすがっていた。啓子が持病に悩んでいた頃、友人たちは彼氏が出来たり結婚したりと、20代を謳歌していたのだった。アトピーって治らないんだろうか…。そう思った啓子は、ふとアトピー性皮膚炎について知りたいと思った。自分は決して理系ではないし、今さら医者になってどうこうしようとはこれっぽっちも思っていなかった。ただ、物心ついてから今日まで自分を悩ませ、家族に心配をかけてきたこの病気について、その正体を知りたい、というレベルのものだった。
それから、色々な本を読み漁った。雑誌やらネットの記事、それこそ、医学書まで。恐らく、啓子の母はそんな娘の姿を見ていたからなのだろう。そんなに知りたいなら、いっそのこと医学部に行ってちゃんと勉強しろ!と母。
「簡単に言わないでよ…。そもそも、理系じゃないんだしさ。しかも、医学部って…。」
「やってみなきゃ、分からないじゃないの!独学なんかじゃ、何も解決しないわよ。」
「大体、医学部受験にかかるお金、ないよ。」
「そんなの、どうにかなるわよ。」
「また、そんな簡単にさぁ…。もし、よ。もし万が一受かっちゃって医学部行くってなったら、6年間分の学費なんて、払えるわけないじゃん!」
「それは、受かってからどうにかするって。」
なんでこう…、母は楽観的に言えちゃうんだろう。啓子はイライラする一方で、内心グラグラ揺れ動いていた。
「ねぇ、どうにかするよねぇ、お父さん。」
「そんなもん。その時になってみないとわからねぇよ!」
“え?お父さんも受ける前提なの?“。母はともかく、父も医学部受験に否定的でないのに驚いた。えええええええ!?このふたりたち、何?
「その代わり。」
「その代わり?」
「浪人生活は1年だけよ。」
「はぁ?」
「1年、死ぬ気で勉強しなさい!」
「えっとですね…。本当に医学部受験したいんですか?」
啓子が説明会に訪れた予備校の、教務担当者の第一声である。確かに、ここ最近、多様な学生を求めて学士編入を導入する医学部が出始めた。実は、啓子も親に内緒で学士編入試験に応募したのだが、書類選考で不合格。倍率もさることながら、恐らく“自分が病気で、自分の経験を活かしたい、役立てたい”などというウルウルした志望理由で出願する人が多すぎたのだろう。啓子もその中のひとりだった。担当者と会話をしながら、そんなことを思い出した。私、本気度を訊かれているんだな…。
「入学者が増えれば、それは予備校経営的には有難い話ですけどね。出来て間もない予備校とはいえ、校長のポリシーもあって、ウチはそういうお商売的なことはしたくはないんです。まず、現実的なことをお話するとですね。大学受験してから随分時間も経っていて、しかも文系のあなたが医学部に合格するには、1年じゃ足りませんよ。」
「はい、よく分かっています。」
「本当かなぁ。」
「えぇ、そう言われることも覚悟の上で来ました。」
「あとね、あなた、東京生まれ、東京育ちでしょ?東京の大学にこだわりますか?それとも地方の大学でも構わない?」
「東京の大学…というか、自宅から通学圏内ならそれは有難いですけど、そんな贅沢なことは言ってられません。」
「私学なら英・数・理の3教科4科目、国公立なら5教科7科目。英語はお出来になるみたいだから、経済的に許せば私学になりますか…。」
「そんなの、無理です!実家が開業医ならまだしも…。」
「では、国公立となりますが、地方とはいえ、どこの大学の医学部も地元でトップクラスの生徒が目指す学部なんですよ。その認識はありますか?」
「はい。」
「じゃあ、通学圏内なんて悠長なこと言ってられませんよ。」
「…。」
「大学に行きたいんですか?医者になりたいんですか?」
「医者になりたいです。」
厄介なオトナがやってきたもんだ。きっと、そう思われてることだろう。教務担当者はおもむろに電卓を取り出すと、パチパチ数字を打ち始め、算出された数字をパンフレットに書くと、啓子に差し出した。
「今日、色々厳しいこともお伝えしましたけど、よくよく考えて決めてください。もちろん、他の予備校とも比較してくださいね。僕は、今のあなたを“大歓迎”してくれる予備校はお勧めしません。もし、白井さんがそれでもウチに通いたいということであれば、必要となる学費を書きました。国語は、復習が必要と思われるものだけ受講してくれればいいです。英語・数学・化学は必須。あとは物理か生物ですね。社会は政経か倫理であれば、短期でも学習できるでしょう。」
