第1話 提案
「一番怖いのは人間だぞ、ジェイ」
晩年の祖父がよくそう言っていた。
探索者として多大な功績をおさめ、人々の羨望を集めた祖父は、その長い人生のほとんどを魔物との戦いに費やしてきた。
巨大な刀剣を肩に担いで、散歩にでも出かけるように危険な迷宮へと向かっていく後ろ姿。巨大な魔物の死体を引きずって帰ってきた、勇ましくもすこし照れたような顔。これは珍しいぞと言って渡されたサイクロプスの金色の目玉は(母親にはひどく叱られたが)、いまだに棚の奥に宝物として取っている。
ジェイは祖父のことが大好きだったし、1人の男として尊敬していた。
あれこそが目指すべき背中だと思っていた。
だから、規定の年齢になったその日に、迷いなく探索者になることを宣言した。
無論、探索者と名乗れるようになっても、すぐに迷宮に潜れるわけではない。無数にある依頼の中から、簡単なものを地道にこなしていくことで、徐々に難しい依頼を受けられるようになる。
ジェイはできる限り急いで、目に見える成果をあげたいと思った。
しかし心のどこかでは、間に合わないと分かっていた。
その頃には祖父は完全に寝たきりになって、生活のほとんどをベッドの上で過ごすようになっていたからだ。横目で窓の外を眺め、そこに過去を映し見るかのように過去の武勇伝を語った。今朝食べた食事のことは覚えていられなくても、迷宮へ潜った記憶は鮮明に残っているようだった。
「一番怖いのは人間だぞ、ジェイ・アルレード。いいか?」
華々しい武勇伝を語り尽くした頃だろうか――、祖父は繰り返しそう言うようになった。
どうしてそんな風に言うのかは分からなかったが、言葉には不思議な重みがあって、ジェイが「うん、気をつけるよ」と返事をすると、満足したように深く何度も頷いた。
それから数ヶ月ほどして、祖父は眠るように息を引き取った。
あれだけ大きく分厚かった体は、嘘のように小さくなって、棺桶には随分ゆとりが残っていた。
ジェイはその隙間へ、拾い帰った迷宮の小石を入れて、祖父のように偉大な探索者になることを誓った。
○
「ジェイさん、ちょっと」
ギルド会館へ立ち寄り、掲示板を軽く眺めて、めぼしい依頼がないと帰ろうとしたところを呼び止める声があった。
隅のカウンターから身を乗り出して、手招きをするのは受付係のサラだった。
「今、時間あります? ちょっと特別な相談があるんですけど」
「? なにか実入りのいい依頼でも斡旋してくれるのかな」
「ううん、そうじゃないんです。あ、でも今回の話を聞いてもらえた暁には、お勧めの依頼をいの一番に紹介させてもらえると思いますよ。なにせギルド長からのお願いですから、そのくらいの融通は聞くでしょう」
サラは周りに聞こえないよう少し声を落として、そう言った。
ジェイは「なるほど、特別な相談ね」と笑いながら、カウンターの端の席に腰掛ける。
探索者になってから6年。いつの間にだか中堅と呼ばれるようになってしばらく経つ。
3人組として活動をしているが、赤魔道士のナタリーと、弓師のマルロはどちらも優秀だ。パーティは水物、どんな優秀な探索者もその時々によって組む相手を変えていくものだが、この2人とは相性が良く、組んでから1年近くになる。
性格的な相性だけでなく、成果を上げているから組み続けられていると思う。ここ1年でジェイはランクを2つも上げ、ギルドからの覚えも良くなり、そのおかげで、こういう個人宛の相談も受けるようになったのだ。
だけれど、だからこそ、サラの相談は考えものだった。
「パーティに加えていただきたい方がいるんです」
どこか遠慮するような口調でサラは言った。
「メンバーを増やせと? 今、俺たちは過不足なくやっているけどなあ」
「もちろん分かっています。その上でのお願いなんです」
サラは眉を下げた。
ジェイは彼女の背後にある階段に目を向けて、その先にあるはずのギルド長の部屋を想像した。
「何か事情があるのか?」
メンバーの組み替え自体は日常的に行われていることだ。
実力の足りない探索者や、より難易度の高い依頼を受けたい探索者は、己の実力と相手の実力を鑑みて、よいメンバーを探す。しかし、基本的には個人間でやることであり、ギルドが口出しをすることは珍しい。よっぽど不人気な役職でパーティの成り手がいないので、ギルドに泣きついたのだろうかと思った。しかしそうではないようだった。
「事情、というわけでもないんですが。その方は実は白魔導士でして――」
ジェイは驚いて目を丸くした。
「白魔導士なら、斡旋なんてしなくても引くて数多だろう」
「ええ、それはそうだと思います。しかし本人曰く、ひどく人見知りだそうで、以前いたギルドでも人間関係の問題があり、こちらへ越してこられたそうなんです」
「人見知り」
「当ギルドとしても白魔導士という役職は貴重で、またトラブルでよそのギルドへということになると手痛い損失になるので……、信頼のおけるジェイさんのところへと思いまして」
「光栄な評価ではあるけどなあ」
ジェイはそう笑いつつ、顎に手を当てた。
戦闘職が有り余っている探索者界隈で、治癒を専門にする白魔導士は極めて貴重だ。大規模な戦闘時に、1人の白魔導士がいるかどうかで、死傷者の数がぐんと変わったりする。ギルドとしてはぜひ確保しておきたい人材だろう。
ただ、それを自分のパーティに在籍させるとなると責任が重いのも事実だ。
ジェイのパーティは確かにうまくいっているが、それは今現在の3人だからこそであり、もう1人加わってバランスが崩れないかどうかはわからない。そもそも、人見知りという時点でどうかと思う。人間関係を苦にギルドを渡り歩くような奴にそもそも探索者としての資質があるのか。口に出しては言わずとも、胸の中ではそんな思いもよぎった。
このギルドには世話になっている。ジェイを信頼してもらっての相談という部分は嬉しく思うし、無碍に断るのも憚られる。
ジェイは一旦、無難な返事をするにとどめた。
「俺の一存では決めれないから、メンバーと相談させてもらえるか?」
「……もちろんです」
少しホラー寄りのファンタジーです。
人怖です。結構えぐい感じになると思います(予定)。
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