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その1 麻美

「オムニバスのように小説を書いてみたい」。自分にとっては実験、というか挑戦となる作品を書いてみました。どなたかのお目に留まれば、幸いです。

“落ちた…。”


 やはり、甘く考えていた。昔取った杵柄が災いしたのかも知れない。割と自信あったんだけどなぁ…。これは、今日届いた知らせを読んだ、麻美の心のうち。


 2年後に大物舞台演出家・朝倉伸也が引退するというので、テアトロ・オデオン戯曲賞が今年度で最後になるという。このコンクールで優勝すると、朝倉伸也の演出で舞台化される。著作権が主催者のテアトロ・オデオンの帰属になったとしても、そこが最大の魅力であった。麻美はずっと以前から応募しようと思っていたものの、なかなか戯曲が書けず、ズルズル先延ばしにしていたのだった。だが、まさかこんなに早くに終わりを迎えるとは思っていなかったので、朝倉の引退と共にコンクールが終わることを機に本腰を入れた、というわけだ。

 このコンクールは、一次選考、二次選考、最終選考のプロセスを経る。麻美は最終審査まで残っていた。麻美自身は全く知らなかったのだが、最終選考に残るとそのファイナリストの名前が演劇業界誌に掲載される。応募から最終結果が分かるまで半年余りを要するので、応募し終わった麻美は、暢気に日々を過ごしていた。

“まぁ、ダメ元だから…。”

そんな風だから、大学時代の先輩から連絡を受けた時は、驚きと同時にちょっと期待してしまうきっかけにもなってしまった。

「もしもし!麻美ちゃん?」

「はい…。清水先輩?」

「そうそう!ご無沙汰、ご無沙汰!いや~、びっくりしたよ。麻美ちゃん、まだ頑張ってたんだね?」

「はい?」

「え、見てないの?月刊シアター。載ってたよ、麻美ちゃんの名前!」

「えー、読んでないです。」

「テアトロ・オデオン、応募したんだね!ファイナリストに名前載ってたよ!だから、こうして電話したんじゃないの!!当の本人が無頓着でどうすんのよ!」

…そんなシステムだったんだ。知らなかった。

「すみません…。戯曲出したら、もうそれで気持ちが途切れちゃったというか…。」

「でもさ、最後の8人に残ったなんて、すごいよ!たづるも喜んでたよ!」

たづる、というのは、麻美が大学時代に制作の手伝いをしていた劇団の作家でOBである。大学時代、麻美は演劇学科で戯曲創作を専攻していた。あまり大きな声では言えないのだが、麻美は根っからの“演劇少女”だったわけではない。元々、物書き志望で、どちらかというと小説家を目指していた。なのに、なんで演劇学科戯曲専攻になったかというと、ある意味、高校の友人のおかげだ。その友人こそ根っからの“演劇少女”で、中・高と“演劇部(ゲキブ)”に所属していた。彼女こそ、麻美の大学の演劇学科への進学を熱望していたのだが、彼女の両親の猛反対にあい、泣く泣く諦めたのだった。その彼女から、演劇学科の中に戯曲創作のコースがあることを知った麻美は、小説家になるための第一志望と、何でもよいので物が書ける大学を受験して、結果後者に行くことになった。よくある、「友達のオーディションについて行ったら、自分が合格してしまった」的な後ろめたいやつである。


 舞台は全く興味がなかったわけではない。好きな舞台俳優だっていたし、好きな芝居もある。ただ、“熱血演劇少女”でなかっただけ。これは、麻美の言い訳。そんな自分が合格してしまったからには、大学では本気で勉強しないと。そんな思いから、大学の卒業生たちで結成された劇団の手伝いをすることにしたのだった。大学発の劇団は大小様々あって、振れ幅が極端なので、劇団選びは“話を楽しめて、かつ難解でない”ところを選んだ。こんなことを言うと、先輩たち、特にたづる先輩には激怒されそうだ。たづる先輩は、初対面の私に「劇作家になりたい子が来てくれるのは初めてだよ。ありがとう。」と、とても好意的だったので、ますます以て困ってしまった記憶がある。

