これから子犬と生きるという事の意味(後)
「そんな事が昨日会ったんだよオジキ」
翌日の朝、花崗岩の採れる採石場を購入してきたエテルネスと、仕事場で再開した俺は昨日の事を相談した。
「だから今日は、製材所に行ってきていいか?」
「いやいや、こっちに来るかもしれんじゃろ?
ワシとしては、そいつらがお前さんのいない時に来られる方が怖いぞ」
「ゴーレムは戦えないのか?」
「ゴーレムに知性は与えていない。
なので単純な命令を反復するしかできん。
とっさの判断が連続する戦闘なんて、あのゴーレムたちには無理だ」
「フーム、でも俺が行かないと製材所の連中も仕事が出来ないよ」
「それなら製材所には狼煙か何か用意してい貰って、それが合図で行った方が良いんじゃないか?
製材所の周りなら生木もあるし、狼煙の用意も簡単じゃろ?」
生木を燃やすと、木の種類によっては凄い煙が出る。
その焚火に覆いをかぶせて、煙に特徴を持たせて、遠くと情報のやり取りをする通信手段を狼煙と言う。
「そうだな、それじゃあ、その打ち合わせの為に少しの間だけ行ってきてもいか?」
「ああ……どうしても行きたいんじゃな。
なら、急いで帰って来てくれ。
ふう、こんな事があると、そろそろ一人位は別に雇わないといけないな」
「だね、各作業現場にいる、離れた人達との意思疎通の為にも、そろそろ人を雇わないと……」
さてさて、他の奴を雇うにしても、どんな伝手を辿ったら良いのやら……
まぁ、それを考えるのはオジキに任せればいいか。
俺はそう思うと、早速製材所の方に向かう。
製材所はココから少し上流に行った、川沿いにあった。
更に上流にある森からも、筏を組んだ木材が流れて来るからここにあるのだ。
歩いて30分の所にこの場所はある。
俺は向かう途中、木材を掛けたストーンゴーレム数体とすれ違いながら、胸の高まりを覚えていた。
喧嘩だと思うと、アドレナリンで頭が満たされる。
興奮した俺は、気が付くとズボンの布地の下、膝のあたりから脛までが毛むくじゃらになったのを感じた。
……こりゃ戦う前は全裸にならないと、服をビリッと破きそうだな。
そう考えたら毛が無くなる……
ガサガサ……
不意にこのとき、背後から音が聞こえたので振り返ると、子犬がついて来ていた。
「あ、お前ついて来たのか⁉」
「ワフッ!」
「ワフッ、じゃないよ……もうしょうがないから一緒に行くぞ。
抱っこするか?」
子犬は「ヘッヘッヘッ」と、笑いながら俺の先を歩き、何度もこっちに振り替える。
「道分ってんのか?しょうがないなぁ……」
道の途中にあった色々なモノを確認しながら、子犬と俺は製材所に辿り着いた。
製材所を仕切るおじさんに、俺は先程オジキと話して決めたモノを伝えると、彼はそれを了承し、早速狼煙の用意を始める。
「その子犬は?」
彼は狼煙の用意をしながら、足元の子犬に目を止めた。
「尻尾が蛇の子犬さ、魔導士のおもちゃにされてしまったんだ。
可愛いだろ?」
「ああ……魔導士にはそう言う奴もいるのか?」
「ああ、嫌な奴は結構いる。
マジで、ぶっ殺したいほど嫌な奴とかな……
オジキも、まぁ……それは良いか」
「なんか曰くがあるのか?」
「まぁ……」
「あんな風にゴーレムを使いこなすほどの魔導士だ、色々ありそうだ」
「まぁ、ね……」
勇者キリトウ……それはこの世界を救った英雄の名前だった。
奴を崇める神殿も各地にあるほどの、大英雄。
人間世界に多大な最厄をもたらした、魔王を倒した男……
そいつが、生命の冒涜者だと言っても、一体誰が信じてくれるだろう?
