7.気になるあのコの正体は
「…は?」
「『幻影サーカス』の、情報が欲しいの」
正樹は明らかに動揺した表情で、泉を見ている。その眼が“正気か?こいつ”と訴えかけてくるようだ。
「…ごめん。流石にそれは…取り扱ってないなぁ…」
「…そう」
正樹の瞳が泳ぐ。キセルから煙が上らなくなっているのにすら気づかないようだ。
「…『本人』から脅されてるの?」
ピシッ、と音が鳴るくらい唐突に、正樹の動きが止まる。ゆっくりと、視線が泉の方へ向いた。
「…脅されてるなら別にいい。命より大切な情報なんて存在しないのだから」
『幻影サーカス』、無残に、冷酷に、ただただ人を殺す殺人鬼集団。彼等に「情報を売るな」と命と引き換えに脅されているのなら。もう、泉は諦めるしかないのだ。
「失礼したわね、マサ。それじゃあ私はこれで」
「待て」
椅子から腰を上げかけた泉を、言葉で、手で制する。
「…あるよ、少しだけ。ただ──ここしばらくリストを、ファイルを開いていないから、探すのに時間がかかる。少しだけ待ってくれないか」
その言葉に、泉は無言で正樹を見つめ、椅子に座り直した。
「ふぇっくし!」
…しんとしたシリアスな空気の中、紅のくしゃみが部屋に響く。
「…紅、部屋の外に出ていていいわよ」
「え、でも泉ちゃん、私監視されなきゃ…」
「これは命令よ。これ以上耳障りなくしゃみを聞かせる前に、この部屋の外に出なさい」
「…はーい」
鼻をすすりながら、紅が部屋の外に出て行く。廊下から、またくしゃみが聞こえてきた。
「随分とまぁ、信頼しているんだねぇ」
「まあ、ね」
ガサガサと本棚を探りながら正樹が呟く。「…本当に信頼できる人間なんていないのにねぇ」と。
「ああ、あったあった。これだよこれ。そうだよ、本棚だと簡単に見られちゃうから引き出し(鍵付き)に入れたんだった。すごい埃塗れになっちゃったなぁ」
引き出しから薄いファイルを取り出し、表紙の埃をパンパンと落とす。フッと軽く息で埃を飛ばした。
「はい、これ。ただこれ割と古いから今と違うかもしれないけど」
「わざわざありがとう」
泉がパラパラとページをめくっている間に、正樹は手近な瓶から細かく切られた茶葉のようなものをキセルに詰め込み火をつける。泉の手が、あるページで止まった。
「…最悪の予想が当たったわね」
「お嬢様、彼女は…」
「どうしたんだい?」
「マサ、これは何年前作ったリストなの?」
「んー?い〜つだったかなぁ……たし、か、えーっと………五年、いや四年前かな」
「四年?」
「そー、たしか四年くらい。三年以上五、六年未満。でも、『幻影サーカス』って意外とメンバー変動激しいから、今もいる奴は何人いることやら」
「四年も?」
「うん?」
正樹が泉の方に顔を向けると、泉はまっすぐにリストを見ていた。その表情からは、驚愕が容易に読み取れる。
「…四年も彼女は、『幻影サーカス』にいるって言うの?」
泉が見ているのは、「空中ブランコ」というメンバーのページ。冷め切った紫の瞳に、サラサラな紫の髪。今より幼い上仮面をつけているが、泉の能力により一瞬で理解できた。リストにも、『目測十歳前後』とあるし間違いない。
「『幻影サーカス』空中ブランコは──冷祈濡漓」
転校生は、『幻影サーカス』のメンバー、ヒトゴロシなのだ。