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13:アリス・キャロル

 殴殺蓮華と斬殺水仙による魔導機甲兵団本部襲撃から、半刻。

 生き残った訓練兵達は、既に『本部跡地』から離脱していた。今はガス灯もなく、赤い月だけが照らす街を走っている。


 殺人鬼コンビの片割れ、斬殺水仙は辛くも討ち倒した。『アルカルド』を前にして殴殺蓮華も逃走。しかし、それで全ての危機が去ったわけではない。


 負傷兵を置いて逃走した正規兵達は、既に本部から遠く離れた支部へ撤退したようだった。

 しかも、救援要請をしても『本部に戻ることはできない』の一点張り。これには通信を試みたブラム・ヘルシング教官も唖然とする思いだった。

 『鬼ごっこ』で提案された、偽報によって救援を呼ぶという条件。それすらも、最初から実現不可能なことだったのだ。

 兵団は取り残された兵士達を助ける気など、そもそもなかった。坂之上達が殺人鬼を倒していなかったら、今頃全員捕まって殺されていただろう。


 ならばもう、崩壊した本部に留まっている理由はない。

 時間が経てば新たな殺人鬼やグール達が襲撃してくるかもしれない。ただでさえ怪物うごめくこの世界。兵団という柵を失った人間からしてみれば、無防備この上ない。逆にバケモノ達からすれば、恰好の『カモ』なのだ。

 だからこそ、逃げる。本部を放棄し、負傷兵を連れ、自分達を見捨てた正規兵のいる支部へと向かう。あらゆる感情を押し込め、ただ、生きるために。


「……走るスピードはこれくらいで良いかな。あまり上下に揺れて乗り心地が悪いようなら、いつでも言ってくれ『アリス・キャロル』さん」

「大丈夫です。ありがとう、坂之上君」


 集団の先頭に見えるヘルシング教官の白い背を小走りで追いかけながら、坂之上は背中に乗せた少女を気遣う。

 アリス・キャロルと呼ばれた少女は申し訳なさそうに、手首の辺りに円盤状の回転(のこ)が取り付けられた左腕と、白い軍服の右腕で坂之上の首元に手を回している。


「変な所触られたら、すぐに言えよアリス。俺がソイツぶった斬ってやるからよ。

魔導機甲チェーンソーと、斬殺鬼から奪った戦利品(この刀)でな!」

「ちょっと、やめなさいよエイジ」

「まったくだ。俺がレディにそんなことをするわけないだろう、エイジ」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ!」

「まぁ俺としては? 舞姫さん専用の車両でありたかったんだがな。それに『三四郎の女』なら、本来は俺より適任がいるはずだしな。なぁ坊ちゃん?」

「あ、あはは……」


 名指しされた三四郎は困ったように愛想笑いを浮かべる。

 この中でアリス・キャロルと最も馴染み深いのは夏目三四郎だと言う。しかし三四郎の体格では、負傷兵を抱えたままだと撤退する集団に置いていかれる可能性が高い。それならば、いっそ身軽にして化け物の不意打ちに対処させた方が良い。それがヘルシング教官の判断だった。

 動ける者は負傷者の足となり、肩を貸し、担架(ストレッチャー)を担ぐ。

 しかし舞姫もエイジも、己の魔導機甲を持って走る『いざという時』のための戦闘要員。

 消去法で、坂之上がアリスを背負って走ることになったのだ。


「ご、ゴメンナサイ……。やっぱり私、自分で走りますね……」

「あああそんなつもりで言ったんじゃないんだアリスさん!」

「足をケガしている子を、私達が走らせるわけないでしょ!」

「よ、余計な心配すんじゃねぇよ!」

「ゴメンねアリスちゃん! チビで本当にゴメン! 僕が小さいばっかりに!」


 坂之上の背から降りようとする少女を、周囲の面々が必死に喰い止める。

 集団の後方で何を馬鹿なことやっているんだ、とヘルシング教官は思いながら、それでも走る速度を一定に保つ。このメインストリートを抜ければ、何とかなるのだから。

 しかし、この『グールタウン』こそが最大の難所でもある。負傷兵を連れたまま、どこまで犠牲を出さずに突破できるか。そればかりが気がかりだった。


 そんな不安を抱えるヘルシング教官に、付いて行くしかない負傷兵達。

 その集団の後方にいる坂之上。彼は走りながらも、流れていく周囲の景色を注意深く見つめていた。


「……ガス灯、レンガ造りの建築、車はガソリン車両みたいだがデザインはかなり旧式……。18世紀後半か19世紀初頭のヨーロッパ……? しかし産業革命期にしては……。名前も東洋系と西洋系がごちゃ混ぜ……。よく似ている……。だが確かに違う……」


 小声で何かを呟く坂之上に、彼の背に乗るアリスは疑問に思う。その表情までは見えないが、とても真剣であることだけは伝わってきた。


「……坂之上君?」

「あ、あぁどうしたアリスさん。やはりスピードを落とした方が良いか?」

「いえ、そうじゃないけど……。何だか周りが気になるみたいだから」


 アリスの発言で、舞姫達は警戒を強める。おそらく、坂之上が化け物の姿を捉えたとでも思ったのだろう。事実、ここはグールだらけの危険地帯。先程から、ヘルシング教官はグールが前方に立ち塞がる度にヘッドショットしていたりもする。


 だが坂之上の真意は、『この世界』を把握することだけが目的だった。


「い、いや……。その……。良い街だなと思って」


 セカンドムーン(かつての地球)出身であることは伏せ、話題を逸らす。だが人間のいなくなったエリアに良い街も何もないはずだ。下手な誤魔化しだと坂之上自身も思った。


「……そうね。一年前までは、この街も活気に溢れていたのよ。交易の拠点だったから、人とぶつからずに歩くのも困難だったわ」


 坂之上の真意を知ってか知らずか、舞姫が話題に乗る。本当に、彼女の言動には何度も助けられる。


「だけど今は、死体ばかり」


 そんな彼女が、冷たい現実を事実としてハッキリ述べる。

 その過酷な現状に、誰も彼もが押し黙る。


「……だから」


 より強い言葉と眼光で、舞姫は言葉を続ける。


「だからこそ、また活気を取り戻さないといけないの。動く死体を土に還して、化け物を倒して、また……。またもう一度、この地を人で満たすのよ」


 理想かもしれない。不可能かもしれない。

 ただ、舞姫は慰めや夢心地で喋ってなどいなかった。


「そのための魔導機甲兵、そのための私達じゃない。そうでしょう?」


 同意を求める。坂之上に対してだけではない。この場にいる全員に、あるいはこの場にいない全員にも。

 その力強い言葉が、坂之上達に走る気力をもたらす。前に見えるのは、決して絶望への退路ではない。希望の道へも続いているはず。

 そう信じているからこそ、彼らはまだ走って行ける。


 ただ、そう思えない者もいた。強い人間ばかりではない。坂之上達の背後を、必死の形相で追いかける者がいた。

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