蒼とサンダー
「うーん。あれ、どこだ。ここは・・」
蒼という名の少年は、知らないベッドの上で目を覚ました。視線を横に向けると、金髪で和服を着た女の子
が心配した顔で蒼のことを見ている。
「おっ。やっと起きたのか」
低くもハキハキした声が耳に届く。
彼女の名前は、サンダーという。
年齢は18歳であり、蒼の幼馴染である。
蒼が目を覚ました事に気づいたサンダーの顔はホッとしたようだ。
その時、コンコンというノック音がすると、部屋の扉が開いた。
蒼は最初、医者でも入ってくるのかと思っていた。
しかし、入ってきたのはコックの帽子を被った30代くらいの知らない男性だった
「起きたみたいだね。蒼くんが起きたのなら、教えてくれてもいいのに。サンダーくん」
「いや。今、目覚めたところだったからな」
会話の仕方から、サンダーは先に目が覚めていたことが分かる。
状況を整理できない部分がある蒼は男にいくつか質問をすることにした。
「あの、ここはどこですか?」
「ここか。ここは、僕の家だけど」
単調な口調で男性は答える。
「いえ、そういうことじゃなくて」
「・・なるほど。そういうことね。確かに、服装から見てこの辺のものじゃなさそうだからな。知らないのも無理はない。ここは、テネレ王都だ」
と教えてくれた。
知らない場所だ。
だが、どんな場所かは一旦置いとくことにする。
次に、蒼は男の名前を聞くことにした。
「テネレ王都ですか。それで、あなたの名前は何ですか」
「僕の名前か。ロートンだ。こう見えて、年齢は23だよ。」
「ロートンさん。助けてくれてありがとうございます。何か、お礼をさせてください」
と蒼が言うと、ロートンは少し考えた後、部屋を出ていった。
そして、2着の服とエプロンを持って、戻ってきた。
「じゃあ、今日一日だけ私のバーで働いてもらうってのはどうかな?」
2人からしたら、予想外の頼みだった。
「そんなんでいいのか?」
そう言うサンダーに、ロートンはゆっくり、首を縦に振った。
冗談ではないようだ。
「わかりました。今日一日だけよろしくお願いします」
蒼は服とエプロンを手に取り、そう言った。
「よろしく。着替えたら下に降りてきてね。説明を始めるから」
二人は、はい!と元気よく返事をした。
サンダーの声は相変わらず低いが。
「着替えたようだね。サイズの方は大丈夫だったかい」
ロートンは、二人が、大丈夫、と言うと椅子から立ち上がり、二枚の紙を持ってきた。
「詳しいことは、これを見てもらえばわかるけれど、何か質問はあるかい」
ざっと、マニュアルに目を通す。
蒼達が知っている知識以外に、目新しい礼儀は書かれていない。
気をつけるとすれば、敬語くらいだろう。
「特に・・ないです」
「私も蒼と同じく」
二人がそう言うと、ロートンはふと時計の方を見た。時計の針は五時半を指している。
それを見たロートンは慌てて、掃除用具を取りに行った。
「なんで、そんなに急いでいるんだ」
「あと三十分でお客さんが来るんだよ。サンダーくんは店内の掃除、蒼くんは僕とキッチンで料理の準備の手伝いをしてくれ」
ロートンはサンダーにモップを渡した後、蒼とキッチンに向かった。
しばらく、キッチンで二人が作業をしていると、キッチンにある裏口の扉が開いた。
「ふー、間に合った。遅めのこんにちはです。ロートンさん」と言う元気な声と共に、二十代くらいの薄い茶髪の女性が入ってきた。
「ギリギリじゃないか。アウムくん」
ロートンはアウムという女性とかなり仲が良いみたいだ。
「彼女は誰ですか、ロートンさん。」
「5年くらい前に総合学校で出会ってね。仕事の資質があると感じて雇い入れたうちのウェイターで看板娘だよ」
「(確かに、可愛らしさがある女性だな)」
そう蒼は心のなかで思った。
「看板娘って、照れるじゃないですか。・・・それと気になってたんですけど、そちらの方は新人さん?」
アウムはロートンに落ち着きのない声でそう聞いた。
「今日一日だけどな」
ロートンが答えると、アウムはガクッと顔をうつむいて、二階のスタッフルームの方に行ってしまった。
「まあ。アウムくんは自分に後輩的な存在ができると思ったのだろう。・・気にしていても仕方がない。さあ、あと五分で開店だ。蒼くんは、引き続きキッチンで僕の手伝いをしてくれ」
アウムは、スタッフルームに向かう途中でサンダーと出会った。
「もう一人いたのね。あなたも今日だけの・・新人さん?」
「ああ、そうだが」
アウムは、サンダーがウェイターの役割だと気づいたのか、先輩面を出して話すことにした。
「そう。分からないことがあったら、何でも聞いてね」
「わかった。なら、早速質問してもいいか」
「う、うん。どうしたの。」
いきなり質問されるとは思わず、アウムは少し慌ててしまった。
「このテーブルクロスなんだが、どういう向きが正しいのか分からないんだが。おそらく、これで合っていると思うんだが」
「テ、テーブルクロスね。それはね・・」
アウムの声が震えている。
「そういえば・・あなた、名前は何ていうの?」
「ああ、サンダー、って呼んでくれ」
「女の子でサンダーって名前で、かっこいいね」
サンダーはアウムの言葉を聞いてにっこりした。
「ありがとう」
サンダーはにっこり微笑んだ。
「どういたしまして・・って、あと三分でお客さんが来ちゃう。サンダーちゃん・・引き続き手伝ってくれる。」
サンダーは、元気よく「もちろんだ」と言った。
そして、二人が全てのテーブルにクロスをかけ終えた時。
ガラッと正面扉が開き、お客さんが四名入ってきた。
一方で・・蒼とロートンは、かなり大量の料理の作り置きがいくらか完成していた。
「・・すごいな。蒼くん。」
ロートンは、蒼の料理の上手さと手際の良さに驚かされていた。
「そんなに褒めないでくださいよ。・・それよりも、こんなに作っちゃって大丈夫なんですか」
「全然大丈夫だよ。それに、一部の作り置きは、次の日までは使っているしね。だから、心配しなくてもいいよ」
楽しそうに会話をしているが、蒼とロートンはまだ店が開店していることに気づいていないようだ。