009
何でもイリナはまだこの街に来たばかりで、日用品などを買い揃えていなかったらしい。
気軽に『喜んで』なんて言ってしまったが、女の子の買い物というのは得てして時間がかかり、一回で買う量が膨大だ。
それはもうこき使われてしまった。
女の子と買い物に行くときは気をつけなくては……。
「やっと終わったぁ……」
僕はベンチに座りながら、大きなため息を吐く。
「お陰で色々買えたわ、ありがとう」
良かった、一応役には立てたようだ。
「いいよ、これぐらい。五年前ぐらいに突然会えなくなちゃったからさ、久々に二人でいた気がして嬉しかったぐらいだよ」
五年前、共に遊ぶことが頻繁にあったイリナと、突然遊ぶことができなくなった。
何故だったのか、それは今でも知らない。
「五年前、か……」
イリナは少し物憂げな顔をして、呟くように言う。
「結構寂しかったんだよ?僕友達なんてイリナぐらいしかいなかったし。あの時何かあったの?」
「いや?勉強とかそれこそ武術の稽古が忙しくなっただけ。何も言えないまま会えなくなちゃったのはごめんね。本当にいきなり忙しくなっちゃったのよ」
イリナは虚空を見上げて、遠い昔を思い出しているように話す。
なんか取り繕ってる感じがあるんだよなぁ……聞いても絶対言ってくれなさそうだけど。
「そうだったんだ。でも今度はそういうことになる前に言ってね」
「うん、ごめんね。今度は絶対言う」
イリナの微笑みは弱々しくて、イリナには悪いが、あまり信頼できたものではなかった。
そして、この良い雰囲気をぶち壊すように、魔族の声が聞こえる。
「おいおい、人間様がこんな魔族の中心地で何やってんだ?」
「やめとけよ。どうせ移民かなんかだろ?ああいうのには関わるだけ無駄だっての」
「ハハハ、それもそうだな!」
そう吐き捨てるように言って、さっさと歩いていってしまう魔族の二人組。
ああいう輩ってのはどこにでもいるんだよなぁ。
多分色々溜まってる結果、僕達でそれを発散しているだけなんだろうけど。
こちらこそ関わるのは……イリナがいない。
僕は恐る恐る魔族達の方を見ると……やっぱりいた。
「あん?テメ、へぶぅっ!!?」
既にイリナは綺麗に顎を蹴り上げている。
魔族の体が大きく宙に舞って、地面に落ちる。
これは脳震盪でしばらく動けそうもないな。
そういえば、どんなスキルを持ってるんだろう?
大分身体能力に補正が入ってるように見える。
「弱い人間がどういうつもりだ!?魔族に楯突いたらどうなるか分かってないのか?」
倒れた奴よりは利口そうな奴まで血が上ってる。
まぁでも、一番血が上ってるのは……。
「あ?……そっちから聞こえよがしにちょっかいかけて来たんでしょ?人間様に楯突いたらどうなるか、教えてあげましょうか?」
ドスを効かせた声で相手を睨みつけるイリナ。
イリナ完全にキレているようだ。
「このアマ!調子こいてんじゃねぇぞ!!」
男もイリナにブチ切れながら、手を前に突き出す。
魔法まで出すか!?
しかもあの魔法陣は《業炎球》だ。
「《瞬閃》」
僕がイリナのその声を聞いた時には、魔族の魔法陣は消えていて、いつの間にかイリナは魔族の後方にいた。
これまた宙に舞った魔族はイリナの移動より遅れた地面に落下する。
「すげーな。今の一撃、全く見えなかった」
「あいつら人間族にもスキルっていう武器があるって知らねぇのか?」
「ああいうのはだけが魔族とは思われたくねぇもんだよな。まぁ、純血の連中には多い考えだけど」
あっという間に野次馬が集まってきたいた。
乱痴気騒ぎを興味本位で観戦しているのを見ると、どこの魔族も血の気が多いのは変わらないようだ。
「二度と舐めた口聞くんじゃないわよ?」
イリナはまだ意識のある魔族の方に釘を刺すように言う。
「は、はい、すいませんでした!!」
そう言って、もう一人を置いて行ってしまう魔族。
「何やってんの」
僕の元に帰ってきたイリナを嗜めるように言う。
「だってあいつらがあからさまに悪口言うから……」
イリナは子供が言い訳する時のように、目線を逸らしながら言った。
「だからってあんなにすることないでしょ」
具体的に目立ってるし。
「ご、ごめん……」
今度は怒られた後の子供のように悲しげなオーラを漂わせてそう言う。
な、なんか僕が悪いことをしたみたいだ。
「ま、やっちゃった物はしょうがないし、ぶっちゃけ……」
少し喧嘩っ早いけど曲がったことが大嫌いで、弱い人とか困っている人を放って置けなくて、何より人の為に怒ってくれる。
「すごくスッキリした!」
昔から全然変わってないイリナだった。
「それならそうと、早く言いなさいよ!説教ばっかりして……メイドのおばさんみたい!」
お、おばさんって……失礼だなぁ。
そう思った僕は少しだけ、腹が立ってきたので意地悪をしてみる。
「……ならもう荷物は持てません。老人は労ってください」
僕は大量の荷物をその場に置く。
「冗談、冗談だから!私の部屋まで運んでよ!」
ふふっ、焦ってる焦ってる!
何度見てもこのイリナの反応は面白い。
「えー、どうしよっかな?」
僕もここで簡単に折れるのも面白くなく思えてきて、冗談を続けることにする。
「ほう……ならば、いつまでも帰ってこないガキはどうしてくれようか?」
急激に頭が冷えて、冷静を通り越して、凍りつく。
でも、この声の主は分かる。
固まる体をなんとか体を後ろに向けていくと――
「こ、こんにちは、伯母さん」
僕は声を震わせながら挨拶をする。
「ああ、こんにちは、我が愛しの甥」
そこには爽やかな笑みを浮かべた伯母さんがいた。
本作をお読み頂きありがとうございます。
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