産まれたばかりの、劣神(インフォリア)
ここからが、本当の第一回です
……俺さ、昔の事何も覚えて無いんだよね。
だから俺がどんな奴で、どんな人生を歩いていたのか全く分からないんだ。
ピチャン、ピチャン……
暗い石造りの部屋に居る……
全身刺青を入れられ、そして死んだ人間が腐敗しながら幾つも転がる部屋。
「うう……ああ……うう……」
辺りは暗く、淡い光の中で血なのか、水滴なのか分からないモノが、天井から滴った。
「殺せ、殺せよ……」
終わりない苦しみ、全身を覆う古代文字と、魔法陣の入れ墨が、膿と血を垂れ流す。
痛みが全身を襲う。
痙攣する腕は鎖で擦れ、傷口から虫が湧いて自分の肉を食っている。
それを払いのける力も、そしてそれをする事も出来ない。
……無力、無力、悲しい、悲しい。
呻く事しかできない。
手足は縛られ、壁に貼り付けられていた。
「殺せ、殺せよ、頼む……」
ずっと同じことを呟いていた。
誰か優しい人が、俺にとどめを刺して欲しい。
全部終わってくれ、苦しいんだ……
傍では同じく刺青と魔法陣を入れ墨にして体に刻んだ、毛の無い哀れな犬が同じく死を待つのみとなって横たわる。
……尻尾が蛇の、可愛そうな子犬。
「くぅーん、くぅーん……ハッハッハッ」
魔力の籠る、精霊石を砕いた作った顔料。
色とりどりのその穢れた顔料が、俺と犬の体から、肉が腐った匂いを生み出した。
ガ、チャ……
ゆっくりと慎重な動きで、近くの下水溝の蓋が開く。
薄れゆく記憶の中で、それを見ると、これまで俺とこの子犬に魔法陣を書いて痛めつけていた、クズ野郎が顔を覗かせた。
クズ野郎は、ボスと居る時はヘコヘコと低姿勢だった事を思い出した。
そして命令のままに、奴は俺を無慈悲に痛めつけていたんだ。
「…………」
何で扉から入ってこないんだろう?
「おい、誰も他に居ないか?
お前だけか?」
「……殺してくれよ」
「犬以外にはいないのか?」
「……居ない」
かすれる声でそう言うと、クズ野郎は言った。
「なぁ、俺と一緒に仕事しないか?
ここを出て自由になるんだ!
お前はココでの実験に耐えた、今のところたった一人の生き残りだ。
明日にはお前は自分の人格を失う。
今ならまだ自我を失わないで済むんだ」
「いきなり何を?」
「時間が無い、ハイかイイエ……それだけが聞きたい。
お前の体は治る、実はエリクサーを手に入れた。
ココを一緒に抜け出すんだ、どうだ?」
クズ野郎の目は必死だった、そして……何も考えられなくなった。
どうでも良いと思ったのだ、どうせ死ぬんだから……
「子犬も一緒に助けてくれ、そうしたら良い……」
「よし!」
そう言うと、奴は俺と子犬に何かを注射した。
「この後眠くなる。
……目覚めたら、お前は俺とエルワンダルに行くんだ、いいな!」
そう言うと奴は、また下水溝の中に戻り、そして蓋を閉めた。
残された俺は、その後記憶を失う……
◇◇◇◇
―あの異世界人は失敗だった
―あの異世界人は私を裏切った
―転生させるべきでは無かった、魔王も死んだ、もう処分をするべきか……
「……誰だ?」
俺が目を覚ますと、美しい女が椅子に座って、何かを凝視しながら、何かを呟いているのが見えた。
女は『―お前こそ誰だ?』と言った。
「俺は……俺は……誰なんだ?」
女の問いに答えられないと知った時、女の目の色が赤に変わる。
そして驚く俺を前に、この女は初めて笑った。
『―お前、あの異世界人と敵対する運命にあるな』
「何の話だ?」
『―余所者が私を排除しようとしている。
―私の寛容な思いを踏みにじって、つけあがったのだ。
―さてさてどうするべきか……』
「…………」
『―お前に力をやろう。
―混ざりモノのお前の力、さてさてあの転生者を追い詰めるまで伸びるかのう?』
「な、何?」
『―キリトウを殺せ、そうしたらお前の望みを叶えてやる』
そう言われた瞬間、俺は白い靄に包まれ、その視界を失った……
◇◇◇◇
ドクン!
