大公妃様の大いなる慰め、それ行け街づくり!
大公様がいるアウレンマーレ宮殿。
そこに着いたのは到着して3日後だから相当早い。
取り次いでくれたボーヴァロド準爵様は侍従職に就いていたらしく、彼の案内で宮殿の奥深くに入る事になった。
「それではこれより拝謁する、くれぐれも粗相が無いようにな」
そう言う準爵に連れられて俺達は、謁見場に辿り着いた。
たくさんの人間がいるのか?と言うとそうでもなく。
護衛の衛士と、顧問らしき家臣がいて、そして俺達は奥方と思われる華美な服を着た女性と、同じく見事な服を着ている大公様と思われる男の前に進み出た。
人数は10人ぐらいかな?
一際若いイケメンの家臣が、大公の近くでコチラを睥睨しているのが印象的だ。
そんな中エテルネスは3段高い場所に座る二人の前で片膝を立てて跪く。
俺はその後ろで彼の真似をして頭を下げた。
「おおエテルネス、3ヵ月ぶりか……」
「はは、大公様にはお変わりなく」
下げた俺の頭に二人の会話が降り注ぐ……
「ずいぶん待たせたではないか」
「申し訳ございません、財産をチェルヴィニ・シュティート商会に預けるのに時間がかかりまして。
何分500万アステリスコもの財産ですから……」
アステリスコはエルワンダルでの貨幣の単位で。
1アステリスコは金4グラムと同じだ。
逆に言うと、エルワンダルの金貨は、4グラムの金で出来ている。
「ものすごい大金だな……」
「もちろん金だけでこのようになっているのではありません。
親から受け継いだ魔道具等も担保にし、商会に債権化してもらって調達しました。
ソレがこの金額になります」
どうやら、エテルネスは大公様を待たせたらしい。
財産の現金化に時間がかかったというが、本当は俺の実験結果を待っての事なのだろうな……
「あなた、もうよいではありませんか」
この時、同席していた奥方と思われる女性が声を挙げた。
「ん……そうか?」
「アソコは私の化粧領になるのですから、私は少し遅れたくらいで何も言いませんよ」
耳をそばだたせ、大公夫妻が話し合っているのを聞く。
これでエテルネスが橋を架けようとしている場所は、大公妃様の化粧領なのだと知った。
「フム、お前がそう言うならそれでよいか……」
「では……エテルネス、そして後ろの者も顔を上げなさい」
『ハッ!』
漸くお許しが出て顔を上げると、そこには不安そうな顔の中年の大公と、同じ位の年齢の女性が座っている。
女性の目は期待で目がキラキラして、今すぐにでも話を聞きたがっていた。
……でも、何で大公は不安そうなんだ?
「ではお妃様、今回の話をこれからご説明いたします」
「早く申せ!」
おお、奥様超食い気味じゃん!
「今回、長年の愛に感謝された大公様より奥様に、化粧領を贈られることになり、誠におめでとうございます。
そして今回その化粧領に、新しい橋と街を作る事を許して頂きありがとうございます。
私はエテルネスと申します」
「ああ、もうわかったから。
そなたの名前は聞いておる、ソレより計画の話を申せ!」
奥様、せっかちなんだな……ソレより、大公様の目が泳いでいるけど大丈夫か?
「以前手紙で提案させていただいた通り、アウベン川沿いの丘を中心とした場所に、今回新しい橋を架けます。
橋の高さは、アーチ部分の上部が25メートルを予定しておりまして、その上に橋を築く計画となります。
橋桁は全部で40本を見込んでいます。
そしてそれに伴い街道も整備、荷馬車が通り橋桁の間を船も行き来するのが計画です。
橋が完成後は、橋の近くに関所と街を作り、行きかう荷馬車には通行関税を払ってもらい、そのお金で建設費用を賄う計画です」
「フム、そして……その工事費用は全部お前持ちだというのは本当なのだな?」
ふぇ?
はぁぁぁぁぁッ⁉まじかっ。
驚く俺を前に、エテルネスは自信に満ちた表情で言った。
「もちろんでございます、ただしこの地で出来る新しい街には住人に自治を認めて頂きます。
私にその街の運営をお任せ下さいませ……
その代わり、お妃さま。
この街にて上がった収入に関しては、10分の1を税としてお妃さまにお納めいたします。
なにとぞこの私目に、お力添えを賜われますよう、よろしくお願い致します」
これを聞いたお妃さまは、目をクワッと見開く。
「それは良い!