人は真実を聞いたとしても、周りがそれを本当なんだと言わない限り、真実では無く信じたいモノを、本当なんだと思う。
それをよく知る俺は、狂っていると思われない為にも、勇者キリトウの話は沈黙を決めていた……
「おい、どうした?」
「おん?」
「今怖い顔していたぞ」
やば、ついつい思いが顔に出たか。
「いや、子犬にイタズラした奴が許せなくてね。
こんなかわいい子に酷い事をすると思うと、おじさんも許せねぇと思わないか?」
俺がそういうと、彼は足元の子犬の頭をなでながら「ああ、そうだな」と答えた。
それから30分後。
子犬を胸に抱きながら帰ると、オジキがテントの中で頭を抱えてた。
「オジキ、どうした?」
「うん?ああ……エテルネスか。
丁度いい、早速困った事が起きたぞ」
「あん?」
「運んだ木材を置くための、屋根付きの仮置き場を作ろうと、人を募集したが全然集まらん」
「ないと困るのか?」
「濡らしたり、乾かしたりすると木材にひびが入る。
なので野晒しにはしたくない。
だけど……困った」
「どうして集まらないんだ?」
「コレニエの連中が、邪魔をしているのかもな。
それとも条件が悪いのか……
大公様に相談して、近隣の農民の労役(これも税の一種で労働で払うもの)をお願いするしかないか」
「でも、労役の連中って長期間の拘束は無理だろ?
決まった期間働いたら、畑を耕すために帰ってしまう」
「ああ、出来れば長期で働いてくれる人を雇いたいが……背に腹は代えられん。
完成まで時間がかかれば、かかる分だけ金が出て行く。
直ぐに始められるところだけでも……」
この様子を見ていると、まだるっこしいと思えた。
「なぁ、それなら現場を一旦休んで、コレニエの街に行かないか?
邪魔な奴とじかに談判しようぜ。
ここで大変だぁ、とか言っても何も起きないし、時間が過ぎるだけだぞ?」
「お前、簡単に言うがなぁ」
「難しく考え過ぎじゃね?」
俺がそう言うと、オジキは愚か者でも見る目つきで俺を睨み、何も言わずにまた頭を抱えた。
……フン、どうせ俺は賢いオジキとは出来が違いますよ。面白くない!
悩む事がそんなに大事なモンかね……
俺はこんな所に居ても仕方がないので、次々とやってくる杭をサイズごとに分ける仕事をし始めた。
その間もゴーレムは際限なく働き、次々に杭をこちらに運び込む。
動きに精彩を欠いた幾つかのゴーレムには、オジキが新たに護符を貼り替える。
その度にまた力を取り戻して、動き始めるストーンゴーレム達。
回収された護符は、またオジキの手によって再利用され、魔力を籠められる。
……なるほど、腕のいい魔導士だ。
やがて時刻は昼も過ぎ、製材所が昼休みに入った事で、コチラもいったん休憩をとる事になった。
「あ、オジキそう言えばチビはオジキの所に居ないのか?」
子犬のご飯を用意しようと思った時、俺は初めて子犬がどこにも居ない事に気が付いた。
「そう言えば見てないな」
「じゃあ、また森の中に行ったのかな?」
「良く行くのか?」
「昨日は泥まみれだった、でもちゃんと帰って来たぞ」
「フーム、チビは紐に繋いだ方がいいんじゃないか?
まぁ田舎じゃ、犬も猫も割と自由に歩き回るもんじゃが」
都会では常に人の監視下に居るペットだが、確かに田舎では、昼間は自由に野山を駆けまわる子は多い。
そう思っていると、製材所の方から煙がもうもうと立ち上っているのが見えた。
「オジキ、ちょっと行ってくる」
「ああ、あまりやり過ぎるなよ」
「ああ……」
胸が高鳴り、前頭葉が熱気と共に振動する。
次の瞬間目の色が変わるのが分かる、ギラギラする。
製材所に向けて、大きく踏み出した足、駆けて行く一歩ごとに速度が上がった。
地面を蹴って更に加速する体、風景も、風も変わる。
石なのか、虫なのか分からないモノがぶつかるたびに顔が痛い!
