木陰
隣町から引っ越したという彼女。発作が出てしまったと言うが、この病気はなんだろうか。気になって先生に訊ねようとすると…
彼女の発作のことを考えた。なぜ前の街では発症したのか。この町でなくてはいけないのか。しかし思い当たる話がない。ただ、彼女の名前や家系を知ればわかるかもしれないと考えた。
昔から優柔不断だった僕だが、彼女の病気が良くなるならと思うと悩んでいる暇なんて無かった。発作の起きる条件ってなんだろう、どうしたら治るのだろう…そして、本当に治るのだろうか…そう思い始めると僕の心は止められなかった。
農作業をしている時も、町の人と話している時も彼女のことを考えてばかりだった。もしいなくなったら虚無感に襲われるのではないかと心配されたぐらいにだ。
そんなある日、彼女が病院から出ていくのが見えた。そこの医師はこの町唯一の医者で、街に出た友だちの姉だった。
たまたま医師が外に出ていたのを見たので彼女の病気について訪ねると、この病について教えてくれた。まず、この病気は難病ではないとのこと。しかし、この病気を知っているのはごくわずかで普通の医師は知らないことが多いこと。さらに発作が起きる条件は彼女の心を悲しませることと彼女の言葉を否定することが重なった時であること、次に発作が起きると攻撃的になってしまうこと、そしてこの病を治すためには3つの条件が必要だと言った。
その条件は、夕凪の刻に、彼女が行きたいと言った場所で、本物の愛を告げることだという。それを聞いて、彼女が前に住んでいた街で発作が起きてしまったの理由がわかった気がする。
あの街の人間はどこか冷たく、自分本位で動いているように感じる。つまり他人より自分を優先するような人である。僕たちのような人を田舎者と呼ぶような人種だ。高校時代の同級生にはめちゃくちゃ言われたものだ。昔からの旧友はしつこいぐらい言われ続けて最終的には病んでしまったそうだ。その子はこの町が好きだったのだが、結局他の町に引っ越してしまった。その事もあってか僕はあの街にいい印象がない。だからあんな病が生まれるんだと医師に言った。医師に言ったところでどうにもならないが、気持ちをはっきりさせたかった。
最後に医師にはこう聞かれた。"あの子の病を治したいのか"と。僕は躊躇いなく頷いた。医師はこの病は簡単に治るものではないが大丈夫かと確認された。いつもの僕ならここでうじうじするだろう。しかし、彼女のためなら悩む暇なんてなかった。深く頷くと医師はメモを渡して励ましてくれた。
帰り道の途中の木陰。これから彼女の接し方をどうしようかと考えた。気づくと彼女が隣で笑っていた。この笑顔をいつまでも守りたいと強く思った。