「話を聞いて頂いて、有難うございました。」
「…。ご縁があれば、その時は全力でサポートします。今の白井さんご自身をよくお考えになって、現実的な答えを見つけてください。」
そう言われて、一旦持ち帰り、となった。
その翌日。啓子は、予備校の受付カウンターにいた。入学金と前期分の学費を持って。
「来ると思ってました。」
「えっ?そうだったんですか?」
「えぇ。白井さん、ウチはね、厳しいですよ。いいですね。」
「はい!宜しくお願いします。」
こうして、31歳の啓子と一回りほど年の離れた“フレッシュな”浪人生との予備校生活が始まった。この子たちは受験に失敗してすぐにこの予備校に来ているから、4月に入った啓子よりも1ヶ月ほど先輩だ。既に仲の良いグループも出来ているみたいだし。自分が高校3年生の時に通っていた予備校もこじんまりとしたところだったので、なんとなく懐かしい。但し…。
「よし!前から順番に“英語の肝”を言ってみろ!」
と、昭和な親父全開な校長がひとりずつ当てていく。“は?英語の肝って何?”。勝手が分からない啓子は、スタートダッシュの遅れに後悔した。しかも、間違えるとすげー怒られる!
「はい、次ぃ!このカッコの中に入るものはぁ?」
「…えっと…。」
「遅い!立てぇ!」
間違えた者、答えるのが遅かった者…。啓子を含めて、たった3人。
「今立っている者は、明日から一番前の席に座れっ!」
厳しいって、こういうこと?なんか、すごく恥ずかしいんだけど。18歳も31歳も同じ扱いですよ。これが、“ウチは厳しいですよ”なのか?啓子は、ちょっと混乱していた。大声で怒鳴られる授業なんて、初めてかもしれない。やっと苦痛な授業が終わると、隣の席の子が声をかけてきた。
「もしかして、入ったばかり?」
「そう…。いつもこんななの?」
「そうだよ。あれが校長の道田先生。この“英語の肝”を開発した先生なんだよ。私も最初は間違えて立たされた。そのうち、慣れるから大丈夫だよ。」
若いのに、優しいのねぇ…。啓子は、一回り年下のタメ口きいてくる可愛い女子にホッとした。
化けの皮が剥がれたじゃないが、自分が社会人浪人生であることが少しずつ知られるようになってから、不思議と子どもたちが寄ってくるようになった。
「なんで、また受験するんですかぁ?」
「どこ受けるんですかぁ?」
「え~、医学部ですかぁ、すごいですねぇ。」
「あの、姉さんって呼んでもいいですかぁ?」
などなど、賑やかなこと。でも、これまで“ぼっち”だったから、こういうのも面白いと思った。それに、なぜだかみんなが世話を焼いてくれる。
「姉さん、三角関数、みてあげますよ!」
「俺、化学得意だから、教えてあげます!」
「けーこさん、英語教えてくださいっ!」
みんな自分の勉強もあるだろうに。自分が受験生の時って、どんなだっただろう。一応、当時は現役で合格した。受験生同士で教え合うとか、助け合うとか、そんなのなかったように思う。お互いがライバルだったから、塾で友達になったとしても、勉強を教え合うなんてことした記憶がない。この予備校には、夕方は現役高校生も来ていたから、午前中と夕方のクラスのみんなの雰囲気が変わるのが分かった。やはり、浪人生としてどこか引け目というか、恥ずかしさみたいなものがあるのだろうか。だから、浪人生同士の団結みたいなのがあるのかな。啓子自身も、散々厳しいことを言われてこの予備校に来たので、興味本位だろうが自分に世話を焼いてくれる子たちを可愛いと思うようになっていた。
浪人生とはいっても、一浪だけではない。なんとなく数人でつるんでいるグループがいて、啓子の周りの子たちとはちょっと違っていた。ある時、外階段から自販機に行こうとしたら、そのグループのリーダー格とおぼしき子が地べたに座り込んでいるのに出くわした。
「あれ、けーこさん、ですよね?」
「そうだよ。あれ、道田の英語は?」
「出なーい。さぼりぃ。」
「そうなんだ。」
「けーこさんも、さぼり?」
「ううん、次の数学まで空き時間。」