こんなに痛いと足だけじゃなくて、顔もヴィストベルに近づけないと、とても力を全て解放できないぞ……
動物が顔も毛むくじゃらなのは、こういうのも理由なんだろう。
そのよう事を考えながら、200を数え時間は知っていると、目の前に製材所が見えて来た。
そのまま急ぎ製材所に急ぐ。
あれ?なんか変だぞ……
遠巻きに製材所の人間が何かを見ている。
「お、おい……どうした?」
「あ、ああ、アンタか……
随分早いが今来たのか?」
「ああ、走って来たんだ。
それよりどうしたんだ?様子がおかし……」
そう語り掛けながら、近くに行くと製材所の前に化け物が居るのが見えた。
たてがみを生やした、まるで熊の様な巨体を持った漆黒の犬。
それが息を吐くごとに火を口元から吹き上げる。
尻尾は巨大な毒蛇で、毒蛇はシャーシャー叫びながら周囲を睥睨していた。
そんな怪物は、その足でピクリとも動かない見た事も無い男を踏みつけていた。
「お、おいアレなんだ?」
「わ、分からねぇ、俺も初めて見た。
ミーシュの野郎が手下を引き連れて、こっちに来たんだ。
そうしたらあの化け物が来て、ミーシュの野郎を吹き飛ばしたんだ。
奴さんたちは一目散で逃げ出したんだが、あの怪物の下に居る奴は逃げそびれて、化け物に踏みつけられた。
その後全く動かねぇんだ。
……死んだかもな、アイツ」
「どれ位あのままなんだ?」
「分からねぇ、急いで狼煙を上げたからそんなに時間は立ってないと思うけど……」
そう話をしていると、怪物は俺の存在に気が付き、毒蛇と一緒に俺を見た。
殺る気か?
一瞬怪物は、目の瞳孔を大きく開く。
……俺は拳を握り、心臓を大きく高鳴らせる。
次の瞬間、怪物はくるりと踵を返すと森の中へと帰っていた。
このあっけない終わりに、驚く俺。
怪物が消えた森の奥底に広がる暗がりを見据える。
踏みつけられていたミーシュの手下は、怪我一つ無かった。
ただ恐怖のあまり失神していたのだ。
この辺りにあんな怪物がいるだなんて、初めてだったと、青い顔で呟く。
とにかくミーシュの部下なのは確かなので、製材所で拘束する。
オジキにそれを伝えるために戻ると、オジキに子犬がじゃれついていた。
「お、チビ一人で帰って来たのか、偉いぞ」
俺がそう言うと、子犬は満面の笑みを浮かべた。
そして俺は、工事現場に戻って今しがた見たモノをオジキに伝える。
「オジキ、明日コレニエのミーシュの野郎に会って来ても良いか?
アイツの部下の件もあるし、交渉のネタにしたら良いと思うんだ。
人の募集の邪魔もされたくない」
俺がそう言うと、オジキは心底うんざりした様子で呟いた。
「そうか、分かった……明日は現場を休みにしよう。
まったく、怪物が出るだなんてますます人が集まらんぞ……」
そう言って新しく出現した難問に、頭を抱えたエテルネス。
それを見ながら、心配しなくてもいいのに、と思った。
◇◇◇◇
仕事が終わった俺は、昨日と同じで河原に降り、子犬にシャンプーをする。
「サーて、チビ助……今日は派手に遊んだなぁ」
俺がそう声を掛けると、子犬は嬉しそうにへらへら笑う。
「オジキには黙ってやったけど、あの怪物はお前だろ、チビ助……」
「…………」
子犬と、尻尾の蛇の表情が固まる。
「へっへっへっ」
そのまま首をかしげて、笑ったまま俺を見上げる犬と蛇。
「ふふっ、まったくいきなり言葉が分からないふりをして。
お前等、ほどほどにしろよ。
……そうだよな、お前も俺と同じ“劣神”だもんな。
お互い、あの地獄で生き残ったんだ。
それくらいは簡単にできるよな」
チビは嘘がバレたと気が付いても、嘘をつき続け、人間の言葉が分からないふりをする。
……そう思うのは俺のエゴかな?
「可愛いなぁ、お前……」
子犬をきれいにしながら、俺は語り掛ける。
コイツも一仕事した家族なんだと、思いながら……
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