変わらぬ愛をあなたに
✩*.゜
昔は、今よりも随分と荒れていた。
俺は王だ。といっても、形だけの王。俺はいつも独りだった。
大きくなり過ぎた国を5つに分け、兄弟と共に治めていたのは、もう、昔のことだ。俺一人が何もしなくても、誰も何も言わない。だから、すべて兄弟と臣下に任せ、俺は今日も惰眠を貪る。
俺が何をしようと、誰も何も言わない。
いつからか、民は俺を〝天災〟と呼ぶようになった。誰もが俺のする事を〝天災だから仕方ない〟で終わらす。
───つまらない───
「いい加減にしてください!あなたは、私たちの王様でしょっ!?」
暗い王宮の一室に籠って、どのくらい経った頃だろうか。
娘が一人、俺の城に土足で踏み入り、俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。誰もが天災で済ましてきたことに、その娘は怒っていた。
それがなぜか、酷く嬉しかった。
そして俺は、その女が欲しくなった。
「俺、お前に惚れた。なぁ、俺と結婚しない?」
「は?…嫌です」
人生初の告白だったのに、随分あっけなく振られた。だが、そんな所も気に入って、俺はますます娘に惚れ込んだ。
─────娘は居酒屋の看板娘で、俺は常連客になるほどその店に足を運んだ。
「ありがと。ねぇ、結婚しようぜ?」
「お断りしまーす」
「そういう所も好きだよ」
「バカっ!」
いつしか、頼んだ物を持ってきてもらった時、そんな事を言い合うのが恒例になっていた。店の他の客や彼女の両親は、それを見ながらわっと笑う。
茶化すだけだった酔っ払いの男たちは、最近では慰めの酒をおごってくれる。
まあ、裏で賭けでもして内心楽しんでいるのだろうが。
誰も俺が王だと知らない。俺は全く表に出なかったから。だから気兼ねなく街へ降りては、娘に愛を囁き続けた。
❀.*・゜
どれだけの人が傷ついても死んでも、誰もが〝仕方ない〟で済ましてしまう、そんな王の存在が嫌いだった。だから、死を覚悟して文句を言いに行った。せめて、少しでも傷つく人が減るように。
なのに、どうしてこうなったのか。
「結婚しよ!」
顔立ちの整った青年が、いつものように私に愛を囁く。
「お断りしまーす」
私もいつものように返す。はぁ、これで一体、何百回目だろう…。
周りの酔っぱらいの客や両親は、男勝りで男っ気の全くない私に、やっと春が訪れそうだと喜んで、助けてくれない。誰もこの青年が、あの王様だなんて思うまい。
王の城には行ってはいけないという掟を、私は破った。だから、私から話すことはない。私だって怒られたくないし、それに、あまりに彼が幸せそうに笑うから…。
「何が嫌なの?あんないい男、お前にはもったいないくらいだよ」
母は彼を気に入っている。
正直、不満は無い。今まで聞いていた話とは似ても似つかないほど、実際に会った彼は優しかった。困っている人には必ず手を差し伸べ、どんな人にも平等に接し、どんな人とも仲良くなっていた。酒癖が悪い人とも、良くない噂の多い者とも、いつの間にか友達だ。
彼に惚れないわけがない。街の女の子は、彼が私を「好きだ好きだ」と言っているからおとなしくしているが、陰でキャーキャー騒いでいるのを私は知っている。
私だって彼女たちに負けないくらい彼が好き。でも、絶対に言わない。
それを言ったら終わりだから。
彼はきっと、自分に反抗する私を面白がってるだけ。だから、私は彼を好きとは言えない。言えば、彼は私をもう見てくれない。
「……今だけよ」
─────ある時から、彼はパッタリと店に来なくなった。1日と欠かさずに来てくれていたのに。
お金が無くなった……わけはない。病気とか体調不良なら、天災でも起こるだろうから違う。
「……私に愛想が尽きた」
ボソッと呟いた言葉に、納得した。あぁ、これだ。
