お局様
僕(佐藤 一郎) ・・ 営業職(24歳)
鈴木さん(鈴木 緑) ・・ 営業職(35歳)
ちょっと大人関係の二人。
「佐藤君!」
鈴木さんの怒りのこもった声。
「はい」
「資料、赤入れておいたから至急修正して!」
「はい、すぐやります」
慌ててメールを開く。びっしりとコメントが入れられた文書。(はーー、勘弁してよ)
「佐藤、御愁傷様」
同期にからかわれる。
「鈴木さん、見た目は良いのにね。あの性格じゃあ、二の足どころか、四の足だって踏まないよ」
別な同期も同調する。
「まあ、佐藤は見込まれているんだよ。頑張りな!」
先輩が軽く言うが、見込まれたくない。断じて断る!!
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鈴木さんはうちの課のいわゆる「お局様」だ。誰にでも厳しい。課長にも意見する。アシスタントの女性社員なんか鈴木さんがいるとピリピリしている。もう10年以上もうちの課にいるらしい。言っていることは正論。パワハラじゃ無い。
鈴木さんは特に言葉遣いに厳しい。
「ネットの文章のコピペばかりしているから、辻褄の合わない文章を書くのよ。一度、咀嚼してから書きなさい!」
おっしゃることはごもっとも。でも、入社2年目、理系の僕は文章を書くためにこの会社に入ったわけじゃない。「了解」なんて誰でも使うだろ。お客様に「了解しました」って書いて何が悪いのか?
「承知致しました、でしょう。何度言ったら判るの。お客様あっての私達なのよ。お客様を敬いなさい。だから「敬語」なのよ」
「はい」
(そんなこと、学校じゃ教えてくれなかったし、新入社員教育でも言われなかったよ。別にお客様を見下している訳ではないよ、知らなかったんだ)そんなこと、口が裂けてもいえない。前に、それに近いこと言った先輩、地方の支店に飛ばされたという噂もある。
「はあ」
溜息をついて、資料を修正する。落ち着いてみれば、鈴木さんのいうことは正しい。「それ意外の商品」ってなんだ?我ながら呆れてくる。せっせと修正して、鈴木さんにメールする。
「鈴木さん、修正出来ました。確認お願いします」
「はい。意外に早かったね」
「頑張りました!」
「よしよし、ちょっと待っていなさい」
(え?待ってるの。終わりじゃないの?)言われた通り、ウーロン茶を飲みながら待っている。
「佐藤君、まだ、直しがあるわ。修正して」
(げっ、まだあるのかよ)
「はい、判りました」
メールを開くと、数か所コメントが入っている。(なんだよ、もう)でも、言われた通りに直すと、文章が洗練されてくる。(なるほど、この言い回しの方が、判りやすいな)修正して鈴木さんにメールする。
「鈴木さん、修正出来ました。確認お願いします」
「はい。ちょっと待ってて」
デスクを片付けて帰る準備をしていると、鈴木さんが笑顔で声を掛けてくる。
「うん、OKよ。良い出来よ」
「ありがとうございます」
「佐藤君、業務知識はしっかりしているんだから、それを上手に表現すれば、もっともっと伸びるわよ。頑張りなさい」
「はい、頑張ります」
「よし、御褒美。呑みに行こう」
「えっ、呑みですか?」
(え、酒。明日は休みだから良いけど、鈴木さんと呑むなんて、気を遣いそう)
「うん、都合悪い?」
「いえ、もう帰って寝るだけですけど」
「じゃあ行こう」
(これは断れないな。ちょっとだけ付き合おう)
「はい。じゃあ、この資料メールしちゃいます」
「うん。「宜しく御査収ください」よ」
「はい、判っています」
急いでお客様にメールを送った。
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鈴木さんは美人だし、ナイスバディだ。道行く男性達の目を惹いている。それなのに、連れていかれたのは、いわゆる「居酒屋」。
「ここ、お刺身が美味しいのよ。佐藤君、好き嫌いある?」
「ありません。なんでも食べます」
「良かった。ビールで良い?」
「はい」
「お兄さん、お刺身の盛り合わせと生ビール2つ」
「へーい」
「それじゃお疲れ様」
「お疲れ様でした」
ビールで乾杯。鈴木さん、グビグビ呑んでいる。一気にジョッキ半分近く呑んでる。
「あー、うまい。仕事の後のビールは最高!」
(おっさんみたい(笑))
「うまいですね」
「佐藤君、お刺身食べて。美味しいから」
「はい、頂きます」
「あとつまみ、好きなもの食べて」
「はい、じゃあ、焼き鳥と枝豆」
「うん、良いチョイスだね。あ、お兄さんお兄さん、焼き鳥2人前と枝豆。あと生ビールお代わり」
「へーい」
鈴木さん、グイグイいく。
「佐藤君は〇〇大学だよね」
ほんのり赤くなった鈴木さん。すごく色っぽい。
「はい、□□学部です」
「やっぱり。〇〇大からは良い人来るのよね。△△支店の所長とか、営業本部の次長は、〇〇大よ」
「えっ、そうなんですか?どちらもお会いしたことが無いです」
「2人とも、うちの課のOBよ。うちの課、出世コースなのよ」
「そうだったんですか・・」
(知らなかった・・・って、鈴木さん、その頃からうちの課なの?)
「うん、2人とも私が鍛えたから」
「え、じゃあ、僕も偉くなれますかね?」
「うーーん」
「何ですか、その沈黙。やだなあ」
「はは、ごめんごめん。佐藤君も伸びそうだね」
鈴木さんは、上機嫌で色々話してくれる。僕も楽しくてついついビールのお代わりをしてしまった。
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すっかり鈴木さんに御馳走になってしまった。
「先輩には奢られなさい」
「はい、御馳走様です」
「うむ、宜しい」
居酒屋を出ると、鈴木さんが僕の腕に絡まってくる。
「ああ、いい気分。佐藤君、彼女は?」
「今はいません」
「そう、じゃあ、お姉さんと遊んでいく?」
艶っぽい顔で誘われて断る男はいないだろう。
「はい、お供します」
・・・・・・・
「やっぱり佐藤君も伸びそうだね」
艶っぽく笑う鈴木さん。
「また呑みにいこう」
「はい!!」
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「佐藤君!」
鈴木さんの怒りのこもった声。
「はい」
「資料、直っていないわよ。しっかり確認して!」
「はい、すぐやります」
メールを開く。
「佐藤、相変わらずだね」
同期にからかわれる。
「鈴木さんから何も言われなくなったら、終わりだぞ。お前もしっかりしろよ!」
先輩が同期を窘める。
相変わらず、鈴木さんに叱られながらの日々。だが、時々、鈴木さんと呑みに行って、充実している。「もげろ!」とか言われそうなくらい。ピロートークで聞いたけど、鈴木さん、「自分のためだけに時間を使う」ことが好きで、恋人とかは苦手らしい。鈴木さんが、気が向いた時だけ、相手をしてくれる男性がいればいいらしい。といって、ワンナイトとかは嫌。それを聞いて「女王猫」と思った。歳が離れているので、恋人、ましてや結婚なんて考えられない。僕と鈴木さんはウィンウィンの関係の様だ。
「佐藤君。呑みに行こう」
「はーい」
いつもの様に居酒屋へ。