素晴らしい提案であるぞ、エテルネス!」
「ありがとうございます!
ただ、橋の建設費に関してはしばらく関税収入から補填する故、関税に関しては建設費を賄い終えてから、納税したく思います」
「まぁ、それは仕方がないな。
ソレより、橋は六頭立ての馬車がすれ違う事が出来るほど広く、真っ直ぐなモノにするとあるが本当か?」
「本当です」
「ではお前が残した模型通りの物を作るのだな!
素晴らしい、素晴らしいではないか!
エテルネス……そう言えばお前の後ろの者は誰だ?」
「後ろの者ですか?
はい、私の甥であるダフィーと申します。
ご挨拶をしても宜しいでしょうか?」
「うむ」
お妃さまの頷きに反応して、エテルネスは振り返って俺に挨拶をするよう促した。
「初めましてお妃さま、ダフィー・リンカルネと申します。
田舎者故礼儀も分からぬ者ですが、なにとぞ宜しくお願い致します……」
「ほほほ、礼儀知らずというが、きちんと敬意も示しておる。
そなたの生まれはどこだ?」
え?その設定はまだ考えてないんだけど……
「自分はその……恥ずかしながら、ネッドウェイズ島の出身でして」
思わずヴィストベルの死体が埋まっていたという、ネッドウェイズ島の名前を出した。
するとお妃様は目を輝かせる。
「ではダナバンドの者か、だがネッドウェイズならば、差別も受けたであろう……」
「はい、ネッドウェイズの者はフィラーエ帝国時代は、王の臣民では無かったので文明から遠くありました。
その為か、未だに生活が、その……男らしくなりすぎまして」
自分が苦労しながらそう言うと、お妃さまはコロコロと笑い出す。
「確かにそうじゃ!
以前陛下(ダナバンド王)に楯突くモノを成敗するために、島に殿下(エルワンダル大公)と共に遠征に出ましたが、確かにあの島の者は皆野生的でしたね。
……懐かしい事を思い出します」
そう言うと彼女は、隣りで目を丸くして俺を見ていた大公殿下に「殿下、お懐かしいと思いませんか?」と尋ねた。
「ネッドウェイズと言うと、お前はどこの者だ?」
大公が、言葉を継いで、俺に質問をする。
「コーフヴィストベル火山の、カルデラの中にある集落から来ました」
思わず見た事も無い筈の、コーフヴィストベル火山の風景を思い浮かべながら返事が出た。
「なるほど、美しい場所から来たのだな」
この時だ……
その大公の言葉が、俺に映像を見せ始める。
……もしかして俺は、本当にそこから来たのかもしれない。
不意に頭の中に、反り立つ壁のような、外縁部の岩山、その中に広がる広大な草原を、馬が群れ成して駆け抜けたのが見えた。
妄想が、たまらない思いを、俺の胸の中に宿していく……
「…………」
思わず涙が瞳の中に浮いた。
「では今年の労役は、この橋づくりに関するもので良いですかね」
「はい、それで構わないと思いますが、まだ石材や木材などの資材確保が必要になります。
近隣の集落や荘園に、優先的にこの計画に売却してもらえるよう、大公様からの御口添えを……」
◇◇◇◇
アウレンマーレ宮殿から下がった俺達が、宿屋に帰ったのは夕方になってからだった。
戻るなり部屋のソファーに体を沈めた、エテルネスは「疲れたわぁ……」と呻いて寝そべった。
「よくあんなに喋れるなぁ」
「ああ、慣れじゃよ。
昔はワシもあんなに喋れないと思っていた。
つたなくともやっていれば、誰でもあれだけ喋れるようになる」
「ほーん。
ソレよりも気になったんだが、何で大公様はあんなに不安そうな表情だったんだ?」
本当はそれよりも、頭の中に広がった、風景の方に興味があった。
だけどそれを彼に話しても分からない。
……答えが無くとも聞きたかった、俺はあの島に縁があると思うか?と。
「お、良い所に気が付いたな」
俺のその思いも知らず、彼はよくぞ気が付いたとばかりに声を上げる。
「何かあるのか?」
「ああ。実はな、今回の話はお妃さまの機嫌を取るために行われているのよ」
「お妃さまの?」
「実は大公様が浮気していてな、その愛した女との間に娘が一人いる。
そして娘は、お妃さまの娘だった王妃様の侍女を務めていたのだが」
「王妃様⁉」
「ああ、大公様とお妃様の娘はこの前死んでしまった王妃様じゃ。
知らんのか?」
無言で首を振る。
「記憶がないから仕方が無いか……
大公様には子供が二人いて。一人がこの前亡くなった、エゼルスリス王妃様。
もう一人が今日、大公様の隣に居た若い家臣がいただろう?
