11:人を殺す鬼ならば
「おいおい……! 冗談だろ!?」
別塔の中にいたエイジ達も、すぐにその異変に気付いた。
上階から聞こえる轟音。窓から見える屋上だったガレキ。
「上から順番に壊してくるなんて……! 無茶苦茶だわ!」
「こんなの、もう鬼ごっこでも何でもないじゃないか!」
「『建物を壊してはいけない』なんてルールは無いからな、鬼ごっこには。嘘は付いていないようだ」
坂之上だけが一人冷静でいるが、そんな事を言っている場合ではない。
5階部分を破壊している殴殺鬼から少しでも逃げるため、舞姫達は下り階段を目指す。
しかし。ここでまたしても、坂之上雲という男は常識に逆らっていた。
「オイ何してんだメガネ! 死にてぇのか!」
「言っただろう。逃げても無駄だ。だから俺達は、上に行くべきだ」
死中に活路を見出すつもりか。確かに先程、全員が殺人鬼に立ち向かう覚悟は決めた。しかし、建造物を倒壊させ地形すらも変えてしまうような存在に、正面から立ち向かうのは正気の沙汰ではない。ここは一旦距離を取って、作戦を考え直すのが最善なはずだ。
「あんな理不尽なバケモノ、正攻法で殺せると思ってんのか!!」
「思わない。だから、正攻法では殺さない」
「……!?」
恐怖と絶望を浮かべるエイジ達へ、ギラつく眼光をメガネの奥から覗かせる。
不敵に笑う素敵な眼鏡のその男は、作戦を語り始めた。
***
風通しの良くなった『旧5階』部分。
セカンドムーンが照らす星々が頭上に見え、一大パノラマといった絶景だ。天井も壁も全て殴り壊し、殴殺蓮華は全身を吹き付ける爽快な風に満足していた。
しかし。お目当ての人間達は見つかっていない。分かり切っていたことだが、下に逃げたのだろう。そうでなければ困る。瓦礫に押し潰されたり吹き飛ばされたりして、圧死させてしまっては『殴殺』の名が泣く。徐々に徐々に階下へと追い詰め、逃げ場を無くしたところを、自慢の拳で殴り殺す。
「あぁ……。早くボクのパンチをプレゼントしてあげたいさ……。内臓を破裂させ、筋肉繊維を断裂させ、骨を砕き、その感触が拳から直に伝わってくるのを想像すると……! ハハ、ハハハ……!」
我慢しようと思っても、笑い声が漏れてしまう。
殺人鬼が人を殺すのは当然のこと。それに勝る快楽など存在しない。己に厳しい掟を定め、その殺害方法以外では決して殺さない。
だからこそ、その『縛り』の中で欲求を満たした時。ただの人間でいた頃では到底想像も付かない絶頂が押し寄せてくるのだ。
だからこそ、化け物は辞められない。
「さぁ、次は4階さ……!」
殴殺するその時を心待ちにしながら。殺人鬼はまた一歩、下り階段に足を付けた。その時――。
――モーターエンジンの音が、塔内に鳴った。
「!!」
人間の聴力では聞き逃していたかもしれない。しかし殴殺蓮華は確かに聞いた。これは、魔導機甲が起動された時の音。
「若いって素晴らしいさ……!」
この状況下で、それでも立ち向かうと言うのか。あるいは、追い詰められて破れかぶれになったのか。
どちらでも良い。殴殺蓮華は壁や天井の破壊もせず、4階付近から聞こえた音に向かって走り出した。
下り階段をひとっ跳びでショートカットし、廊下を走る。
音が近づく度に、予感は確信に変わる。曲がり角で、少年達が自分を待ち伏せている。
何と稚拙で、単純で、可愛らしい作戦か。殺したい。出会い頭に、愛情を込めた全力の一撃を叩き込みたい。
「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……ッ!!」
目を血走らせ頬を桜色に染め、垂涎しつつ嬉々とした表情で走る。
そしてエンジンの駆動音が、限界まで近づき――。
***
――医務室の斬殺水仙は、完全に虚を突かれた。
天井をブチ破って、落下してきた『坂之上達』。
殴殺蓮華から逃げているはずの4人が、斬殺鬼を上空から奇襲した。
「狙いは、最初からお前だッッ!!!」
