これから子犬と生きるという事の意味(前)
―別の視点より、コレニエの街
「おいおい……こんなのどうなっているんだ?
ふざけやがって!」
新たに設けられた、イヴァナ大公妃の化粧領より、下流にある町、コレニエの顔役であるミーシュは、大公より言い渡された命令書の写しを見て顔をしかめた。
「親分、どうしました?」
部下がそれを見て怪訝な顔を浮かべる。
「どうしたもこうしたもねぇよ……
大公の野郎が、上流に橋を架けるとか言いやがる」
「それが何の問題で?」
そう迂闊な事を言った部下に対し、ミーシュはブチ切れた。
「デカい問題だろうがよ!
コレニエの俺達の稼ぎは、ココから対岸のベラソリの街に荷物を送る為の、荷物詰め替えの為の人員の手配だぞ!
アウベン川を渡るために、荷物を馬車から降ろして、船に詰め替え、そして対岸に渡す。
橋が出来たらそんな仕事が要らなくなって、そのまま馬車で向こう岸に荷物が運ばれてしまうじゃねぇか!」
「ああっ!」
「ああっ……じゃねぇよ!
言われなきゃ分からなかったのかよ!」
「す、すみません……」
「バカ野郎がぁ……クソ」
そう言うとミーシュは、その鼠みたいな顔をつるりと撫でながら、少し考えて言った。
「なるほど、町長の野郎、俺にわざわざこれを教えたというのは、お前が大公の意向に逆らって来いって事だな。
あの狡いクソ親父め……」
「ど、どうします、やっちまいますか?」
ミーシュは、ニヤッと笑うと言った。
「ああ、いいねぇ。
とことん邪魔する。
まずは皆にこの話をしろ、俺達の仕事がなくなるかどうかの瀬戸際だ。
それに今度の橋は、外国人が架けるみたいじゃねぇか。
俺達に金を寄越そうともしないのは誤りだって、その外国人たちに思い知らせてやる……」
◇◇◇◇
―橋の建造現場
「へぇ……」
思わず俺が感心する横を、木材を抱えたストーンゴーレムが歩いて行く。
「これは凄いな」
そう呟く俺の横、テントが張ってあり、その中にエテルネスが、せっせと護符に文字を書いている。
「働く人間が集まる前に、やれる事はやっておかんとな。
金も無制限にある訳では無いし、資材の搬送はやっておくに限る」
「石造りの橋なのに、あんなに木材が必要なんだな」
「ああ、まずは橋の基礎部分の下に、隙間なく木の杭を打ち込む。
こうして作った基礎の上に礎石を載せるのよ」
「ほーん、どの橋もそんな感じで作るのか?」
「基礎の上に石を積まんと崩れる。
石の下の土だって流れ出すしな。
40本の橋脚全て、その下に木の杭を埋める。
まぁ、橋の下に森があると思えばいい」
「上に石が乗っているんだろ?
木はダメにならないのか?」
「ずっと水の中に漬かっている分には問題はないが、空気に触れるとそこからボロボロになる。
まぁ、永遠に持つものでは無いとして、数百年は持つ橋だってある」
「へぇ……」
「それよりも石材が問題だな」
「石材?」
「石材は色々あるが、橋の建造に向くのは花崗岩でな、近場に一応あるにはあるが、量が少ない。
他に採石場が見つからんのだ」
「他の石じゃダメなのか?」
「水を吸わない石が良いのじゃ、何とか砂岩は手に入るが……
仕方がないから基底部と、水切り用の石だけ花崗岩にするしかなさそうじゃ。
採石場そのものを買った方が安いか……
よし、それじゃあワシは花崗岩の採石場を買って来る」
「え?」
「ゴーレムたちは、ここら辺を往復して、木材を運んでくる。
放っておいても問題はない。
夕方になったら自動的にここに帰ってきて動きを止める様、命令を伝えてある」
「分った、俺は何をしたらいい?」
「製材所の人間が日当を貰いに来たら渡しておいてくれ、金の管理を頼む」
そう言うと、そそくさと出て行ったエテルネス。
石材の値上がりを恐れている……
俺達が橋を造ろうとしているのが知れ渡ったら、石材の値段が上がる。
商人も、領主も皆容赦なく足元を見てくるから、当然だな。
この時出て行こうとする、エテルネスの足元に、尻尾が蛇の、毛むくじゃらの子犬が纏わりついた。
「あ、こら!ワシは仕事で出かける!
