地味顔令嬢コケシーナは割とフジミ
リクエスト企画作品
企画・原案:むろぞら さま
『悪役令嬢が現代に異世界転移?してくるお話が読みたいです。』
コケシーナ・イーストホーク伯爵令嬢は中々に大した女だった。
顔は地味だが、それを補って余りあるほど成績優秀で、ものおじせずに言うべき事も言えるタイプ。
また顔は地味だが、王侯貴族の中でもごく一部にしか発現しない強力な血統固有魔法のうちの一つ『オールインワン』までも受け継いでいた。
顔が地味で、ちょっぴり家格と年齢が低く、あと顔が地味だったので第一王子の伴侶には選ばれなかったが、能力を買われてバッカーノ第二王子の婚約者に選ばれた程である。
ゆくゆくは、残念なことに定評のある第二王子の代わりに、王族としての職務を担うためにーー
そんな二人の婚約関係が終わったのは、国王夫妻と第一王子が他国を表敬訪問中で不在の夜会でのことだった。
「きけ!希代の悪女、コケシーナ・イーストホーク伯爵令嬢よ。俺は貴様との婚約を破棄する!そして彼女、ミルキィ・ゾーキン男爵令嬢を妻にする!」
「えぇええ?!」
突然の宣言に思わず裏返った声を出したのは、コケシーナ……ではなく、バッカーノの隣に控えるミルキィの方だった。
会場もざわめく。
それはそうだろう。
二人の婚約は王命で、それを勝手に破棄するなど国の威信に関わる。
よくて降爵、悪ければ極刑となるほどの大不敬罪なのだから。
「お、王子!そんな必要はありませんわ!わたくしが王籍に入るなんて恐れ多すぎます!」
予想のナナメ上の事態に、慌てて軌道修正をはかるミルキィ。
確かに自分は王子に擦り寄り、またコケシーナを貶めるような、ありそうで無い事や無い事を吹き込んではいた。
しかしそれは愛人的なポジションを狙ってのことだ。責務は地味顔のコケシーナに押し付け、甘い汁だけを吸うつもりでいたのに!
「いや、俺の妻にはあんな地味顔悪女でなく、清楚で心優しいお前こそが相応しい。」
「いやいやいや、相応しくないでございます!」
「安心しろ、抱いた責任はとってやる。これでコケシーナから嫌がらせを受けることもなくなるぞ。」
「ちょっとぉおおおー!?」
意図しない形で悪事を暴露される形となったミルキィは絶叫した。
会場は苦笑いに包まれる。
だって、本当に清楚な女は婚約者がいる男に身体を許したりはしないし、陰で悪口を吹き込むこともないのだから。
「王子のお考えはわかりました。ただ、婚約破棄には相応の理由と証拠が必要なはず。」
そこで、初めて口を開いたコケシーナ。
「私がミルキィさんに嫌がらせをしていたと言うことですが、それだけでは婚約破棄の理由として弱いですよね。それに、その事実を証明できるものもないのでは?」
「そうだ!だが、婚約に際してお前の実家が送ってきた釣り書きに虚偽報告がある。これは婚約破棄に値する立派な証拠だ。」
首を傾げるコケシーナ。
はて、そんなものは無かったはずだが……
「いいか、釣り書きにはこうある『まるで人形のように愛らしい顔立ち』……お前と全然違うだろうが!」
「いやいや、ウチの領地の特産品に似ているとはよく言われているんですよ。」
貴族の嗜みである、感情を読ませない完璧なポーカーフェイスでさらりと答えたコケシーナ。そんな彼女の顔は、イーストホーク領土産の木製人形と瓜二つであった。
「うるさい嘘つきめ、あの釣り書きをみて期待していたんだぞ、俺は!口うるさい父上や兄上のいない間に厳しく処罰してやる。」
「思いとどまって下さい王子!処刑とかしたら目覚めが悪いです。それに追放とかは復讐が怖いですわ!」
主に自分の保身のために、慌てて王子を止めるミルキィ。
「おお、ミルキィは優しくて賢いなぁ……よし、ならば王城地下にある古い魔法陣で異世界に追放してやろう。けってーい!」
「会場の皆さん、私ミルキィ・ゾーキンは確かに止めましたよ!きちんと証言してくださいね!」
こんな無茶苦茶、本来なら通る筈ないのだが……通ってしまった。
その理由は、王家に絶対服従を誓う国の懐刀『第0騎士団』の存在である。
国営は綺麗事だけではやっていけない。
そこで、王族の命令に対しては私情を排して絶対服従する暗示をかけている最強部隊の第0騎士団が、今だけは王子の傘下に入っていたのだ。
こうしてコケシーナは、理不尽に異世界転移させられる事になる。
ちなみに、バッカーノ王子とミルキィは国王帰還後に除籍され南の無人島に島流しにされることとなった。
食料豊富な島ではあったが、特別な力も知恵もない二人。散々苦労しながら40歳ぐらいでその生涯を終える事になったという。
