夕凪
彼女の願いで海に行くことになった。車を動かして海に到着するとそこには…
僕はこの町が大好きだ。疲れた心を癒すような綺麗な山々、街に流れる綺麗な小川、元気のある人々の元気な声、そんな町の全てが大好きだ。
そして、彼女もこの町と同じぐらい好きだ。治らない難病を抱えても、これからどんな苦労があろうとも…彼女の全てが好きだから尽くしたいと思う。
そんな中で彼女は突然"海に行きたい"と言い出した。僕は二つ返事で車を出し、助手席に彼女を連れて海へと走り出した。
道中では昔の会話だったり最近の日常の会話だったりしながら気づけば海岸まであと少し。ここで彼女がふいに質問した。
"どうして私を大事にするの?"
僕は答えた。あなたのことが好きだからと。この答えに彼女は一言、ありがとうと言った。
海に着くと、時計は午後3時を指していた。海の家の暖簾を下げるのが見え始める。その中で一件、僕たちを呼ぶ家があった。そこに立ち寄って遅めの昼ご飯を食べると、辺りは静かになり始めた。彼女がいるからではない、帰る準備を終えた他の人たちが砂浜から帰るからだった。
もうすぐで陽が沈む頃、夕焼けチャイムが鳴り響いていた。砂浜で海を見ながら彼女に愛の告白をした。
"僕は初めて出会った時からあなたに一目惚れして…最初は綺麗なご近所さんだと思っていました…だけど、告白されてからはとても意識し始めて…難病の話も聞いたしこれからも迷惑をかけると思うけど…それでも…君のことが大好きです!だから…これからもずっと一緒にいてくれませんか?"
少しだけ時が経ち再び風が吹いた時、彼女の瞳に涙が浮かんでいた。きっと嬉しかったのだろうかと…そう思うと僕も涙を流した。
気がつけば夜の海、空には綺麗な月が昇っていた。夜風の吹く砂浜から僕たちは故郷に戻った。帰りの道中、なぜか僕は亡くなった親を思い出した。
親が亡くなった時、僕は何も親孝行ができなかった。昔からやんちゃで、悪いことをすれば相手に謝りに行っていたし、高校の時はわがまま言って街の高校に行かせてもらった。大人になっても求婚していた相手に振られたり、農作業を継いだものの持っていた畑を親戚に奪われたり…考えれば親には迷惑ばかりかけてしまった。そんな僕に対して…親は最期に"生まれてきてくれてありがとう"と言ってくれた…
時計は日付を跨いだ頃、ようやく家に帰ってきた。朝が早いので家に帰るとすぐに、寝ることにした。夢の中で、一つの決心がついた。
僕はこれから親が遺してくれたこの土地を…みんなが育ててくれたこの町を…幸せな思い出が残るこの場所を…ここで出会った彼女と共に新しい道に進む…と。
僕には守るべきものが増えた。大好きなこの町と、夕凪の下で告白して…あの病気が完治した彼女だ。あれからは普通の生活を送っている。この町らしい、ゆったりとした暮らしだ。