「じゃあ…ちょっと話聞いてもらってもいい?」
「うん、いいよ。」
彼女は、沼田さん。時々、道田に“ぬまたぁぁぁ”と怒鳴られるのを聞いたことがあった。出来が悪い感じでもないんだけど、なんでなんだろう。
「うちらさ…あんま評判良くないでしょ?」
「そうなの?」
「いいよ、無理しなくても。うちらさ、二浪だから。浮いてんの。」
「…。」
「だから、ここも2年目なんだ。」
「へぇ、じゃ、私の先輩だ。」
「先輩かぁ…。ははは、面白いこと言うね。」
「笑った顔、初めて見たかも。」
「いつも怖い?」
「うん、何となく…ね。」
「居づらいの。」
「一緒にいる子たちも、二浪の子?」
「私と木原は二浪。もうひとりの医学部浪人生は一浪だよ。彼女も私たちといる方がいいんだってさ。」
「へぇ。」
「…ここに居づらいのもあるけどさ…。家にも居づらいんだ…。」
「なんで?」
「親がさ、開業医なんだよね。で、医学部期待されてんの。医学部駄目なら、せめて薬学部って。」
「せめて薬学部って…。」
「でもさ、私、理系じゃないんだよ。」
「本当は何をやりたいの?」
「哲学。」
「哲学!?」
「びっくりした?」
「いや…うん…まぁね。私が高校生の頃、身近に哲学志望がいなかったから…。」
「まぁ、そうだよね。あんまりいないかもね。」
「ご両親には言ったの?」
「言ったよ。」
「で?なんて?」
「秒で怒鳴られた。気持ち入れ替えろってさ。」
「えぇ、そりゃないな。」
「でしょ?私さ、中学・高校とずっと理系で行けって叩きこまれてて、すごーくつらかったの。成績は良かったけど、理系は正直得意じゃなかったんだよね。」
そういう悩みもあるんだな。多分、好きなところに行ってもいいと言われていたら、この子は浪人せずに済んだのではないか?彼女とは、英語以外に同じ授業を取ることはない。だから、その他の科目のことは分からないが、少なくとも英語の授業の時は、とても優秀な印象がある。話を聞きながら、沼田さんがそんな悩みを抱えていたことに驚いた。
「けーこさんのご両親、よく医学部受験なんて許してくれたね。」
「うーん、私の場合は、親が背中を押してくれたって言うか…。」
「そうなんだ!いいなぁ…。」
「ねぇ、どうしても医学部か薬学部じゃないとだめなの?交渉の余地なし?」
「わかんない。母親はね、多分理解してくれるかも。でも、親父が許してくれないかなぁ。」
「そっか…。」
「でも、医学部行くために多浪もさせられないだろうから、滑り止めくらいの文系受験はありかも。」
「私が無責任にあーだこーだ言うのは出来ないけどさ。ひとつだけいいたい。」
「いいよ。なに?」
「諦めないで欲しい。」
「…。」
「今は無理でも。本当にやりたいことを諦めないで欲しいの。」
「でも…親が…。」
「だから。今は無理でも!もしも、親御さんの言う通り医学部か薬学部へ行ったとしても、回り道しても、自分が学びたいことがあるなら、それを諦めちゃダメ!幾つになっても!」
沼田さんの顔に、光るものが流れてきた。
「けーこさんの医学部受験、応援してっからね。」
数日後、彼女は予備校をやめた。
そろそろセンター試験も間近になり、さすがに人の世話を焼く余裕のある子たちが減って来た。…と思っていたら、そうでもなかったのに驚いた。段々老け浪人生の啓子にも、“同志”が出来てきて、センター試験間際まで、予備校の自習室に居残りながら啓子の勉強に付き合ってくれたのだ。化学の得意なアキラくんと私に小論文を教わりに来る舞ちゃん。二次試験対策の小論文の授業で一緒になってから、三人でつるむことが増えた。特に、アキラくんは小論文が苦手で、化学と引き換えに小論文をみてほしという。
「けーこさん、今更だけど、元素記号さらってみます?」
「スイ・ヘイ・リー・ベ・ボ・ク・ノ・フ・ネ・ナ・ムグ・アル・シ・プ・ス…プス…プス…。」
「なんだよー、クラークカ、まで覚えましょうよ~。」
「はい…、すみません。」
「あぁあ、もう明後日かぁ。」
「舞ちゃん、それ、言う?今、言う?」
「みんな、やるだけやったんだから、自信持とうよ!」
「2回目のセンターだからなぁ。」
「そういやぁ、私、初めてだ!」
「えっ!?」とふたり。