◇◇◇
現代において世界最高峰の技術を持つメイクアップアーティスト、薔薇園美虎。「化粧道」に邁進し、美に命を捧げる求道者でもある彼には現在、由々しき悩みがあった。
「存分に腕を振るえる相手、振るいたいと思う相手が……いない……」
世界一の腕を持つ彼の仕事相手は、世界的な女優達。
それは勿論、生まれつき目も口も鼻もハッキリとした顔立ちの、素晴らしい美貌の持ち主だ。
ゆえに、メイクは『パーツの微調整』で終わってしまう。磨いた神技を存分に発揮する機会がないのだ。
もし彼が彼女達に本気で『ぱっちり瞳メイク』とかしようものなら、『ちゃおのヒロインよりデカ目じゃん、バランス悪!』とか言われてしまうのである。
ならばその辺の地味顔一般人を相手にすればいいかと言うと……それも違う。
そう言う人物は外見磨きをサボる傾向にある。
つまり精神的に卑屈だったり、姿勢が悪かったり、肌や髪のケアが不十分だったりするのだ。そんな相手に美虎の食指は動かないのである。
「ああ、木花咲耶姫よ。貴族のような素晴らしい淑女で、尚且つ顔だけは真っ白なキャンパスの様にメイクしがいのある、めちゃくちゃ地味顔な相手に出会わせたまえ。」
閉店後の広い事務所で美の女神に祈りを捧げる美虎。すると、突然床に魔法陣が浮かび、そこから一人の女が現れた。
彼女の名前はコケシーナ・イーストホーク。
美虎の理想にドンズバの女であった。
その後、情報をすり合わせた二人。
どうやらコケシーナは転移魔法陣というもので異世界からとばされてきたらしい。そして、元の世界に帰りたいと言う。
「帰る当てはあるのかい?」
「魔力の残滓で座標はわかったので、あとは大量の魔力さえあれば……そして、そのために『多くの他者からの好感度』が必要となります。」
なんでも彼女は『オールインワン』という戦闘向けの血統固有魔法を受け継いでいるらしい。その効果は、『多くの他人から好意をもたれるほど使用者の魔力や耐久性や寿命が増える』ものだという。
色々と疑問やツッコミどころはあったが、美の追求を全てにおいて優先する美虎にとってはその辺は全て些事であった。
「それには何人くらいの好感度が必要なんだ?」
「それが、異世界転移する程の大量の魔力を使うには1万人分くらい必要なんです。一人あたりから得られる加護は微々たるものなので……」
ごく僅かに沈んだ顔で話すコケシーナ。
ポーカーフェイスだが、よく見ると眉尻も0.1度くらい下がっている。
「なんだ、そんなものか。俺にメイクさせてくれるなら、余裕だぞ。」
「え?」
驚きに目を見開くコケシーナ。
まあ、実のところ0.1ミリくらいしか開いていないのだが、優れた観察眼を持つ美虎はしっかり把握していたのでこの表現でいいだろう。
◇◇◇
その年の「世界で最も影響力のある100人」の中にはコケシーナの名前があった。
きっかけはフォロワー数1億人を超える世界的な俳優や女優達が、こぞって薔薇園美虎の、とあるメイク動画をリポストしたことだった。
その動画は、薔薇園美虎のメイクによって、どちゃくそ地味な顔立ちをした女性が世界一の美女に変貌を遂げるものだった。
しかし、超一流の芸能関係者は気づいていた。
この奇跡の動画は美虎の神技だけでなく、モデルを務めたコケシーナという地味顔女の、高い教養と誇り、美しい体幹と長い手足、よく手入れされた髪と肌がなければ実現しない物であると。
彼女は一気にスターダムを駆け上がった。
CMとかにも起用されまくった。
結果、一万人で良かったところを十億人以上から「いいね!」されたコケシーナ・イーストホーク。
急に魔力が増えすぎた結果、黒髪が金髪になりバチバチをオーラを纏った彼女。
いつの間にか、ほぼ不死身の身体と、大国の軍隊すら超越する程の戦闘力まで手に入れていた。
そんな彼女は、元の世界に帰る前に恩返しとして、世界各地の戦争・紛争を収束させた。何故なら暴力では何も解決などしないのだから。
どうやって収束させたか?
元凶となる指導者をまとめてぶん殴ったに決まっている。やはり暴力、暴力は全てを解決する。
その功績で80億人からの支持を得た彼女。
そして現在コケシーナは、膨大な魔力で二つの世界を自由に行き来しながら、毎日美虎に神メイクをされつつ、ほぼ不死身の身体でド派手に大活躍している。
例えば今日は、地球衝突コースを取っていたテキサス州の大きさにも匹敵する小惑星を破壊する事で全人類を救った。
そんな彼女を地味と言うものはもう、いない。