大きく跳ね上がった胸の鼓動。
ソレに突き動かされて、全身が飛び跳ねた!
「ブフォッ!ごほっ、ごほっ……ウゲェェ」
思わずむせる、そして思わず周囲を見渡した。
「……死体?」
あの暗い場所でよく見た死体がごろごろ転がる。
納屋の中?明るいな、此処……
入れ墨だらけで、腐った匂いを発する死体。
俺と同じ境遇の奴らが幾人も横たわっていた。
「目覚めたか!」
そう声を掛けられたので目を向けると、そこに俺に散々刺青を刻み付けたあのクソ野郎が……
「この野郎!」
こみ上げた怒りに任せて、飛び上がった俺。
そしてそいつに向って飛び出した。
地面を蹴った瞬間、信じられないほど速く体が動き、奴の首を締めあげる。
「テメェ、これまでよくも俺を……」
コイツを締めあげようした時、自分の手が動物の手だった事に気が付いて、思わず手を奴の首元から放した。
「う、げほっげほっ、うぇーっ、ゲホ……」
首を絞められたことで、むせるクズ野郎。
俺としてはそんな事より、獣の手を持ったことで頭が一杯だった。
やがて少し心が落ちつくと、手はまた人間の手に戻る。
「なんだ?何が起きた……」
困惑していると、足元で物が動く気配がした。
目を向けると毛むくじゃらの可愛い子犬が、蛇の頭を持つ尻尾ごと、コチラを嬉しそうに見ている。
「お前、無事だったか!」
毛は生えていて、見た目が違う。
だけど目を見れば、あの子犬だという事はすぐに分かった。
抱き上げて撫でまわすと、そいつも嬉しそうに笑う。
「はは、元気になったじゃないか!お前」
嬉しくなってそう言うと「ゲホ、ゲホ……元気になったじゃないぞ!」と言いながら、クズ野郎が叫ぶ。
叫んだ後で“しまった!”みたいな表情を浮かべると、周りを見渡した。
そして周囲から、自分達以外に気配が無いと分かると、安心して胸を撫で下ろした。
「おい、テメェ……」
思わずそう睨みながら声をかけると、クズ野郎は、申し訳なさそうに返事をする。
「分かっている、ワシを恨んでいるんだろう?」
「当たり前だ!
散々俺をいたぶりやがって!
大体ココはどこだ⁉」
「ココは、あの地下室がある研究所のゴミ捨て場じゃよ」
「ゴミ捨て場?」
「ソレより聞いてくれ、ワシも被害者なんだ」
「アン?」
「ワシとお前は、同じ奴に痛めつけられていた。
勇者キリトウだ、異世界から転生してきたアイツじゃ!
魔王を倒した奴は、魔王様より酷い悪魔じゃったのだ!驚いたか?」
……誰だソイツ?
そう言えば夢の中の美人の姉ちゃんに、ソイツが敵だとか言われてたっけ……
「キリトウが俺を痛めつけたって、言うのか?」
「そうだ、その犬も一緒に、お前を肉体改造実験に被験者にしたんだ!
聞いた事があるだろ?
デウス・ヴィストルム……
獣神ヴィストベルの事を……
奴はその部位を切り出し、その因子を生き物の体に埋め込む実験をした。
お前はその実験体の一人だ」
「なるほど……」
分かったフリして“なるほど”と言ったが、獣神ヴィスト……って、何?
