表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

変わらぬもの

変わらぬ愛をあなたに

作者: 黒雲 優

✩*.゜

 昔は、今よりも随分と荒れていた。


 俺は王だ。といっても、形だけの王。俺はいつも独りだった。


 大きくなり過ぎた国を5つに分け、兄弟と共に治めていたのは、もう、昔のことだ。俺一人が何もしなくても、誰も何も言わない。だから、すべて兄弟と臣下に任せ、俺は今日も惰眠を(むさぼ)る。


 俺が何をしようと、誰も何も言わない。


 いつからか、民は俺を〝天災〟と呼ぶようになった。誰もが俺のする事を〝天災だから仕方ない〟で終わらす。


───つまらない───




「いい加減にしてください!あなたは、私たちの王様でしょっ!?」


 暗い王宮の一室に籠って、どのくらい経った頃だろうか。


 娘が一人、俺の城に土足で踏み入り、俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。誰もが天災で済ましてきたことに、その娘は怒っていた。


 それがなぜか、酷く嬉しかった。

 そして俺は、その女が欲しくなった。


「俺、お前に惚れた。なぁ、俺と結婚しない?」

「は?…嫌です」


 人生初の告白だったのに、随分あっけなく振られた。だが、そんな所も気に入って、俺はますます娘に惚れ込んだ。




─────娘は居酒屋の看板娘で、俺は常連客になるほどその店に足を運んだ。


「ありがと。ねぇ、結婚しようぜ?」

「お断りしまーす」

「そういう所も好きだよ」

「バカっ!」


 いつしか、頼んだ物を持ってきてもらった時、そんな事を言い合うのが恒例になっていた。店の他の客や彼女の両親は、それを見ながらわっと笑う。


 茶化すだけだった酔っ払いの男たちは、最近では慰めの酒をおごってくれる。


 まあ、裏で賭けでもして内心楽しんでいるのだろうが。


 誰も俺が王だと知らない。俺は全く表に出なかったから。だから気兼ねなく街へ降りては、娘に愛を囁き続けた。






❀.*・゜

 どれだけの人が傷ついても死んでも、誰もが〝仕方ない〟で済ましてしまう、そんな王の存在が嫌いだった。だから、死を覚悟して文句を言いに行った。せめて、少しでも傷つく人が減るように。


 なのに、どうしてこうなったのか。


「結婚しよ!」

 顔立ちの整った青年が、いつものように私に愛を囁く。


「お断りしまーす」

 私もいつものように返す。はぁ、これで一体、何百回目だろう…。


 周りの酔っぱらいの客や両親は、男勝りで男っ気の全くない私に、やっと春が訪れそうだと喜んで、助けてくれない。誰もこの青年が、あの王様だなんて思うまい。


 王の城には行ってはいけないという掟を、私は破った。だから、私から話すことはない。私だって怒られたくないし、それに、あまりに彼が幸せそうに笑うから…。


「何が嫌なの?あんないい男、お前にはもったいないくらいだよ」

 母は彼を気に入っている。


 正直、不満は無い。今まで聞いていた話とは似ても似つかないほど、実際に会った彼は優しかった。困っている人には必ず手を差し伸べ、どんな人にも平等に接し、どんな人とも仲良くなっていた。酒癖が悪い人とも、良くない噂の多い者とも、いつの間にか友達だ。


 彼に惚れないわけがない。街の女の子は、彼が私を「好きだ好きだ」と言っているからおとなしくしているが、陰でキャーキャー騒いでいるのを私は知っている。


 私だって彼女たちに負けないくらい彼が好き。でも、絶対に言わない。


 それを言ったら終わりだから。


 彼はきっと、自分に反抗する私を面白がってるだけ。だから、私は彼を好きとは言えない。言えば、彼は私をもう見てくれない。

「……今だけよ」




─────ある時から、彼はパッタリと店に来なくなった。1日と欠かさずに来てくれていたのに。


 お金が無くなった……わけはない。病気とか体調不良なら、天災でも起こるだろうから違う。


「……私に愛想が尽きた」

 ボソッと呟いた言葉に、納得した。あぁ、これだ。


 約半年、ずっと気にかけてくれたのに、素っ気ない態度しか取れないこんな可愛くない女、そりゃ飽きられる。誰にも気づかれないように、私は一晩枕を濡らして、彼を忘れる努力をはじめた。