***
殴殺鬼は呆気に取られた。彼が曲がり角で出会ったのは、勇気ある少年少女達などではなかった。
チェーンソーが一つだけ、エンジン音を鳴らしながら床に置いてある。
他には何も、誰もいない。
「……ぷっ、はは、ハハハハハ……ッ!」
腹を押さえ、ついに我慢できなくなった殴殺蓮華は満面の笑みを浮かべる。人間に、それもただの子供に。まさか自分が出し抜かれるなど思っていなかったからだ。
「こりゃあ……。忘れたくても、忘れられない日になってしまったさ……!」
奇襲されている斬殺水仙のことなど気にも留めず。殴殺蓮華は、ひとしきり大笑いしていた。
***
「ガァァァキ共がぁぁぁぁぁッッ!!」
坂之上達は、殴殺蓮華と直接戦闘することを避けた。だからこそ、医務室で油断しているであろう斬殺水仙に狙いを絞った。
エイジの魔導機甲を囮とし、殴殺蓮華の注意を逸らし、医務室の上から床を破壊して奇襲する。
坂之上はミノタウロスの十字架を『縮小』させ、握った拳にナックルダスターのように装着させている。長いチェーンは右腕に巻き付け、超近距離戦闘用の形状だ。このまま一気に、凝縮させた魔力を注ぎ込む――。
「そうは、させるかよォォォ!」
だが相手をしているのは曲がりなりにも殺人鬼。既に、殺意を発しているのが坂之上だけであることには気づいていた。それ以外の面々は動揺を誘うデコイでしかない。狙いは一人、坂之上だけに絞れば良い。
「舞姫さんッ!」
「了解!」
坂之上の指示で、舞姫が弓を引く。
しかし放たれた矢は、水仙が刀の鞘だけで弾き飛ばす。
医務室に充満する破裂音と黒煙、そして硝煙の臭い。その隙間を、小柄な少年が突っ込んでくる。
「三四郎!!」
「う、うああああッ!」
悲鳴にも近い気合の声を上げながら。夏目三四郎は、その鉄右腕を水仙の手首に叩き込んだ。義碗は日本刀を握る腕に、確実なダメージを与える。
「痛ッ……!」
まさか殺人鬼の得物を狙ってくるとは。これも予想外だった。
「エイジ!」
「命令すんな!」
そして丸腰の重松エイジが、水仙の日本刀に手を伸ばす。目的は武器の奪取。無力化を狙った行動。医務室への奇襲からここまで、4秒も経っていない。
しかし――。
「ウゼェんだよ!!!」
斬殺水仙の神経を逆撫でするような奇襲に、ついに怪物が本性を現す。
三四郎に殴られ握力を失った右手では、日本刀をエイジに奪われてしまう。
だからこそ、水仙は咄嗟の判断で刀を左手に持ち替えた。苦しい体勢、利き腕ではない状態。しかし、無防備に突っ込んできたエイジを、一太刀で斬り殺すことはできる。
「殺されろやぁ!!」
――水仙の左手に、魔力を込めた釘が撃ち込まれる。
「あ……?」
日本刀を力なく放してしまう。視線を向ける。
そこには、魔導機甲の銃口をこちらに向ける、白衣のブラム・ヘルシング教官の姿が。
「……ま、俺もコイツらの先生なんでな」
「クソ人間共がぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
叫ぶ水仙の頬を、日本刀が掠める。刃を握るエイジが、化け物に一太刀入れてやったのだ。
「確かに、良い切れ味してるぜ……!」
当然だ。人間を何百人も斬り殺せる大業物。そして昼休憩の際に、万全の状態に研いできた。それこそ、殺人鬼の皮膚すら斬り裂くほど。
頬から血を流す斬殺水仙。その身体を、長いチェーンが絡み取る。蛇のように動く鎖、ミノタウロスの十字架のチェーン部分が、斬殺水仙の身体を拘束した。
「坂之上君ッ!」
「繋げたよ、坂之上君……!」
「殺しきれよメガネ野郎!!」
「……皆を、生徒を守ってくれ……!」
舞姫が、三四郎が、エイジが、ヘルシング教官が、医務室の面々が見ている。見守っている。不安と絶望の中に垣間見えた、微かな光を。
坂之上はその光を、増幅させる。ギリギリと力を込め震える拳に、十字に輝く太陽光が生じる。ありったけの魔力。あとは、それを注ぎ込むだけだ。