「その子犬もだ、実験体の最終段階も終わり、生き残った被検体はお前だけだがな」
「他は死んだのか?」
「死んだ……体がもたなかった。
周りの死体は皆、その実験の結果できた死体じゃ」
「……子犬は?」
「さぁな、担当が違うから、どの段階まで実験が進んだか分からん」
「……そうか、助けてくれたのか?俺達を」
俺は痛みのない体を見回しながらそう尋ねた。
「ああ……そうじゃ。
お前さんだけなら助けられると思ったのじゃ、何せエリクサーはあと少ししかなかったのでな」
エリクサーと言うのが、高価な治療薬だというのは、うっすら記憶があった。
「エリクサーが無いと、俺は死んでいたのか?」
「ああ、内臓も骨も、痛んでいたんだ。
エリクサーは肉体の治癒では無く、肉体部位の再生を目的とした薬じゃから、これだけがお前さんを救えたのじゃ。
そこの子犬も同じじゃ……」
その後、少し話している内に、俺の体で何をしていたのかを、コイツは話し始める。
「先程、お前さんの手が獣の手になっただろ?
感情が昂り、体中に刻まれた魔法陣が、体内の魔力向上を感知すると、作動するからそうなるのじゃ。
これがお前に宿った獣神ヴィストベルの力。
お前があの実験室で埋め込まれたものが引き出したのがこれじゃ。
キリトウは魔法陣に耐えられた様々な生き物の肉体に、色々な部位を移植した。
お前さんには、確か……心臓が移植されたと記憶している。
それで何が出来るのかは分からんが、ともかく肉体は何倍もの強さを手に入れたのじゃ。
さっきワシの胸を掴んだ時、信じられない位速く、そして強く動けたじゃろ?
あれがお前の力の一部だ。
周りの奴等なんか、太刀打ち出来まい……
キリトウが言う所の“チート”って奴じゃ!」
「チート?」
「世に抜きんでた、凄まじい力の持ち主と言う事じゃよ。
お前さんに、勝てる男はそう居らん。
居るとしたら、悪魔みたいな心と力を持つキリトウぐらいじゃな」
「ほーん」
「お前は凄い存在!
まさに桁違いの強者!
ワシのこれからの計画にぜひとも必要な男。
そう見込んでいる……」
……お、おう。そこまで褒められるとはこそばゆいな。
「そんな事よりも、急いでココから抜け出すぞ」
「いや、オイ!いきなり何なんだよ。
抜け出す……なんで?」
「お前地下でワシの仕事を手伝うと言ったじゃろ?
だからこれからソコに向かうのじゃ。
エルワンダル……名前位は聞いておろう?
アソコがワシ等の新天地になるんじゃ」
いやいや、いきなりすぎるだろ?
「待て、いきなりエルワンダル……そこは何処だ?