─────それから、3日後。

「ふぅん、これがねぇ」

 誰が想像しただろう。


 吟味でもするように、綺麗な女性が私を見ている。初めて会うその女の耳に、彼のと同じ耳飾りが輝いているのが目に入った。


 この人…もしかして…。


───バンッ

 女が口を開こうとしたその時、勢いよく扉が開け放たれた音がした。音のした扉の方を見ると、そこには、彼がいた。


 久々に彼の顔を見た瞬間、私の瞳から涙が溢れた。






✩.*˚

 全身を怒りが支配している。


───バンッ

 力任せに扉を開け、あの娘のいる居酒屋に入った。あぁ、腹立たしい。最悪だ。


 俺の大切な娘の前に立つ、露出の多い女が目に入る。会わせたくなかったから、ここ数日、娘に会うのを我慢してきたのに。


「あら、珍しい方がいらしたわねぇ?」

 女は何か言いたげな顔で、イタズラな笑み浮かべている。


 いつもならぶっ飛ばしてやるが、娘は暴力を嫌う。ここは我慢だ。


「とっとと帰るぞ……」

 女を連れていこうとしたその時、俺は娘と目が合った。泣いていた。いつも強気で、芯がしっかりしてて、俺にも臆さない、そんな娘が泣いている。


「おい、何をした」

「え?私は何もしてないわよ?それより、その子と知り合い?この街の有名人らしくって、私、会ってみたくて来ちゃったの!」


 女は満面の笑みで、俺に話しかけてくる。だが、どうでもいい。何もしてないなら、なぜ娘が泣いている。


「……好きです。好きです。……嫌いにならないで」

 俺の腕を掴んで、涙声で俺に愛を告げる声がする。


 ずっと期待してた言葉のはずなのに、いざ言われると、何と答えていいか分からない。






❀.*・゜

 彼の事なんて、忘れようと思った。でも、出来なかった。だから、どうせならちゃんと振られたい。


「…好きです。……好きです」

 初めて、正直に思いを告げた。周りに人が居るのに……後で絶対からかわれる。でも、もう言う機会なんてないだろうから。


「ちょっと!死にたいのっ!?」

 そう言って、女の人が彼の腕を掴んだ私の手を無理やり引き離した。


 やっぱりこの人は、彼と……。惨めだ……。


「……え、顔真っ赤よ?何?とうとう壊れた?……え……もしかして?」

 女の驚いた声。


 俯いていた顔を上げると、いつも涼し気な顔が一変、真っ赤な顔の彼がそこにいた。私に、告白しているときでさえ、お酒を飲んでも、顔色ひとつ変えなかったのに……。


「あっはははは……なるほどねぇ。みんなに報告しなくちゃね!あ、結婚式には呼んでよ?」


 真っ赤な顔の彼を見て、女は嬉しそうな顔で出ていった。


 え?どういう?




「……今の……本当に?」

「へ?」

 突然話しかけられて、変な声が出た。


「俺のこと……好き?」

 照れた顔でそう問う彼が、いつもはかっこいいと思っていたのに、今日は可愛く見えた。何だか言葉にするのが恥ずかしくなって、コクンと首を縦に振る。


「「おおおぉーーー!!」」

 その瞬間、周りの常連のおじさん達が一斉に声をあげた。


「良かったな、兄ちゃん」

「うちの子、よろしくねぇ」

 おじさん達も両親も、自分事のように大はしゃぎだ。


「酒持だ!今日は祝杯だぞ!!」


 その後は、みんなで一晩飲み明かすことに。




「好きだ。結婚……してくれ」

 みんなが酔いつぶれた頃、彼は顔を赤らめて、改めてそう言った。


「はい!もちろん」

 私は、笑顔でそう答えていた。






✩.*˚

 目が覚めたら、夢なんじゃないかと思った。でも、疲れて俺の横で寝る娘を見て、現実だと実感する。


「お目覚めかい?」

 娘の母親が、元気な笑みを向けてくる。


「あんたが何もんか知らないけど、この子はいい子だからね。結婚するって言ったからには、幸せにしてやってくれよ」

 優しげな笑みを浮かべる女は、母親の顔をしていた。


「…あぁ、約束しよう。必ずこの子を幸せにする」



───バーンっ!!