ダフィー、ちょっとこの子を抱き上げてくれ」
「あいよ、オジキ……コイツを番犬に連れて行けば?」
「冗談はよせ!わしは仕事で出かけるんだぞ!」
ちょっとエテルネスをからかいながら、俺はニッコニコ顔の子犬を抱き上げた。
「ダメだってさ、俺と遊ぶか!」
「わん!」
犬も暇を持て余しているのだろう。
俺と盛んに駆け回る、疲れ果てた俺は未だ元気いっぱいの子犬の傍に座った。
「なぁ、お前にもそろそろ名前を付けてやらないとな。
どんな名前が良い?」
子犬は俺の言葉が分かっているのか、伺うような表情で俺を見つめる。
「カッコいい名前がいいかな?
お前男の子だもんな」
尻尾の蛇も、くりくりとした目で俺を見た。
これを見ながら俺は「お前もヴィストベルの因子を入れられたのか」と呟いた。
「尻尾が蛇でも、お前を好きなる女の子がきっといると思うんだ。
お前はかなりイケメンだぜ、俺はそう思うんだけど、どうかな?」
「ワンっ!」
「はは、そうかそうか、お前もそう思うよな」
抱き上げて、意味不明にも子犬にチューしようとしたら、前足を突っ張って、コイツは俺の口づけを全力で拒否した。
「アハハ、子犬だから肉球柔らかいなぁ」
何されても子犬が可愛い。
そして尻尾の蛇と目を合わせた。
「お前も俺も、体から出た部分だけ魔法陣を書かれなかったんだろうな。
ヴィストベルのしっぽが、手に入ったらお前にも分けてやる。
俺とお前、二人でマトモになろう、な?」
きっとこの子犬も、ずっと彼女もいない生活を送らされるのだろう。
ソレは不憫だ……
「絶対に俺達は幸せになる、幸せになろうぜ……
インフォリアを狩ればその部位は元に戻るんだ。
俺は尻尾はいらないから、それはお前にやるよ、いいアイデアだろ?」
そう犬に語り掛けていると、近くで何やら騒動が巻き起こっていた。
そこでそっちに向かっていくと、製材所の人間が、怒りも露にこっちに向かって来ていた。
「おい。どうしたんだ?」
何か様子がおかしい……
戸惑いながらやってくる製材所の人間に声を掛けると彼らは口々にこう言った。
「どうしたもこうしたもねぇよ!
コレニエの連中が俺達の邪魔をしに来やがった!」
「アイツ等、これ以上作業をすると、俺達の道具や製材所を破壊するって脅してきたんだ!」
「なぁ、アイツ等の嫌がらせを止めてくれ。
そうじゃねぇと仕事が出来ねぇ。
木こりだって、製材所に切った木を回せないから困ってる」
「このままじゃ俺達は食い扶持を稼げないから、飢えて大変なんだよ」
口々に、コレニエとか言う奴等が邪魔しに来たと訴える、製材所の人間。
その剣幕に驚きながら俺は言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、そのコリエレと言うのから教えてくれ。
俺達は元々ダナバンド王国に人間だから、詳しく知らないんだ」
「ああ、そう言えばアンタら外国人だもんな。コリエレと言うのは……」
コリエレと言うのは彼らの説明によれば、ココから1時間下流に下った所にある町で、この辺りの街の荷物を船に乗せ換え、対岸のベラソリの街に送る事で繫栄していた。
そんな訳でここいらでは、流通の要とも言うべき町らしい、
「ソコは川用の港町なんだ。
ああいう所には日雇いの連中が集まって、刹那的に生きていやがる。
荷物の詰め替えの為の、運搬人が居るんだ」
「その運搬人の顔役がミーシュって野郎なんだが、そいつが凶暴な乱暴者なんだ」
「良い話は聞かない。
とにかく逆らったらすぐに、相手の道具を打ち壊してしまう。
マジで最悪な連中だぜ」
製材所のオジサンたちが、ため息交じりで俺の顔色を伺いながら話す。
その様子を見ながら俺は、彼等を安心させるべく、明朗に答えた。
「この話、俺達が何とかするよ……」
「そうしてくれると助かる。
今回の話は大公様肝入りの話なんだろ?