あと、俺は地下に……それはどうでもいい。
ソレよりも混乱している。
俺とお前はどこに行って、何をするんだ?」
「何度も言わせるなよ……
アウベン川最下流のエルワンダル。
じつはワシはそこの大公様と仲が良くてな、特別な許可を貰えたのじゃ」
そう言うとクソ野郎は、近くに係留してあった小舟に乗り込んだ。
「ココ、川沿いだったのか?」
「疎水を引いただけの、運河と呼べない代物じゃ。
なにせ関所を通せない品物ばかり、船を使ってココに運び入れていたからな。
……あの死体を運んでいるのがバレたら、クソ勇者キリトウだって無事では済まんわい」
そう言うと手招きして、俺を呼ぶクソ野郎。
仕方なしに、そいつの求めるまま、子犬を抱いた俺は船に乗る。
「そこに転がっている帆布を、頭から被ってくれ、姿を見られると厄介でな。
あと他人の気配を感じたら、声は出さないでくれ」
言われるまま、帆布を被って姿を隠すと、クソ野郎は舟を漕ぎ出す。
「お前さん、名前は?」
進む船の上で、奴は俺に尋ねる。
「知らん、逆に教えて欲しいくらいだ……」
「そうか、魔法陣の術式に、記憶障害を起こす魔法陣を組み込んでいたから、それが原因じゃろな」
「……最悪だ」
「ワシの名前はエテルネス。
エテルネス・リンカルネ……お前さんはこれからはワシの甥っ子と言う事にする」
「甥?」
「ああ、名前はそうじゃな……ダフィーにするか」
「だせぇ名前だ……」
「思い出すまでの辛抱じゃ、いずれ体に刻まれた魔法陣を消すこともできるだろう」
「…………」
よく見ると体には、何も魔法陣が刺青として彫り込まれていなかった。
首を傾げていると、帆布越しにエテルネスの声が響く。
「魔導顔料の墨を肌に入れた、特殊な光魔法以外では反応せんよ、見る事は出来ん。
キリトウが消し方を知っている、奴を倒せばあるいは判るだろう」
その言い方に、少し疑問を感じる。
「アンタ、キリトウに言われて俺に刺青彫ってたんだろ?
なのに、アンタにとってキリトウは敵なのか?」
「ああ、そうじゃ。
ワシの主は魔王様だけじゃ、仕方なくアイツに従っていたがな。
アイツに魔王様を殺された……
だけどもう終わりだ、エルワンダルでワシはのし上がる。
魔王様を殺した、キリトウにこれ以上従わん……
だからわしはお前さんと一緒に逃げる事にした」
「なるほど……
で、俺は何をするんだ?
その、エルワンダルとか言う所で」
「暴力が必要な事全て、ボディガードと思って貰えれば構わんよ」
「ふぅ……気に入らないな」
「まぁ、まぁ、少しの間さ……
これから橋と街を作る」
「エルワンダルでか?」
「ああ、エルワンダルでな。
トラブルは多いだろうが軌道になったら、お前さんに報酬を渡そう。
その後は自由に生きればいい、ワシはその街で魔王様の仇を打つ為に、色々やりたい事がある」
「ほーん……」
「興味は無いか?」
「分からね、ただ……他に行き場所はなさそうだ。
なにせ……目が覚めたばかりだ。
自分が何なのかも判らない……」
「手伝ってくれ、そのインフォリアの力がワシには必要なのだ」
「インフォリア?」
「ああ、キリトウは実験を通じて、神の力を宿した人間を作り出そうとしていた。
それが“劣神”……神にして、神に届かぬ半人半神の戦士」
「ほーん。
だから俺の手は、さっき獣の手になっていたのか……」
「おそらくな……て、言うかさっき説明しただろ?
まぁ、良い……それはまだ全貌が分からん、謎大き力じゃよ。
お前さんが劣神であるということ以外は、何も判らん。
……すまんな」
ザバァ……ザバァ……タプン、タプン……
会話が途切れた。
生まれた沈黙のせいで、エテルネスが漕ぐ艪が立てる、水の音だけがやけに響く。
帆布の中でその音を聞きながら、俺は覚悟を決めてこう思った。
ええい……どうにでもなれ。
と、言うか。ここまで肉体をいじられたら、なる様にしかならねぇよ……
考え方を変えよう。力の使い方が上手くなれば、使いこなせるようになるだろうか?
「分かった、報酬を楽しみにしている。
その都市建設の用心棒でもやるんだろ?
まぁ頑張るよ、俺は戦える人間なんだ。
……俺は戦える。
それだけは覚えている……」
疎水はやがて船を外の世界へと連れ出した、光が船に差し込まれる。
ああ……染み入る様だ。
日差しの光に目が眩み、そして懐かしさと喜びが、温かさと共に俺を包む。
それを感じられただけでも、船に乗った事を喜ぶ事が出来たんだ。
読んで頂きありがとうございます!
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