あの一番若い男」
「ああ、なんとなく見た事があるような……」
「あっちがアルトリウスさまで、次期エルワンダル大公様じゃ。
……で、話を戻すと。
エゼルスリス様にお仕えしていたのが、大公様の庶子(妻以外の女性から生まれた子供)となるセスリス様でな、大公様はセスリス様の存在を隠していた。
ただお優しいエゼルスリス様には話をしていてな、エゼルスリス様は歳が10も離れたセスリス様を、大変慈しんでおられた。
実際に姉妹仲も良かった様じゃな。
所がじゃ、王妃様は病で亡くなった。
そしてその時、セスリス様を一人の貴族が見初めた。
それがヤーリッシュ伯爵の跡取りである、シゲベルト様だ。
身分を隠していたセスリス様と、シゲベルト様は、身分違いの恋に苦慮した挙句、二人は駆け落ちまがいの事をした。
それで大公様の耳にも入り、セスリス様が実は庶子とは言え大公様の娘であることを、大公様はヤーリッシュ伯爵に打明ける事したのじゃ。
そこで伯爵も考えて、セスリス様が大公様の実子であると認知する事と、持参金を納める事を条件に、伯爵夫人としてお迎えする事が決まったのじゃ。
で……その持参金として納めるのが、大公様の所領の一つである、ゴーデンヒルと言う荘園でな
ココは大公様の領地の中で、最も(ダナバンド)王都のルワーナに近い所領だったんじゃ。
さすがにそれは大公妃様に隠す事が出来ずに、結果浮気していた事の全てがバレた」
何と言うか、貴族の浮気話って、壮大な物語なんだな……
長い話を聞きながら、妙な所に感心する。
「それで、実子認定と、大公妃様にとっては血の繋がらない娘の結婚の為に、領地を持参金にすることを了承して貰わんといけなくなった。
……大公妃様は、非情に勝気だし、何と言ってもヴァンツェル・オストフィリア皇帝の元皇女だしのぉ。
大公様も頭が上がらんのよ……
で、ココでワシの話になるのよ」
「何が?」
「橋と街を作るという話。
ワシの提案書を見た、大公様が新たに作る橋と街を中心にした化粧領を、大公妃様に贈るという事を思いついたのじゃ。
ワシの多額の投資ならば、大公様も財布を気にする事も無いしの。
それで話を預かってな、粘土で新しく作る橋と街の彩色模型を作って、それを見せながら、ワシの計画を説明した。
その結果、大公妃様は非常に乗り気になり、今日に繋がったと言う訳じゃ」
「なるほど……そう言えば凄い乗り気だったな」
「ああ。これでお嬢様も好きな男と結婚できるだろう。
ワシ等はココからが大変だがな。
あ、そうそう。条件が一つ追加になってな。
新しい街に大公妃様の住まいを一つ作るように言われた。
その為の人材は後でご紹介してくれる」
「大公妃様の家かぁ……」
「貴族様の狩猟屋敷みたいなものじゃよ。
まぁ、それ位なら別に良いわな……」
そう言うと、エテルネスは目を閉じて大人しくなった。
俺は彼を残して、そのまま自分の部屋に戻る。
エテルネスの部屋の扉を閉めようとしたら、彼の呟き声が漏れた。
「パパ……魔王様、やっとここまで来たよ。
やっとだよ、やっとだ、やっと……
スー、ピー……スー、ピー……」
そして上がる彼の寝息。
それを聞いて堪らない思いがした俺は、そっと彼の部屋の扉を閉めた……
こうして、俺達の大変な一日が終わった。
そして、新しい問題続きの日々が、本当に意味で始まる。
読んで頂きありがとうございます!
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