第6話 憂い
ポストに郵便が投函される音を聞いて、ジェイはベッドに横たえていた体を起こし、玄関扉を開けた。
扉の横に備え付けられた個人用の小さなポストの上蓋を開けると、案の定、白い封筒が入っている。ずいぶん丁寧な装丁だ。蝋で蓋までされている。差出人は、やはりギルドからだった。
サラに「ピティ・トルチュールを迎え入れる」と伝えてから、5日。
普通、依頼というのは探索者から見つけに行くのが常だが、サラからは、しばらく待つようにとお願いをされていた。
もちろんジェイとて、毎日毎日迷宮に赴いているわけではないし、まとまった収入が入れば1週間くらい休息を取ることもざらにあるが、誰かに言われるままに待機するというのは、妙にむずむずするものだった。
ジェイはすぐに蝋を割り、封筒を開いて、依頼書にざっと目を通した。
『特別依頼:アンデッドツリーの駆除依頼 難易度8
迷宮入り口付近に、夜半アンデッドツリーが大量発生しているとの報告が上がっています。つきましては、当該の魔物の駆除を依頼いたします。一体駆除につき、17000バロムを報酬としてお渡しいたします。なお、今回に限りギルド館員一名が同行いたします。
依頼を受諾いただける場合は、この用紙に参加者の氏名を記載の上、ギルド会館まで提出をお願いいたします。
国営ギルドセイラム支部 ギルド長 エイベッジ・スクルド』
「アンデッドツリー1体で17000か……」
ジェイの呟きには、喜びと憂いが混ざっていた。破格の依頼であることは間違いない。大量発生の程度にもよるが、うまくいけば一回の探索で、数十万を稼ぐことが出来るかもしれない。目的が駆除であれば、十本足蜘蛛のような繊細な作業を求められることもないし、重い荷物を持って帰る必要もない。
ただ、アンデッド系の魔物というのはおしなべて骨が折れる。
普通の魔物にあるはずの痛覚が存在しないので、斬っても、射っても、怯むことがない。ただひたすら視界に映る人間に(視力があるのかどうか定かではないが)襲いかかり、首を両断するか、完全に焼いてしまわない限り、その動きが止まることはない。逃げても隠れても、ゆっくりとした動きで延々と追いかけてくる。特にアンデッドツリーという魔物は、首の位置もよく分からないときている。
ナタリー頼りになるだろう、とジェイは思った。
ジェイとマルロが囮になって、アンデッドツリーを誘導し、なるべく固まったところで火魔法を放つ。運が良ければ魔物から魔物へ火がうつり、討伐数を増やせるかもしれない。あとは彼女の魔力がどこまで持つか、だ。
少なく見積もってまあ30体くらい。せっかくの美味しい報酬なのだから、40は欲しい。いやいや、忘れていた。報酬は3等分ではなく4等分になるのだ。そのことも踏まえなければならない……。
ジェイは依頼書をしまい、天井を仰いだ。
報酬の配分問題をまだ決めていなかった。これは、どのパーティにも付きまとう厄介な問題だ。戦闘においての貢献度と、実際の報酬が釣り合い、全員が完全に納得できるということはほぼない。うちのパーティは今まで、完全に3等分としていたが、ピティが入ってそのまま成り立つかは分からない。うまく釣り合っていたジェイたちの力関係にも変化が生じるかもしれない。
今回、ピティの活躍の場は少ないだろう。
彼女の性格では、報酬分配を決める時に、遠慮をするかもしれない。それはそれで、バランスが崩れるものだ。ジェイはその時何と言うべきか、今からシミュレーションをはじめた。
○
鏡の前に立つ自分の姿があまりに不恰好で、サラは笑ってしまった。
彼女の体を顎まで包む、ボンレスハムのように分厚い皮の服は、ギルド職員に配られる迷宮探索用の防護服だ。
いわく、剣も弓も通さず、火も雷も跳ね返す。
確かにこれだけの厚さがあれば、かりに岩山の山頂から転げ落ちたとしても、目を回すだけですむかもしれない。身動きはほぼ取れず、足を動かすのでさえ精一杯だが、魔物と戦う必要がないとするならば、理にかなっているのかも知れなかった。
よし、壊滅的なファッション性には目を瞑ろう。なにせこれは自分から志願したことなのだから。
「そろそろ出かけないと」
視線だけで時計を見上げて言う。
名目上は、アンデッドツリーの駆除数をかぞえて、ギルドへ報告すること。
成果物が生じない依頼の場合、不正が行われないように、第三者が監視役としてついていくことがある。基本的には若い男の館員が同行するのが常だが、女性館員がついて行ってはいけないという規定はない。ギルド長も少し心配する素振りを見せたものの、強く止めはしなかった。
ピティ・トルチュールへ抱いていた不安は、数日を経て、サラ自身にもよく分からなくなってしまっていた。
事前に聞いていた人見知りという情報は果たして何だったのか――、こちらから紹介する前に、ピティとジェイらは顔を合わせており、すっかり打ち解けてしまっている様子だった。ピティとジェイが話す様子には、兄と妹ほどの気やすさすら見てとれた。パーティ加入も、ごく自然に決定した。
本来は、サラ自身がピティに感じた第一印象も同じだったのだ。バルガン・トルチュール法務大臣の孫という高貴な身分も、白魔導士という希少な役職を鼻にかけることもなく、ただ無垢で気の良い少女。魅力的で有能な人物だ。
つまり、思いがけず知ってしまった彼女の過去によって、色眼鏡をかけてしまっているだけなのだと思う。
ただ、どうせなら自分の目で確かめておきたい。
サラはムギムギと間抜けな音を立てながら、玄関まで歩いて行き、扉を開いた。今まさに山際に触れようとしている真っ赤な夕日が目を差した。