3.招かれざる転校生
おはようございます、と挨拶をしながら、泉達は教室へ入る。普段から笑顔で人気者の紅や、高身長でイケメンで憧れの的の八多は、すぐに人に囲まれた。なお、泉はその様子を見ても何も言わずに席に着き、くああ、とあくびをした後に、ノロノロと、カバンからうまくページをめくれないほど濡れた教科書を広げていく。
八多はラブレターを大量にもらって全て突っぱねている。そもそも彼自身がもうすぐ三十路なのだ。学生の告白を聞くはずもない。
いつからかはもう知る由もないが、どこぞのなんとかという科学者が、成長を止め、老いを止める薬『heroic』、通称「不老薬」を開発した。そして八多は、二十歳になった瞬間にすでに「不老薬」を使用している。その為、八多は何歳になっても若々しいまま。八多だけではない、今や世界の大人の大部分が、不老を手にしている。ただし、「不老薬」を使用していても、寿命がくれば全身の細胞が死滅していき死に絶える。事故や病気でだって、殺されたって死ぬ。それはあくまでも身体的な若さを死ぬまで保つだけなのだ。
一方紅は、周囲の生徒達にお金をせびられている。それでも紅はニコニコと笑顔を崩さない。知っているからだ、自分のように亡霊ハンターに拾われなかった能力者が、どのような扱いを受けているのか。自分が十分すぎるほどに恵まれていることを知っているから。だからあくまで笑顔を崩さず、優しく「ごめんね、無理」とだけ告げて泉の元へ行く。泉の元へ行った暁には、もう誰もお金をせびる真似はできない。泉が淡々と正論を浴びせ続けて断り、「どう?私何か間違ったこと言った?」と明らかに学生ではなくヤクザが纏うような威圧感を纏って、眼だけで「さっさとあっち行け」と追い払うからだ。
ニコニコと笑いながら、紅が嬉しそうな声で泉に話しかける。
「そうそう泉ちゃん、知ってる?今日このクラスに転校生が来るんだって!!しかも女の子!万年ぼっちの泉ちゃんも、友達を作るチャンスだよ!」
「ふーん」
この二人、二人揃って実に感情がわかりやすい。紅は楽しみで仕方がない、泉はまるで興味ない、と声音が表している。
「いや『ふーん』て何『ふーん』て!!さらっと私のディスもスルーしてるし。でもどんな子かなぁ、可愛い子だといいなぁ、友達になれたら、一緒に遊園地行って、カラオケ行って、あっ、ショッピングもいいかな!服とかいっぱい買うの!どう思う?泉ちゃん!」
「まずはその独特な髪型をどうにかしたほうがいいと思う」
顔を上げずに泉がズバッと告げる。顔を上げずとも紅の表情がとてもよくわかるからだ。
「えっひどい、これは私のアイディンティティだよ。そういうトコだよ、泉ちゃん」
二つ結びにした腰まである亜麻色の髪を、指でくるくると弄りながら紅が不満気に言う。しかし、口元には満面の笑み。泉に悪口や皮肉を言われても、転校生が来る喜びが勝っているようだ。
「席につけー」
先生が入ってきて、騒いでいた生徒が一斉に自分の席に向かう。
「えー、知ってる奴も多いと思うが、今日このクラスに転校生が来た」
おー、やっぱりー、と生徒達がざわざわ騒ぎ出す。先生がこっちを見た為、泉は音を立てて足を床に叩きつけた。「黙れ」の合図だ。生徒達はもうその合図に慣れているようで、少しビクッとした後に、正面を向いて口を閉じた。泉は肩をすくめ、常々思う。
(…怒りたくないからって私を使うの、ホントやめてほしいわ。)
「それじゃ、入っていいぞ」
「はーい」
高い声が教室に響き、転校生が姿を現す。鮮やかな紫色の髪にぱっちりとした紫色の瞳。左側でまとめられた髪が彼女の動きに合わせて揺れる。細くて長い手足が、丁寧な所作を生み出している。背は高いが、それすら気にさせないほどのモデル体系。顔も普通より「可愛い」の部類に入るだろう。思わず男子から感嘆のため息が漏れた。
教壇の前に立ち、皆の方を向いて口を開く。
「冷祈濡漓です。よろしくお願いします♪」
……泉は猛烈に嫌な予感がした。