「遠い昔の私は、私立しか受験してないから。」
「けーこさん、大丈夫っすか?よくわかんないけど、一緒に医学部合格しましょうね。」
アキラくんも医学部志望。数学と化学はめちゃ優秀。将来は小児科医になりたいそうだ。舞ちゃんは、政治の勉強をしたいらしい。
「みんな、合格できますように!」
地元民しか知らないようなひっそりとした神社に、深夜、三人で詣でに行った。果たして、神様は願いをきいてくれるのだろうか。
センター試験の回答は、翌日の朝刊で発表される。だから、自分である程度得点の概算はできるわけで、啓子は全国の医学部から足切りを受けたのは分かっていた。
「意外と英語で稼げなかったね。白井さん…どうするの?」と教務の人。
「前期日程はもう諦めます。後期日程一本で行きます。」
「センターでこの成績だと、後期で逆転は難しいよ。」
「はい。わかっています。でも、どこにも出願せずに諦めることはしたくないです。」
「君が決めたのなら、最後まで頑張りなさい。」
手応えがあったというアキラくんは、前期日程は第一志望へ出願するという。啓子は、医学部受験の背中を押してくれた、母の故郷の大学を受けることにした。ダメなのは分かっている。でも、受けて見なきゃわからない。そんな、“思いだけの出願”であった。
“地方の大学でも、医学部を受けるのは優秀な生徒たちなんですよ”。
急にこんな言葉を思い出した。後期試験の前日、宿泊しているホテルで夕食をとっていた啓子は、受験生の親とおぼしき男性の聞えよがしな声を聴いた。
「お前は、(あそこの)医学部受けるんだから、えらいぞ!」
“実は、私もです”って囁いたら、このおじさんびっくりするだろうな。と、意地の悪いことを思いながら、カツカレーを食べている受験生を尻目に、ひとりステーキを食べていた。教務課の人が言っていたのは、こういうことか。医学部を受けることだけでも、我が家の誉れ、というやつだな。医学部受験の動機が様々あるという至極当然のことを、今さらながらに理解したのだった。いい年をして、子どもを取り巻く世間を自分は分かっていない。啓子自身には、確固たる志望理由がある。そう思いつつ、一方では“これって、ある意味、記念受験か?”という気持ちもあるのだった。とにかく、今は余計なことを考えずに試験に臨もう。母の言葉、予備校に入るときの教務担当の人の厳しい言葉、一緒に学んだ浪人仲間…肝心な知識よりも、そんなことばかりが頭に浮かぶのだった。
試験は小論文と面接。ただ、小論文とは言っても、ある事象について英語で説明されたものに対し、設問に答える、というものだった。あるお題について論述せよ、というものではなかったので、問題文を読んだ瞬間“本当に終わった”と思った。
“これ…物理じゃん”。
この手の問題は、答えは文章の中にあるのだから、物理を分かろうが分かるまいが、英文の中からとにかく答えを出す。それが精いっぱいだった。さすがに面接で逆転など望めないので、面接は啓子が思う以上に冷静になれた。面接官は、どの診療科かは分からないが、教授が3名。社会人受験生の啓子には、容赦なかった。どうしてここの大学受けたの?ということなどは訊かれず、“医学部に入って何を勉強して、何になりたいの?”について執拗に訊かれたのだった。啓子は自分の経験をエモーショナルに語ることなく、自身を苦しめてきたアトピー性皮膚炎について、それ自体を知りたいこと、それを知って治療法を見出したいこと、などなど(どうせもう落ちるのは分かっているから)言いたい放題いってやれ、と無駄に強気で答えていた。そのうち、ひとりの教授が
「白井さんは、合格できると思っていますか?」という。
「正直なところ、センター試験の得点を思えば、非常に厳しいことは自覚しています。」
「あなたの挑戦、僕は尊敬しますよ。」
意外な反応だった。拍子抜けした。この人は、絶対に啓子が落ちると分かっているはずだ。その様な状況で“尊敬する”という言葉が出てきたことが、驚きと同時にこの受験が無駄ではなかったことの証であるように感じていた。
…とキレイに終われることはなく。
「あなたね。診療科は皮膚科だけではないからね。」
今まで無口だった教授が、最後の最後に言い放った。
“なんだ?おまえ!”