 ただ。とにかく話を書くことは好きだった。それが小説なのか、戯曲なのかは関係ない。むしろ、会話でストーリーを作り上げていくことに、小説よりも面白さを感じたし、戯曲の方が自分に向いているのでは?と次第に思うようになっていった。台詞を考えるのは楽しい。それに、その台詞が俳優によってさらに“生きた言葉”になっていくのが面白い。読み物としての戯曲も、演出家と俳優たちによって命を得た戯曲も、どちらも無限に面白いと思った。ただ、戯曲は嘘がつけない。これは小説でも同じなのだろうが、経験していないことは書けない。書けても、すぐにそれが嘘だと分かってしまう。しょせん、想像は想像なのである。戯曲専攻の1年目は、とにかく戯曲を書くことを学ぶのだが、学年が進むにつれ、「作品としての戯曲」を求められるようになる。若干、二十代の自分の知識と経験値で創り出す話など、底が浅いというものだ。ちょっとでも背伸びして作品を書けば、「君は男を知らないね?ふっふっふ」などと教授に言われてしまう。なので、規定の課題数を提出していても、3年生の時に「可」の評価をつけられてしまった。納得のいかない麻美は、教授に詰め寄った。

「先生、私、1年の戯曲創作は“優”を頂きました。課題もちゃんと提出してます。なのに、なんで今回は“可”なんですか?」

「ふぉっふぉっふぉ、それは、君自身がよく分かってるんじゃないの?」

はい、終了。教授はまだ納得のいかない麻美を残し、教室を後にしてしまった。君自身がよく分かっている…、いいえ、私は分かりません!と思う一方で、やはりどこかで分かっていたような気もするのだった。

 リベンジ!!大学の卒業成果物は論文ではなく、創作戯曲にしよう!高校生の時から温めていたテーマを、今正にこのタイミングで形にしよう。これが、麻美にとっての大きな一歩でもあり、“昔取った杵柄”にもなるのだった。実在する人物の三角関係と葛藤を戯曲にする。史実の調査、時代考証、そして自分に足りない“恋愛経験値”を補う方法の模索…どこまでを活かしどこまで自分の創作を採り入れフィクションとするのかも含め、提出期限間際まで、憑りつかれた様に戯曲を書いた。書いては破り、また書き、加えたり削ったり…。“クライマーズハイ”ならぬ“ライターズハイ”のような、昂揚した状態が続いた。

「絶対に教授(あいつ)をギャフン!と言わせるんだ!」

副論も含めて500枚超えの原稿を、どうだとばかりに提出。結果、卒業式で演劇学科から唯一、学部賞を受賞したのだった。ギャフンと言わせたかった教授は、麻美に言った。

「作品を提出した時のあの顔、忘れないよ。物書きの顔をしていたからね。」


 卒業後の麻美はと言えば、最初の1年こそ放送作家見習いなどをしていたのだが、1年そこそこでやめてしまい、演劇や戯曲とは遠いところで働いていた。“作家に定年はない”と言い聞かせ、戯曲を書くことへの熱が冷めたわけではないものの、いつかいつかと甘えた生活を送っていた。そんな中での、テアトロ・オデオン戯曲賞終了のニュースだった。これを逃したら、もう後がない。卒業制作と同じく、随分昔から温めていたテーマを頭の奥から引っ張り出して、戯曲に仕上げた、というわけだ。応募したことにある種の達成感を抱いてしまった麻美は、清水先輩の電話があるまで、選考結果というものを全くというほど気にしていなかったのだ。ファイナリストに残っている…。最終結果発表の日は分かっているので、その日がくるまで、緊張の連続であった。

 しかし。肝心な結果発表の日が来ても、一向に通知がない。遅れること2か月。主催側より郵便が届いた。「選考が難航しており、発表日が遅れる」とのことだった。こんなことってあるの?麻美はこの通知を受け、力が抜ける思いだった。このコンクールは、開催されて15年ほどになる。結果発表の遅延は一度もなかった。それほどに作品が競っているのか…。それって、ファイナリストのレベルが高いってこと?などと、いずれにしても自分に良いように想像してみる。でも、異例のことだ。また、しばらくドキドキしながら日々を送らないといけないのか。


 ついに、その時が来た。

「残念ながら、今回の最優秀戯曲賞は、該当者なし、との結果に至りました。」

“は?”

この紙切れは、何を言っているんだ?散々、引き延ばしておいて、最優秀賞に該当者なしだと?放心状態の麻美は、ヘナヘナと座り込んでしまった。この、長い長い“待て!”状態は、一体何だったんだ。こんなことなら、むしろ誰かが最優秀戯曲賞になってくれた方が、まだ諦めもつくというのに。

 腑抜け状態の麻美は、仕事を休み、昼間から酒を浴び、正気でいる時間を持たないようにしていた。だが、残念なことに、こういう時に限って、酔えない。ドロドロ状態のまま、清水先輩に電話をかけた。

