第4話 歓迎
今回ジェイたちが受けた依頼は、十本足蜘蛛の目玉を20個採取してこいというものだった。
迷宮の浅層に巣食う巨大な蜘蛛の魔物で、その目には滋養強壮の薬として強い需要がある。足は十本もあるくせに、目玉は赤い大きな物が一つずつしかない。
赤魔道士が火魔法で逃げ道を塞ぎ、弓師が蜘蛛の胴体を撃ち抜き、剣士が頭を切り落とす。
岩壁に磔にしてから、猶予は3秒ほどしかない。
そのわずかな間に綺麗に頭を切断して、受け止めないと、目が黒ずんで使い物にならなくなったり、潰れたりする。
無論、難易度が高いからこそジェイら中級の探索者に依頼がくるのだが、神経をすり減らすような反復作業に、次第に頭が痺れてくる。
途中、天井に張りついていた十本脚蜘蛛が不意にジェイの首元に落ちてきて、噛まれかけるという場面があった。この蜘蛛の顎には毒の針がついていて、ひどい幻覚作用に陥ることがある。ナタリーが迅速に燃やしてくれたので助かったが、集中力が落ちていることを自覚した。
20個の目玉を集めるために、失敗をふくめ倍以上の蜘蛛を殺すことになって、結局、その日のうちに街へ帰ることは叶わなかった。
迷宮内で一夜を明かす機会は少なくないが、常に周囲に気を配りながら、交代制で睡眠を取るので、長期間は保たない。最長で1週間迷宮に滞在したことがあるが、その時は心身ともにヘトヘトになり、帰ってから2日も寝込んでしまった。
○
翌日の昼――、眼玉を引き渡すために、ジェイはギルド会館へ赴いた。
カウンターで対応中のサラの姿が見えたので、少し待つことにした。
依頼が貼り付けられた巨大なボードをなんとなしに眺めていると、視界の左下に白いものが動いた。ローブを着て、杖を携えたピティだった。
「先日はどうも、ご馳走になりました」
初対面の時の怯えた様子はなく、すっかり慣れ親しんだような笑顔が向けられる。
「こちらこそ、うちのマルロをありがとう」
「探索帰りですか?」
「そう、今から収集物の受け渡しをしようと思って」
「それはそれは、お疲れ様でした」
「ピティは、これからどこか出かけるの?」
「いいえ。こちらへ来て間もないので、まだパーティも決まってないんです。今日ここに来たのは、そのこともあって」
ピティがカウンターの方向に目を向けた。
彼女もサラを待っているのだろうというのが分かった。
ジェイは、変にもったいぶる必要はないと思い、単刀直入に言った。
「うちのパーティに入らないか」
「えっ」
ピティは目を丸くした。
予期せぬ誘いに、少し困惑しているようにも見えた。
「実は酒場で会う前から、ピティのことを打診されていたんだ。新しく来る白魔導士をパーティに加えてはもらえないか、って」
「――ギルド側から信頼のおける方にお話をいただけるということでしたが、ジェ、ジェイさんのところだったんですか。じゃあ、この前の時に食事に誘っていただいたのは、つまりそういう……」
「悪い、半分はそういう目的だった。でもマルロの怪我を助けてもらったのは偶然だったから驚いたよ」
「そ、そんなこととは露知らず……。わ、私ったら何か失礼なことを言ってませんでしたか? あの、すっかり楽しくて、お酒も無遠慮に飲んでしまって」
ピティは頬に手を当てて、顔を赤くしながら俯いた。
ジェイは笑って言う。
「気に入ったから、こっちから誘ってるんだろう」
「ほんとうですか」
ピティは顔を上げて、ジェイとまっすぐに目を合わせた。
「勿論。これはうちのパーティの総意だ。歓迎するよ。もちろんピティがよければ、だけど」
「――――」
ピティの人形のように大きな瞳がすこし潤んだように見えた。
彼女は少しの間、言葉を探すように唇を動かした後、勢いよく頭を下げた。
「ふ、不束者ですが、ぜぴっ、ぜ、是非よろしくおねがいしますっ!」
ジェイもあわせて頭を下げる。
対応が終わったらしいサラが、2人を見つけたのか、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。