ヤマイヌ[前編]
最近、変な夢を見る。
隊員達がソワソワして浮足立っている。本田もその一人だった。ただの悪夢だろ?そんなものは、内戦中の絶え間なく聞こえてくる榴弾砲の音に比べたら大したことはない。アレは実害があった。
駐屯地の食堂でラーメンをすすりながら、本田は壁のテレビを見ていた。
玉「それが皆、夢の中に犬が出てくるそうなんです。」
いつものように本田の前の席に座る玉は言った。
本田「犬?どんな?」
玉「狼犬、遠くでも大きく見える、光る犬だそうです。」
へー、集団ヒステリーか?同じものを見たと思い込んでいるんだろうな。
本田「そういう隊員達のメンタルをケアするのって玉の仕事では?」
玉「違います。私はメンタルチェックまでです。後は専門医の出番ですよ。」
あぁ、聞き取り調査をしてるのか。
玉「……美味しそうですね。ラーメン。」
アンドロイドに食事。義体食が確かあるはずだが?
そんな中、テレビのニュースで、山陰の方で、野犬による獣害が出たと報道が流れた。
赤いテロップと共に野犬の群れが数頭映し出される。
隊員「山陰の奴ら仕事しろよ。」
誰かがそんな事を言う。野犬なんて滅多にここらでは見ないが、本州では内戦中から家から逃げたりした犬が野生化、山で群れを作って家畜を襲うなんて被害が出ていた。そんな野犬狩りも自衛隊の仕事だ。
本田「まさにツメアトだなぁ。」
コップの水面を見つめながら言った。
変な夢の集団ヒステリーは続いた。
断続的に隊員の中に同じものを見る者が出るせいで、
半ば恐慌状態。メンタルを病んで内服管理。そんなやつらに銃は持たせられない。
本田「食堂、まばらだなぁ。」
玉「自室待機者が出てますからね。」
テレビ「……次のニュースです。山口地区でも野犬による獣害が発生しました。」
本田「またかよ、最近多いなぁ。」
テレビのコメンテーターや専門家とやらが山陰の獣害と関連付けてあーでもないこーでもない、と話をこねくり回している。
コメンテーター「ぶっちゃけ、自衛隊の不手際、信用問題になりかねますよ。」
左派コメンテーターか、信用問題にしたいんだろうな。
玉「本田兵長も、気をつけたほうがいいですよ。」
本田「夢のこと?大丈夫でしょ。」
つついてるレバニラ定食をじっと見つめながら言われてもねぇ……
その夜
本田も狼犬が出てくる夢を見た。そいつは海から泳いでこちらのいる海岸に上がってくる。
ニタァ、赤い目の狼犬が笑ってるように見えた。
たまらず起きる。本田は息も上がり、汗もびっしょりだった。
本田「なんなんだ、アレは……」
そんなことのあった朝、西尾がついに自室待機になった。ハンガーでそのことを伝えられる。
本田「さすがに業務に支障が出るぞ。」
摩耶「あんな見た目なのにピュアピュアハートだからなぁ、あいつ。」
ベンチで弓に弦を張る摩耶は言う。
若い連中、20代の隊員は内戦を戦場で経験してない分、内戦に能動的に関わってない分、外からの刺激に受動的でされるがまま無ことが多い。特に恐怖には脆い。
本当に信用問題になる。本田はそう思った。
二、三日たったある日、本田は狭山の部屋に呼ばれた。
狭山「兵長、北九州で獣害が出た。」
まだ報道にはなってない。情報管制が敷かれているらしい。
そんな話を切り出されたのだ、ろくな目には遭いそうにない。
狭山「辞令を交付する。本田兵長以下は福岡駐屯地に赴きて、ヤマイヌ特別対策チームに合流せよ。」
本田「え?西尾もつれていくんですか?」
狭山「チームで行ったほうが、いろいろやりやすいだろ?」
駐屯地にいる隊員の精神状態は把握しているのにコレか。
本田「辞令、受領しました。」
狭山「内戦より、マシな仕事だろ?」
苦笑いして本田は部屋を後にした。
摩耶「へぇ、この駐屯地から割く人員は僕らかぁ、しっかり生きて帰らないとだね!」
本田「お前は頭がいいなぁ、流石はアンドロイドだ。」
へへへ、摩耶は隣で嬉しそうにしている。
二人ならんでベンチで西尾を待つ。
本田「おー、きたきた。西尾、やつれたんじゃないか?」
西尾「そう言う大将も顔色が悪いぜ。」
本田「互いに生きた心地はしてないか。」
西尾「元気出せよ、大将。終わったら熊本に、飲みに行こうや。」
カチッ!カチッ!
?三人はその音に振り向いた。そこには、ファイヤースターターを持った伊勢整備長がいた。
伊勢「あいにく、火打ち石は持ってね〜んだ。コイツで勘弁してくれ。」
3人は整備長に見送られながら兵員輸送車で出発した。
西尾「警備ロボットがいない分空いてていいな!」
摩耶「ほんとだねぇー!」
隊員は本田も入れて3人。1人はアンドロイド。
他の隊は6人くらいで回してるのに、ウチは警備ロボットだけとは。
本田「ま、人口も少ないし、なり手もいない。」
一回全滅した曰く付きの隊に行きたいか?俺が新人なら行きたくはない。そういうもんだろう。
本田「対策チームの他の隊とやらはどんなか、今から楽しみだ。」
摩耶と西尾には聞こえてない。あの2人は仲が良い。
全滅した隊の生き残りなんだ、俺とは温度差があって当然だろう。
窓から見る山は雪で白くなり始めていた。