「「結婚って本当!?」」

「元気ねぇ」

 見知った顔が見える。目を輝かせて、こちらを見ているそいつらに、先程までの幸福感を一掃された。


「……ん?……なに?」

「おはよう」

 俺の嫁は、寝起きも可愛い。


「兄貴!結婚って……」

「ちっ、朝から騒々しい。てめぇらの国、海に沈めるぞ!?」

 そう言った途端、そいつらは口を抑えて、しおらしくなった。毎度毎度……脅さなきゃ黙れないのか。


「はぁあ。一度、帰るわ。またな、俺のお嫁さん」

 そう言い残し、俺は馬鹿共を連れて一旦城に帰った。






 俺はゆっくりやりたかったが、うちの馬鹿共が勝手に色々進めやがって、次の週には結婚式が行われた。


 俺が大々的なものを大いに嫌ったためか、規模は小さめにしたとあいつらは言っていた。どこがかと聞いてやりたいほどに、盛大で豪華な結婚式が開かれた。


 娘もその両親も楽しそうだから、いいけど。


「本日は、ご結婚おめでとうございます!」

 女が娘にそう声をかけた。相変わらず、露出度が高い服だ。風邪ひいても知らんぞ。


「王ともあろう者共が、揃いも揃って結婚式に参列とは、暇そうだな」

 わざと嫌味混じりに言った。


「お兄様だって王じゃない!全く仕事をしない、怠惰な王様」

「俺が働いたら、お前らが働かなくなるからだろ?」


 言い返せない女は、不貞腐れた顔をする。こいつらとこんなバカ話をするのも随分と久々な気がする。


 俺たちの結婚式は、無事に終わった。娘は俺の兄弟たちともいつの間にか打ち解けたようで、俺の昔話を目を輝かせて聞いていた。俺は嬉しいような、小っ恥ずかしいような、複雑な感情だったが……。






─────幸せな人生だった。娘は歳をとり、俺を置いて死んで逝った。


「父様?」

 子宝にも恵まれて、もう曾孫もいる。息子は俺とは違って、ちゃんと王様をやっていた。それぞれの国も、平穏に治められている。


 俺も歳をとった。死期が近いのだろう。


「……お前の母さんは、幸せを運んでくる精のようだった。……知っているか、精霊は人の強い思いから生まれるそうだ。今の俺が精霊になったら、何の精霊になるのだろうな」


 怒りの感情に任せて、沢山の人を殺した。……闇の精霊だろうか。

 娘と過した全てが幸せだった。……愛の精霊だろうか。

 大切な者を失い何日も泣いた。……嘆きの精霊だろうか。


 きっと、あの娘なら優しい精霊になるんだろうな。そんな事を考えながら、重い瞼を閉じた。


「……おやすみなさい。初代皇帝陛下」






─────この国で一番立派で、綺麗な桜の木。その下には、この国の初代皇帝とその妻の遺体が眠っている。


 少年は桜を見上げた。


「行くよー?」

 遠くで俺を呼ぶ声がする。


「あぁ!……また来るよ」

 娘の眠る桜の木にそう囁くと、少年は背を向けて歩き出した。あの子との思い出を胸に……。

読んでいただいて、ありがとうございました。

名前はどうしようかと思ったのですが、読者の皆さんにおまかせしようと思います。


王様は5人兄弟の一番上です。すっごく優しい人ですが、怒ると怖いです。アメとムチを使いこなした、いい父親になったことでしょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