約半年、ずっと気にかけてくれたのに、素っ気ない態度しか取れないこんな可愛くない女、そりゃ飽きられる。誰にも気づかれないように、私は一晩枕を濡らして、彼を忘れる努力をはじめた。
─────それから、3日後。
「ふぅん、これがねぇ」
誰が想像しただろう。
吟味でもするように、綺麗な女性が私を見ている。初めて会うその女の耳に、彼のと同じ耳飾りが輝いているのが目に入った。
この人…もしかして…。
───バンッ
女が口を開こうとしたその時、勢いよく扉が開け放たれた音がした。音のした扉の方を見ると、そこには、彼がいた。
久々に彼の顔を見た瞬間、私の瞳から涙が溢れた。
✩.*˚
全身を怒りが支配している。
───バンッ
力任せに扉を開け、あの娘のいる居酒屋に入った。あぁ、腹立たしい。最悪だ。
俺の大切な娘の前に立つ、露出の多い女が目に入る。会わせたくなかったから、ここ数日、娘に会うのを我慢してきたのに。
「あら、珍しい方がいらしたわねぇ?」
女は何か言いたげな顔で、イタズラな笑み浮かべている。
いつもならぶっ飛ばしてやるが、娘は暴力を嫌う。ここは我慢だ。
「とっとと帰るぞ……」
女を連れていこうとしたその時、俺は娘と目が合った。泣いていた。いつも強気で、芯がしっかりしてて、俺にも臆さない、そんな娘が泣いている。
「おい、何をした」
「え?私は何もしてないわよ?それより、その子と知り合い?この街の有名人らしくって、私、会ってみたくて来ちゃったの!」
女は満面の笑みで、俺に話しかけてくる。だが、どうでもいい。何もしてないなら、なぜ娘が泣いている。
「……好きです。好きです。……嫌いにならないで」
俺の腕を掴んで、涙声で俺に愛を告げる声がする。
ずっと期待してた言葉のはずなのに、いざ言われると、何と答えていいか分からない。
❀.*・゜
彼の事なんて、忘れようと思った。でも、出来なかった。だから、どうせならちゃんと振られたい。
「…好きです。……好きです」
初めて、正直に思いを告げた。周りに人が居るのに……後で絶対からかわれる。でも、もう言う機会なんてないだろうから。
「ちょっと!死にたいのっ!?」
そう言って、女の人が彼の腕を掴んだ私の手を無理やり引き離した。
やっぱりこの人は、彼と……。惨めだ……。
「……え、顔真っ赤よ?何?とうとう壊れた?……え……もしかして?」
女の驚いた声。
俯いていた顔を上げると、いつも涼し気な顔が一変、真っ赤な顔の彼がそこにいた。私に、告白しているときでさえ、お酒を飲んでも、顔色ひとつ変えなかったのに……。
「あっはははは……なるほどねぇ。みんなに報告しなくちゃね!あ、結婚式には呼んでよ?」
真っ赤な顔の彼を見て、女は嬉しそうな顔で出ていった。
え?どういう?
「……今の……本当に?」
「へ?」
突然話しかけられて、変な声が出た。
「俺のこと……好き?」
照れた顔でそう問う彼が、いつもはかっこいいと思っていたのに、今日は可愛く見えた。何だか言葉にするのが恥ずかしくなって、コクンと首を縦に振る。
「「おおおぉーーー!!」」
その瞬間、周りの常連のおじさん達が一斉に声をあげた。
「良かったな、兄ちゃん」
「うちの子、よろしくねぇ」
おじさん達も両親も、自分事のように大はしゃぎだ。
「酒持だ!今日は祝杯だぞ!!」
その後は、みんなで一晩飲み明かすことに。
「好きだ。結婚……してくれ」
みんなが酔いつぶれた頃、彼は顔を赤らめて、改めてそう言った。
「はい!もちろん」
私は、笑顔でそう答えていた。
✩.*˚
目が覚めたら、夢なんじゃないかと思った。でも、疲れて俺の横で寝る娘を見て、現実だと実感する。
「お目覚めかい?」
娘の母親が、元気な笑みを向けてくる。
「あんたが何もんか知らないけど、この子はいい子だからね。結婚するって言ったからには、幸せにしてやってくれよ」
優しげな笑みを浮かべる女は、母親の顔をしていた。
「…あぁ、約束しよう。必ずこの子を幸せにする」
───バーンっ!!