「ふっざけ、殺してや……!」
碇を引っ張る巻き上げ機のように、チェーンが坂之上の右腕に巻き取られていく。
斬殺水仙は踏み止まって耐えようとするが、チェーンは強力な力で坂之上の元へ向かう。
「『情熱の』ォォオ……ッ!」
そして、坂之上は全力の魔力と腕力を込めて、斬殺水仙の頬を殴りつけた。
「『ローズストライク』ゥゥゥゥゥッッ!!!」
砲弾が放たれたような音と共に。水仙の頬に鉄拳が叩き込まれる。
そして日本刀の切り傷から、坂之上は全ての魔力を流し込む。
斬殺水仙は絶叫の断末魔を上げ、光がおさまる頃には、水仙の肉体と同質量の塩の柱が生まれていた。ダークスーツやアンダーリム眼鏡を、残したまま。
「……フン。多少オシャレなデザインだと思ったが、度の入っていない伊達メガネじゃないか。だから俺達のような子供にも負けるんだ。斬殺水仙」
拾ったメガネを握り潰し。塩の山と化した亡骸にパラパラと降り掛ける。
――勝った。
絶望的と思われていた状況で、殺人鬼の片割れを、撃破してみせた。その快挙を直接見せつけられても、負傷兵達は実感も湧かず茫然としている。
しかし吸血鬼グレゴリーに続いて、二度目の奇跡を見せつけられた舞姫だけが、坂之上の背中へと駆け寄る。
「……お疲れ様、坂之上君」
「あぁ、何とかなったよ森さん」
「……舞姫」
「え?」
「さっき、どさくさに紛れて『舞姫』って呼んでたでしょ私のこと。それで良いわ。あんまり森さんって言われることもないし。呼ばれ慣れてる方で」
「……じゃあ、これからは、舞――」
坂之上がぎこちなく、舞姫の名を呼ぼうとした時。
「アッハッハッハッハァ!!!」
絶望の笑い声が、眼前に降ってくる。
4階から飛び降り、別塔外の庭へと着地した殴殺蓮華。
壊れた医務室の外壁から見える、後輩だったものを見て、彼は心底おかしそうだった。
「いくらデビュー戦の殺人鬼だったとは言え、ボクの後輩を殺すなんて! 素晴らしいさ坂之上君! やっぱりキミは、アルカルドだったのかもしれないさ!!」
「……今度こそ、次はお前を殺してやる殴殺蓮華。すぐに後輩の元へ送ってやろう」
魔力を使い果たしたばかりなのに、それはムチャだと舞姫は止めようとした。だが三四郎もエイジも、そして負傷兵達すらも士気を取り戻している。殺人鬼が『殺せる存在』だと認識した時点で、彼らには戦う気概が生まれていた。
そして『ヘルシング家』の血を受け継ぐブラム教官も、殴殺鬼に銃口を向けていた。
「……おやおやぁ。皆やる気いっぱいさね。良いことさよ。やっぱり、生気溢れる人間を殺してこその、殺人鬼ってものさ。でも……」
くるり、と殴殺鬼は背を向ける。
その行動に、全員の理解が一瞬及ばなかった。
「『アルカルド』を前にして、丸腰で立ち向かうほどお馬鹿さんじゃないさボクは。今日はとっても楽しかったさ。今回のゲームはボク達殺人鬼の敗北さ。また、どこかでお会いしようさ」
「待て……! 逃げるのか!? 人間は、まだここにいるぞ!」
殴殺蓮華の背中に吠える坂之上。舞姫が必死に喰い止めても、坂之上は叫びを止めない。
「ボクは殺『人』鬼さ。『化け物殺し』の相手なんてしたくないさ」
「殺人鬼なら……っ! 人を殺す鬼ならば! 俺と戦え! 人間である俺を、殺してみせろ殴殺蓮華ェ! 俺を、人間っ、を……!」
「バイバーイ坂之上君。苦しい時は、レンゲの花でも愛でると良いさー。花言葉は『あなたと一緒なら心が和らぐ』さ。……アッハッハッハ!」
「くっ、そが……!」
笑う鬼へ、吠える人。坂之上の最後の方の台詞は、もはや霞んで聞こえなくなっていた。
その言葉は、舞姫だけが聞いていた。消え入りそうなその声は、あまりにも悲痛だった。
そうして生き残った人間達は。魔導機甲兵団本部別塔に取り残された兵士達は。悠々と立ち去っていく殴殺鬼の背中が、闇夜に溶け込んでいくまで見つめていた。




