祭宴
彼女もこの町に慣れてきたというので僕の家の庭で祭りを開くことになった。僕も彼女も楽しんでいたが、彼女は突然…
僕はこの町を離れたいだなんて思ったことはない。むしろ離れられない。この町の人が、空気が好きだから。時に笑い、時に喧嘩して時に泣いて、その度に怒られて…思い出すとやっぱりこの町は素晴らしい。
そんな僕だって一度は都会に憧れたものだ。高校の時は街の方で遊んだ。しかし、あの街の喧騒やあの独特の空気は3年も吸えばお腹いっぱいになる。しばらくは慣れ親しんだこの町の空気でお腹いっぱいにしたいものだ。
朝から農作業をすれば近所の人に卵や肉を買う。僕からすればこの生活が普通だが、彼女にとってこういう生活は初めてらしく少し戸惑っていた。どうやら前の街では毎日スーパーに行っていたとのこと。
彼女が思っている以上にこの町の人々は暖かい。しかし、彼女には知らない人に話しかける勇気がなかった。話しかけられてもどこかよそよそしい感じに見えた。
彼女からそのことを相談された時、僕は鶏小屋のお兄ちゃんと話していた。彼曰く彼女のことは最近引っ越してきたから気にかけているとのこと。そしてそれは町のみんなが同じく思っていることだそう。彼女は少しだけ微笑んだ。
そのあと彼は彼女の引越しからひと段落ついたのでみんなで祝わないかと提案した。自己紹介もできるしこの町を紹介できるからだそうだ。
噂が回るのはいつも通り早い。この話を聞いた夜には僕の家はお祭り騒ぎだ。こういう祝い事になると庭が広くてそこそこ整備されてるから僕の家が会場になりがちだからだ。各々自己流で自己紹介をして、彼女が自己紹介をして…気づけば夕方から始まった祭りは宴へと変わり、酒が水のように消えていった。
彼女の方をふと見るとなぜか泣いていた。悲しかったのか嬉しかったのか…宴会から離れ2人ぼっち、事情を聞くと嬉し涙なんだそう。どうやら彼女は涙脆いらしい。日常のふとした一瞬でも泣いてしまうとのこと。
2人で余韻に浸りたいところだったが庭では一発芸大会になっており、収拾がつかなくなっている。片付けるのは朝になってからやるとして、まだ正気を保っている人に近くの井戸から汲んだ水を渡した。ただ、これもいつものことである。
朝になると、なぜか僕と彼女だけになっていた。祭りの後は決まって寂しいと感じていたが、今日はそんなことなかった。彼女が笑顔で、町に馴染んでくれた…そう思えたからだ。
ゴミ拾いが終わると彼女は自分の家に帰って行った。道はなんとなく覚えていたので見送ることはしなかった。その代わり"何があっても笑顔でいて"と伝えた。もし彼女が発作を起こしたとしても…少しでも和らげることができるから…