「「結婚って本当!?」」
「元気ねぇ」
見知った顔が見える。目を輝かせて、こちらを見ているそいつらに、先程までの幸福感を一掃された。
「……ん?……なに?」
「おはよう」
俺の嫁は、寝起きも可愛い。
「兄貴!結婚って……」
「ちっ、朝から騒々しい。てめぇらの国、海に沈めるぞ!?」
そう言った途端、そいつらは口を抑えて、しおらしくなった。毎度毎度……脅さなきゃ黙れないのか。
「はぁあ。一度、帰るわ。またな、俺のお嫁さん」
そう言い残し、俺は馬鹿共を連れて一旦城に帰った。
俺はゆっくりやりたかったが、うちの馬鹿共が勝手に色々進めやがって、次の週には結婚式が行われた。
俺が大々的なものを大いに嫌ったためか、規模は小さめにしたとあいつらは言っていた。どこがかと聞いてやりたいほどに、盛大で豪華な結婚式が開かれた。
娘もその両親も楽しそうだから、いいけど。
「本日は、ご結婚おめでとうございます!」
女が娘にそう声をかけた。相変わらず、露出度が高い服だ。風邪ひいても知らんぞ。
「王ともあろう者共が、揃いも揃って結婚式に参列とは、暇そうだな」
わざと嫌味混じりに言った。
「お兄様だって王じゃない!全く仕事をしない、怠惰な王様」
「俺が働いたら、お前らが働かなくなるからだろ?」
言い返せない女は、不貞腐れた顔をする。こいつらとこんなバカ話をするのも随分と久々な気がする。
俺たちの結婚式は、無事に終わった。娘は俺の兄弟たちともいつの間にか打ち解けたようで、俺の昔話を目を輝かせて聞いていた。俺は嬉しいような、小っ恥ずかしいような、複雑な感情だったが……。
─────幸せな人生だった。娘は歳をとり、俺を置いて死んで逝った。
「父様?」
子宝にも恵まれて、もう曾孫もいる。息子は俺とは違って、ちゃんと王様をやっていた。それぞれの国も、平穏に治められている。
俺も歳をとった。死期が近いのだろう。
「……お前の母さんは、幸せを運んでくる精のようだった。……知っているか、精霊は人の強い思いから生まれるそうだ。今の俺が精霊になったら、何の精霊になるのだろうな」
怒りの感情に任せて、沢山の人を殺した。……闇の精霊だろうか。
娘と過した全てが幸せだった。……愛の精霊だろうか。
大切な者を失い何日も泣いた。……嘆きの精霊だろうか。
きっと、あの娘なら優しい精霊になるんだろうな。そんな事を考えながら、重い瞼を閉じた。
「……おやすみなさい。初代皇帝陛下」
─────この国で一番立派で、綺麗な桜の木。その下には、この国の初代皇帝とその妻の遺体が眠っている。
少年は桜を見上げた。
「行くよー?」
遠くで俺を呼ぶ声がする。
「あぁ!……また来るよ」
娘の眠る桜の木にそう囁くと、少年は背を向けて歩き出した。あの子との思い出を胸に……。
読んでいただいて、ありがとうございました。
名前はどうしようかと思ったのですが、読者の皆さんにおまかせしようと思います。
王様は5人兄弟の一番上です。すっごく優しい人ですが、怒ると怖いです。アメとムチを使いこなした、いい父親になったことでしょう。