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6:殺人鬼

 セカンドムーンによって太陽を隠された世界。

 その世界の一部である、小さな街ウェストン。

 その街に、一年前まではいつも正午を告げていた街頭ラジオは、現在では電源を入れても雑音しか流さない。

 『お昼の恋人』メインパーソナリティであったD.J.サックスは、今日は路地裏で老婆の死肉を(むさぼ)っていた。


 そんなグールの背中を踏み台にし、一人の若者が大通りへ飛び出す。

 着地を誤り転倒したが、身体に鞭を打って立ち上がる。

 情けない声を漏らしつつ、それでも小鹿のように『獣』から逃げ惑う。


「た、助け……!」


 返答はない。レンガ作りの家々には人の姿もなく。この一体はゴーストタウンならぬ『グールタウン』になってしまっているのだから。

 青年はその端整な顔を青白くし、滝のような汗をかき。秒を刻むかのような白い呼気が、断続的に吐き出されては消えていく。

 喉がカラカラで声も出ないのだろう。悲鳴を上げる余力はないが、それでも若者はひた走る。白衣の山の向こうにかかる雪雲を見つめながら。あの雪山を越えてでも逃げ出したい。遠くへ。もっと遠くへ!


 ――しかし。


「おっとぉ……! 『鬼ごっこ』はもうヤメようぜェ……!」

「ひっ……!!」


 石で敷き詰められた道の前方に、人影が。人影というより、正しくは『鬼影』だろう。回り込まれた。


 唯一生き残っているガス灯と、セカンドムーンの光が鬼を赤く照らす。

 手には血に濡れた剣先スコップが。鈍器にも刃物にもなる凶器が、握られていた。

 そしてそれを持つ坊主頭の大男の顔も、狂気に満ちていた。


 赤く血走る目に垂れる涎。世にもおぞましい姿を目の当たりにし、若者はついに腰を抜かしてしまった。

 その姿を見て坊主頭の大男は、嗜虐的な笑みを浮かべている。


「い、嫌だ……! こんなの嫌だァァァ!!」

「ハハハハ! 良いぜその表情! 人間を辞めて『殺人鬼』になった甲斐があるってもんだ! これで、もう吸血鬼にビビる必要もねェ……! お前をぶっ殺して、俺は本当のバケモンに――」


 勝利めいた何かを確信し、安心したような顔になる大男。


 それが、()()()()()()()()()


「――おい」

「えっ?」


 坊主頭の男の右手首を、若者が握り潰す。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 しかし大型のスコップを持つ右手が道路にボタリと落ち、そこから裁縫糸のような血管や骨が、右の手首へ伸びている。

 それを認識した瞬間。神経が焼き切れる程の痛みが、大男の脳に届く。


「ぎっ……ャァァァアアアアアアアアアッッ!!!」


 激痛に、今度は坊主頭の男の方が悲鳴を上げる。

 そんな男を、解体される前の豚でも見るかのような瞳で若者は見つめていた。


「……キミは不合格さ。『殺されたくないからバケモノになる』なんて、そもそもの前提が間違ってるんさ。……おやおや、良い大人が鼻水に涙まで浮かべてしまって。『鬼は涙を流さない』。昔ママから教わらなかったさ?」


 若者の口上など、もはや坊主頭には聞こえていないだろう。

 痛みに震え、死の恐怖に怯え。

 先程まで追い立てる側だった男は、今は眼前の細身な青年に殺されかけていた。


「それに、世の中には化け物を殺す化け物だっているんさよ」

「嫌だ! 殺されたくない! 殺されたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくないぉ! だから仲間にしてくれよォ!」

「『死にたくない』じゃない。『殺したいから殺す』。それがバケモノ……ボク達『殺人鬼』への第一歩さ。それすら踏み出せない人間のキミは、実に可愛らしいさ。萌え萌えキュンさ。――だからボクがブチ殺すんさ」

「待っ……!」

「ごっこ遊びはもう終わりって言ったさ」


 喉の奥からゲラゲラと笑い。若者は握りしめた拳を、坊主頭に叩き込んだ。

 道路が割れる。衝撃波でガス灯のガラスが吹き飛ぶ。

 周囲に轟音が鳴り響き砂塵が舞い、それでもグール達は近寄ろうとはしなかった。

 食欲でしか動けないグール達は知っている。握り拳を赤く染めるあの若者が、本能レベルで危険な存在であると。知性を持たないグールすら避けて通る、化け物。


「……お疲れ様で~すレンゲ先輩。今日も相変わらずなウソ芝居でしたよ」


 今しがた殺人を終えた若者に、何の遠慮もなく近づくダークスーツの金髪男。

 黒い下縁(アンダーリム)メガネをかけ、実に軽薄そうな雰囲気だ。

 しかしその腰のベルトには、日本刀が差されているのがまた異様だった。


「『鬼は嘘をつかない』さ、スイセン君。鬼ごっこをする子供は、相手を騙して逃げ回るわけじゃない。ただの遊びでいちいちウソ吐き呼ばわりしないで欲しいさ。パイセン悲しくなっちゃうさ」

「ふっるい言い伝えが好きですよね~先輩。俺そういうのよく分かんないっす」

「……まぁ良いさ。それじゃあ『お昼休憩』も終わったし、後半戦行ってみよー、さ」


 後輩のスイセンからテンガロンハットを手渡され。長い紺の外套に身を包んだレンゲは、元来た道を戻り始めた。

 その道を真っ直ぐ進めば、『魔導機甲兵団本部』へと到着することができる。

 殺人鬼二匹、未だ殺し足りず。人類最後の砦へと、進軍を開始した。

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