だとしたらこれまでと違い、今回こそ取り合ってくれるかもしれない」
「これまでは?」
「コリエレの町に相談しても無駄、大公様に直訴も出来ない、酷い物だ」
「フーン、つまり、誰も何もしてこなかったのか?」
「ああ、皆厄介ごとを恐れているんだ……」
それを聞いた俺は、良い事を思いついた。
誰も何もしないなら、それは良いオモチャだという事だ。
「ほーん、そのミーシュって言う奴は、これまでそんなに悪い事をしてきたのか。
それならソイツとその手下どもを、ぶちのめしても何の問題も無いよな?」
「あ?誰がそれをするんだ」
「俺だよ、俺」
「あんたさぁ……」
「俺一人でソイツをやればいいだろ?
大丈夫だよ、そいつはただのメス野郎じゃねぇか。
群れるしかできない弱虫如き、俺の敵じゃねぇから。
なぁ、お前もそう思うだろ?」
俺はそう言うと、目を見開いて俺を見る子犬に語り掛けた。
「本当は今日ソッチに行きたいけどさ、俺は金の番をしなければならないから、今日の日当をこのまま払ってあげるから今日は帰っていいよ。
オジキには俺から言っておく、明日はオジキがここに居るから、代わりに俺がそっちに行くわ。
だから帰りにまた連中に会う事があったら、明日俺が挨拶に行くって言っておいて。
それまで道具の破壊はしないでくれって言えばいいからさ」
そう子犬を見ながら、製材所のオジサンたちに伝えると、俺はさっきまでエテルネスがいたテントの中に入り、そこにあった金庫から金を取り出して渡した。
「一人あたま銀貨2枚だよね」
「あ、ああ……」
「木こりの人達の日当は、そのまま木の杭の代金を週末に払う時までにソッチが肩代わりするんだろ?」
「あ、いや……彼らの給料自体が週払いだ」
「そうなんだ、まぁ詳しい話はオジキと決めているならそれでいいや。
とにかく、明日遊びに行くからさ。
楽しみにしていて」
久し振りの喧嘩にワクワクしていると、俺の様子を見て、疑いながらも彼等は目くばせをしたのち「それじゃあ、明日迎えに来る」と告げた。
「あ、いや俺の方から行くよ。
まだこの話はオジキ知らないからさ、それまでは武装して待ってて」
『…………』
製材所の人間たちはそれを聞くと、首をすくめ、無言で金を貰って帰っていった。
……こりゃ、俺の事を信じてないわぁ。
そう、立ち去る彼らの背中に思う俺。
「なぁ、お前もそう思う……あれ?」
ついさっきまで抱き上げていた筈の子犬の姿がどこにもない。
焦った俺は、そこら辺を歩き回り、金のあるテントから離れないようにしながら、子犬を探し続ける。
結局子犬は数十分森の中で遊んで来たらしく、しばらくすると泥と枯葉だらけになって帰ってきた。
「お前どこ行っていたんだよ!
捜したんだぞ
「わふっ」
「ワフッ、じゃないよ……まったく。
オジキ帰ってきたら、下の川でお前を洗わないといけないじゃないか……」
今居る作業現場は橋を架ける予定の、川沿いの丘の西側だ。
そしてこの丘は30M近く、川面から高い場所にある。
なので終わったら、俺はこの丘にある急坂を降りて、川に行かないといけない。
今日は犬のシャンプーと言う、一仕事終えてからの帰宅になる。
まったく、仕事を増やしやがって……
読んで頂きありがとうございます!
イイネや感想、レビュー
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Xの方もやっていますが、そちらはほぼ趣味のイタリアサッカー、ASローマの呟きばかりなので、欧州サッカーが好きなら見て下さい。
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