と、頭の中を正直には明かさず、大人しく“はい”と締めくくり、面接室を後にした。
あれから数日後。当然の結果が届いた。心のどこかで期待していたことは否定しないが、これで合格だったら他の医学部受験生に申し訳ないとも思うのだった。
「で、どうするの?」と母。
「どうするも何も、一浪だけって約束でしょ?だから、これから就職探しだよ。」
「諦められるの?」
「だって、そっちが一浪だけだって言ったんでしょ?」
「そうよ。」
「私だって、未練はなくはないよ。でも、一浪だけって思いでこれまで頑張って来たんだし、その結果なんだから。約束は守るし、結果も受け入れる。」
「そう。あんたが納得してるならいいけど。」
「あのね、医学部受験って魔性だよ。いつか、いつか…って、いつの間にか医者になることより医学部に行くことが目的に変わっちゃうの。医学部を受験することに酔い始めるんだよ。現実から逸れてしまうの。それを目の当たりにしたから、私はきっぱりやめる!」
「うん、わかった。」
結果を報告しに予備校に行くと、沼田さんが入り口の前で待っていた。
「あれ?」
「待ってたんだよ。けーこさん、どうなったかなーって思って。」
啓子は思わず笑ってしまった。
「え?まさか?」
「落ちたよ。」
「うそー、なんで笑ってんの?」
「沼田さんが元気そうでよかったな、って。」
急にやめてしまった沼田さんが、ずっと気になっていた。まさか、自分の合否が気になって予備校に来るなんて。という予期せぬ喜びからの吹き出し笑いだった。
「けーこさん、この後どうすんの?」
「就職活動。」
「え、諦めんの?」
「諦めるんじゃないよ。終わりにするの。」
「終わり?」
「そう。受験生活を終わりにして、現実に戻るんだよ。」
現実に戻る…。本当にそうか?今までの受験生活は、現実ではなかったのか?逃避だったのか?違う、違うだろ!自分で言っておいて、啓子は自分に腹が立った。
「けーこさんの浪人生活って、現実逃避だったんだ。」
「違うよ。でも、自分と同い年の人たちから見たら、贅沢な時間を過ごさせてもらったと思うよ。」
「やめちゃうの?医者になるの。」
「未練はなくはない。でも、医者にはならない。」
「なに、それ!私には、諦めるなって言ったじゃん!」
「うん、そうだね。」
「けーこさんは、諦めるんだ!」
啓子は何も言えなかった。でも、諦めるんじゃない。それをどう伝えたらいいんだろう…。
明らかに、沼田さんは啓子に失望したような表情を見せた。
「私は、諦めてないよ。」
「でも、医学部目指すの終わりにするんでしょ?」
「医学部を目指すのは終わりにする。でも、医学に関わることは諦めないよ。」
「どういうこと?」
「…うまく言えるかどうか。あのさ、医者のなり手はたくさんいると思うの。私ひとり受験やめたところで、なんの影響もないよね。逆に、敢えて医者じゃないから関われることもあるんじゃないかって思ってる。それが何かは、今は分からない。今は、とりあえず受験生活で無一文になった自分を立て直さないといけないから、働く。」
「…。」
「言ったでしょ、幾つになっても学びたいことがあるなら諦めるな、って。」
「うん、言った。」
「だから、諦めないよ。」
今度は、沼田さんが吹き出し笑いをした。
「やっぱ、けーこさんだな。良かった。」
「やっぱ?」
「諦めないでの意味、分かった気がする…。」