「せんぱいぃぃぃ…。」

「見たよ。残念だったね。」

「こんなの、初めてですよね。結果発表の延期も、該当者なしも。」

「確かにね。そうだね。」

「こんなだったら、いっそのこと誰か別の人が最優秀賞に決まってくれればよかったのにぃ~。」

「それ、ホントかなぁ。」

「ホントですよ。その方が諦めつくじゃないですかぁ…。」

「でもさ、麻美ちゃん、内心自分が…って思ってたでしょ?」

図星だ。

「ヤなこと言いますね、先輩。」

「だって、そうでしょ?学部賞受賞者だしさ。たづるでさえ、とってないんだから。」

「…。」

「ウチの学部賞受賞者は、卒後も活躍する人が多い、ってよく言われるもんね。」

「…はぁ…。そうですね。」

「私、結果見て思ったんだけどさ。テアトロ・オデオン戯曲賞の最終回で朝倉伸也の最後の演出作品にするには、どれも物足りなかったんじゃないかな。」

「それで、結果発表延ばしたりしますぅ?そんなことなら、一気に落としてしまえばよかったのに。」

「そうだね。結果を出すには時間をかけてみたものの、実際舞台演出とか“最終回”とか“最後”ってことを考えたら、どれも今一つ何かが欠けてたんじゃない?」

「…。どのみち結果は“落選”なんで、何も考えられません…。」

「んな、甘えたこと言ってんじゃないわよ!…今回は、作品の優劣とは違った視点がはたらいたっていいうか、いつものコンクールだったら優劣がつけやすかったものを、今回はそれが難しかったんじゃないかって思うのよ。」

「そうなんですかねぇ。」

「こんなことで、書くの諦めちゃう?」

「…。先輩には言ってませんでしたけど、私、大学卒業してから演劇とは縁遠い、ふつーの生活してたんです。そんな中で書いた作品です。先輩たちみたいに、演劇を生業にしてきた人たちから比べたら、恥ずかしくて恥ずかしくて…。」

「ばーか!」

「はい?」

「ばか、ばか、ばか!それでもファイナリストに残ったじゃないの!ただ書くのが好きで戯曲を書くのは恥ずかしいことなの?私、麻美ちゃんと長いこと音信不通になってから、薄々演劇から離れた気はしていたんだよ。でも、雑誌で麻美ちゃんの名前見つけた時、すごく嬉しかったの。あぁ、まだ戯曲書いてたんだ、って。このくらいでめげないでよ!簡単に諦めないでよ!まだ、戯曲を書くのが好きなら、やればいいじゃない!劇作家じゃないと書いちゃだめ、なんてもんじゃないでしょ。」

「あぁぁあん、先輩のバカぁ…!」

電話で良かった。今の自分は、酔っ払いで大泣きして、おまけにパジャマで、見せられたもんじゃない。

「先輩、私、作品を量産できるタイプではないんです。書きたいテーマが見つかっても、温めて、温めて、書き始めるまでに何年もかかる。でも、書き始めたら止まらない。そんなだから、すごく時間が掛かるんです。オデオンは、その自分のタイミングを無理くりあわせた感は否めません。だからと言って、それを落ちた言い訳にするつもりもないんです。うっうっうっ…。おまけに鼻水も止まりません。…うえっ。たづる先輩みたいに、アイディアが止まらないタイプの劇作家じゃないんですぅぅぅ…。」

「あはははは。あんた…泣くか喋るかのどっちかにしな。ねぇ、たづるだって、苦しみながら書いてるんだよ。傍から見れば、アイディアが止まらないように見えるのかも知れないけど。アイディアの湧き方だって、人それぞれじゃない。それがいつ熟すのかだって。麻美ちゃん、もっと前のめりに行きな!無敵くらいに思っちゃえ!遅筆でいいじゃないか!っていうか、書き出したら止まらないんでしょ?いいじゃん、いいじゃん。また書きたくなった時が、10年後、20年後になったって。」

「…あ“い…。」

「鼻声もいいじゃん!いっぱい、泣け!」

「ぶしっ」

「物書き…なりたくて来たんでしょ?ウチの大学。」

「です。」

「なら、諦めんな。…というか、気が済むまでやりな。評価されてもされなくても。私みたいに、麻美ちゃんの名前見て喜ぶヤツがひとりでもいれば、そのひとりのために、さ。」

清水先輩の言葉がしみていく。そして、それが涙になっていく。でも、流れ出てしまったわけではない。麻美は涙と鼻水とアルコールでぐちゃぐちゃなのだが、無意識に鼻をかんだティッシュにボールペンで殴り書きしていた。

“タイトル:終着しなければ、執着が残る”。


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