↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/60

神の恩寵

「バリー。お前はシエルハーンについて何を知っている」


 思いもよらぬことを尋ねられ、ダンカンは思わず主の顔を見返した。


「……元エーベルの地方領。真偽は不明ですが、立国の経緯から反乱を恐れたエーベル国王の指示により、国軍を持つことを禁じられたという話があります。歴代の王は穏やかで、陸の孤島扱いされているせいか、戦争をしかけたこともしかけられたこともありません。主要産業は農業で、険しい山々に囲まれているため交易はさほど盛んではなかったかと思いますが」

「ああ。現に()()とは取り引きしていない」

「まあそうでしょうね」


 ハリントンの関係する会社でも、農業は既に事業として確立している。余程珍しい物でない限り、わざわざ輸送費を上乗せしてまで取り引きしようとは思わないだろう。


「クーデターの件は?」

「首謀者は王弟殿下だとだけ。なにぶん情報が少なく、詳しいことは伝わっておりません。それよりも()()()がいつの間にか軍事力を保持していたことに驚きました」

「王弟と国王一家についてはどうだ」

「王弟に妻子はなく、国王一家は王妃に王太子、王女と第二王子がいたと記憶しております」

「王弟は未婚なのか」

「確か妻とは死別していたと」

「彼らの――国王一家の消息についてはどうだ」

「まだ混乱しているのでしょう。今のところは何も」

「そうか」


 エーベルから国軍を持たないよう横槍が入っていたとしても、それはあくまでも建国時の話だ。独立国家なのだから、自国防衛のため軍を擁していても不思議はない。ダンカンの驚きは軍隊云々についてというより、地理的には隣接しているシエルハーンのお国事情が全く漏れ伝わってこないことに対するものだ。


 ルフトグランデにもハリントンにも関係のない、小国のクーデターだ。積極的に情報収集へ動かないのも当然ではある。

 それにしても、なぜアレクシスは突然こんなことを言い出したのか。疑問に思ったダンカンだが、机に肘をついて形のよい顎を載せ、考え込む主の姿に口を噤んだ。


「……エーベル王家にまつわる神話を聞いたことはあるか」


 アレクシスの質問に、ややあってから家令は口を開いた。


「はい。かの国の王族は神の末裔で、その証拠に紫の瞳を持って産まれるという話がありますね。紫の瞳は確かに珍しいですが、絶無でもあるまいにと思いますが。ただエーベル王家の特徴であるプラチナブロンドと合わされば、その姿はまるで妖精のようだと――」


 ダンカンは言葉を切り、主の冴えた青い目をまじまじと見た。ようやくアレクシスの言いたいことを察したのだ。アレクシスはゆっくりとうなずいた。


「シエルハーンの初代国王は、エーベルのどの王族よりも濃い紫の瞳を持っていたという。もしそれが本当なら、顕著に『恩寵』を受け継いだことがエーベルを追われた理由だったのかもしれない。母親の身分が低いとか、すんなりと玉座に就くことはできない立場の者だったんだろう。……シエルハーンの直系王族なら、今でもその特徴を持っていてもおかしくはない」


 ダンカンはついさっきハリントン邸で引き取ることに決まった、二人の兄弟の姿を思い浮かべた。

 汚れてはいたが、二人とも美しい紫の瞳をしていた。頭が小さく手足がほっそりとして長い。どことなく浮世離れした、妖精じみた雰囲気があった。

 人品卑しからざる風で品がある顔立ち。髪はおそらく銀に近い金髪だ。


 ゾッと鳥肌が立つ。ほとんど国交のない異国で起きたクーデターと、斃された王家。その生き残りの王族が、この邸にいるかもしれないのだ。

 顔色を変えたダンカンだったが、アレクシスが気にしていたのは別のことだった。


「グロスターでは小口の取り引きは行っていないはずだな?」

「はい。取引先は王国軍が七割、残り三割は各地の警察組織となります。物が物ですので販売先は厳重に管理しておりますし、民間の業者とは契約しておりません」


 グロスターはアレクシスが出資する兵器製造工場のある場所の名だ。小国とはいえ国境を接するシエルハーンでクーデターが起きたため、国軍の兵器需要は高まっていた。


「もしや、グロスターの兵器がクーデターのきっかけになったのではないかとお思いなのですか」


 家令の質問に、アレクシスは沈黙で答えた。

 グロスターへの出資は十分な検討ののちに行われた。兵器とはそのまま他人の命を奪うものだ。だが同時に自国民の命と財産を護る砦でもある。大義あっての利益だと判断したからこそ大金を投じたのだ。

 己の判断に何ら恥じることはない。だが目の前の孤児が小国とはいえ王家の人間で、あれほど哀れな姿になった原因の一端に自分がいるとなれば、それを無視できるほど冷淡にもなれなかった。


「……国王一家がどうなったのか、調べてもらえるか」


 シエルハーンの国王と王妃。そして王太子と、王女に第二王子。

 アレクシスが命じたのは、彼らの年齢と容姿はもちろん食の好みから宗教観、政治信条に至るまで――つまり全てを調べ尽くせということだ。

 もちろん一番はクーデター後の処遇についてだろう。その生死を確認し、男爵邸にやってきた「フレディとヴィク」が何者なのかを確かめるためだった。


 他国の情報を入手するのには金と時間がかかる。それが政変の最中にある国となれば尚更だ。

 だがハリントン男爵家に長く務め、大きな裁量を与えられている家令は主の言葉ににこりと笑って頭を下げた。


「承知いたしました。直ちに」



  ◆



 アレクシスはジレのポケットから懐中時計を取り出した。ルイから贈られた試作品の懐中時計だ。


 時間を確かめ、更に部屋の隅に置かれた振り子時計に目を遣った。

 狂いのない二つの時計が指し示す時間は全く同じだ。となると、今朝早くにロナルド・ストロング警視監が来てから――二人の孤児を引き取ってから早四時間が経過したことになる。

 風呂に入れて食事を摂らせるにしても、時間がかかり過ぎなのではないだろうか。訳もなくそわそわとするアレクシスだったが、妹に任せた手前、自ら様子を見にいくことは躊躇われた。


 何となく家令には頼みづらい。こっそりメイド長のノーラに聞いてみるかとアレクシスが立ち上がりかけたとき、書斎の扉をノックしたダンカンが来客を告げた。

 

「バークリー公爵家のドミニク様がお見えです」

「いないと言え」

「居留守とは酷いじゃないか、アレク」


 すべてを無視して部屋に入ってきたのは、アレクシスの従弟ドミニクだった。人身売買の被害者として売られる寸前だった彼は、破天荒な経験の直後だというのに気にする様子もなく、平然としてソファに腰掛ける。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。