「どういうこと?」
「医者になるには医学部行って国家試験受からなきゃいけないでしょ?でも、医学に関わる道は医者になるだけじゃない。自分の目的を達成するには、道はひとつじゃない。だからの、諦めないで、なのかなぁって。」
そこまでの答えを、啓子が持ち合わせていたかは怪しい。むしろ、沼田さんが啓子のモヤモヤを答えにまとめてくれた気がしている。やっぱり、この子は賢いんだな。
「今度は、私がけーこさんにひとつ言いたい。」
「はい、なんでしょう。」
「医者以外で医学に関わる道、ぜったい見つけて欲しい!なんなら、これまでになかった道がいいな!」
「あはははは!いい!それ、いいね!」
「けーこさんてさ、ふつーじゃないから。持ち前のパワフルさで、前のめりで突き進んで欲しいの。」
「そこは裏切らない自信、あるよ。」
「けーこさん、私、応援してっからね。幾つになってもね。」
「ありがとう、沼田さん。」
沼田さんは、手を振りながら走り去っていった。結果報告に行くと、アキラくんと舞ちゃんがいて、ふたりとも二浪が決まったそうだ。正確には、舞ちゃんは第一志望でない大学には合格したのだが、やはり第一志望を目指すのだという。アキラくんは、経済的に二浪は厳しい中親を説得して、宅浪するそうだ。みんな、それぞれ茨の道を選んだのだな。
春はまだ先のようだ…。
2年後。啓子は、とある大学院に合格した。“医療コミュニケーションコース”を開設した大学院を見つけ、そこに行くことになった。あれから時間が経っているけど、予備校へ報告しに行くか。久々に訪れた予備校は、あの頃と何も変わっていないはずなのだが、教務スタッフの入れ替えがあったのか。知った顔が減っていた。少なくとも、校長の道田には言いたいな。そう申し伝えると、道田は授業中なので待っていて欲しいとのこと。ロビーで待ちながら、あの頃過ごした日々に思いを馳せていた。よく年下の子たちと馴染めたもんだ。もっと煙たがられると思っていたのに。やはり“受験浪人は受験同志でもある”ってやつなのかな。
「啓子か!」
道田は生徒を下の名前で呼ぶ。啓子は最後まで馴染めなかった。でも、だから道田は怖くても生徒に人気があったのかな、とも思う。
「お久しぶりです。」
「元気そうで何より!で、どうした!なんか相談事か?」
「いえ、ご報告に来ました。」
あの不合格の日から大学院合格までの色々を、道田に話した。
「旧帝の大学院なんて、すごいじゃないか!しかも、やりたいことが勉強できるんだろ?」
「はい、初志貫徹、ですかね。」
「これこそ、継続は力なり…だな。頑張ったな!」
「この予備校のおかげです。ここに来なかったら、今の私はないですから。」
これは、お世辞ではない。啓子の本心。
「そう言ってもらえたら、嬉しいよ。啓子みたいな生徒は、ウチで初めてだったからな。役に立ってよかった。」
今は、秋。大学院入試は初秋だから、サクラサクではない。季節外れの合格報告も、ある意味自分らしい。ふと、啓子は思った。母は策士だ。“一浪だけ”と言えば、結果がだめでもコイツはまた挑戦することは織り込み済みだったのだろうな。ある意味、啓子の“諦めの悪さ”を刺激してくれたのかもしれない。
「お礼に、唐饅でも買って帰るか。」
お土産は策士の故郷の味がいい。しばらく離れて暮らすことになるのだから。
了




