063
試験開始から約八時間後、僕達は二十階層にいた。
そこで僕達はある異変に気づき始めていた。
「いくら何でもおかしいわよね……?」
「うん……十階層を超えた辺りから、他の人と会うのがすごい減った。十五階層を超えた辺りからは一回も会ってないよね?」
そう、僕達は試験に挑んでいる他の生徒と全く遭遇していないのだ。
速い方ではあるという自覚はあるが、それでも僕達より先に進んでいる人も何人か居たはずなのだ。
それなのに、僕達はそんな人達と全く会っていない。
それはいくら何でもおかし過ぎると思ったわけだ。
「そうね。一体どうしちゃったのかしら?」
「……分からないけど、やっぱり進んでみるしかないよ。もしかしたら、先の階層で会えるかもしれないし」
「それはそうなんだけど、流石に不気味じゃない?魔力の濃さも増してくばかりだし」
「まぁ、でも魔力の――」
と、僕がそこまで言った時、状況は一瞬で変化した。
僕が知覚できたのは金属と金属が激しくぶつかり合う音だけ。
気づいた時には僕の目の前にイリナが立ち塞がっていた。
僕は何が起こったのか分からず、状況を確認しようと、イリナの横に移動する。
するとそこには――
「……どういうことよ、レイラちゃん」
サータリーファルさんがこちらを鋭い視線で睨みながら、奇妙な形の武器のようなものを僕達に向けて立っていた。
僕は上手く状況が理解できなかったが、そこには一つの事実があった。
それは『サータリーファルさんが僕を攻撃しようとした』という厳然たるものだった。
「……やっと、見つけました……!」
息を切らしているのか、少し肩を上下させながら、サータリーファルさんはそう言った。
しかし、そこには僕達が知っているサータリーファルさんの柔和な笑みは無く、こちらを射殺すような、いつもでは考えられない面持ちだった。
「……どういうことかと聞きたいのはこちらです。どういうつもりですか、シオンさん」
「何のことか全然分からないよ!僕達はここまで普通に来ただけで、こんなことをされる覚えはない!」
「シオンさんは私が何も知らないと思っているのかも知れませんが、甘いですよ。証拠は上がってるんです」
僕達はサータリーファルさんが何を言ってるのか分からず、顔を見合わせてしまう。
だが、サータリーファルさんはふざけている感じでもなく、本気で怒っている、失望しているといった感じだった。
だからこそ、僕達はますます分からない。
ここまではルール違反に触れるようなことをした覚えはないし、道中で特に危ないこともしていないのだ。
「この迷宮から四時間程前、強力な魔王の力が観測されました。そして、それと時を同じくして、十数人のリタイアが出ました。その内約半数が過度の魔力減少によって意識不明の状態で転移してきたそうです。それがどういうことか、貴方達になら分かりますよね?」
「残念だけど、私達にはさっぱりよ」
正に一触即発、僕達が少しでも妙な行動を取れば、サータリーファルさんが動くし、逆にサータリーファルさんが動けば、イリナが即座に動く。
そんな険悪な雰囲気がその場に流れ出す。
「……シオンさん、貴方はどうですか?まだシラを切り続けますか?」
イリナに向けていた視線をこちらに移し、サータリーファルさんはそう言う。
「シラを切り続けるも何も、僕達は何もしてないよ」
「そうですか……残念です。シオンさん、貴方とはここでお別れのようです……さようなら」
サータリーファルさんは冷徹な眼差しと右手に持つ武器のようなものをこちらに向け、攻撃を放った。
しかし、その攻撃はイリナによってまたも防がれる。
「レイラちゃん!これ洒落になってないわよ!?」
「…………」
イリナが声を上げるが、サータリーファルさんは冷徹な眼差しを向けたまま、何も言わない。
自分の身を守ることすらできないのが情け無いことこの上ないが、僕はイリナに《魔強化》を使う。
イリナは再び剣を握り直し、サータリーファルさんの前に立ち塞がる。
「……退いてください、《勇者》イリナ。私は魔王監査室筆頭執行官として、そこにいる《魔王》シオンを処断せねばなりません。このまま立ち塞がると言うなら、貴方諸共処断の対象となります」
僕達はサータリーファルさんの言葉にまず自分の耳を疑った。
『処断』という単語は勿論だが、それよりも、僕達二人を《魔王》と《勇者》と見破ったことに驚きを隠せない。
イリナは勇者オーラがダダ漏れという話を聞いたことがあるが、それでも普通の人は勇者だとは気づかない。
そして、そのイリナだけならまだしも、今の僕からは魔王の力の残滓さえ感じられないはずなのだ。
確かに力を発現させてしまうことは今までに何度かあったが、サータリーファルさんに直接見られたことは闘技場でローレンさんと戦った時の一回だけ。
その時は殆ど一瞬の出来事だったし、それで怪しいとは思われても、魔王だと確信するというには納得が行かない。
そういうわけで、どうして僕達の正体がバレたのか全く分からないわけなのだが、今考えるべきなのはサータリーファルさんが本当に僕達を『処断』、つまりは殺すつもりなのか、ということだ。
サータリーファルさんの口ぶりからして、何らかの組織の一員のようだが、魔王である僕が『学院の生徒に危害を加えた』のが原因だとするならば、そこまで筋の通らない処分ではない。
というか、市井の平和を守る騎士のような立場だ。
そういうところから考えると、仮に僕が生徒に危害を加えたことが事実だとすれば、サータリーファルさんに義がある。
つまりは僕を殺すという行為に正当な理由があるということになるわけで、僕を殺すのは至極真っ当だと言える。
しかし、そこで疑問になってくるのが、この迷宮から魔王の力が観測されたということだ。
僕はここに来て、力を発現させた覚えがない、それなのに力が観測されたということは、大きく分けて二つの可能性がある。
一つは本当は魔王の力などそこにはなく、何らかの原因で『観測されたことになっている』可能性。
もう一つは本当に魔王の力が観測されていたという可能性だ。
前者の場合、僕の預かり知るところではない為、原因を特定することが難しいが、何かしらの思惑が働いたと見るのが妥当だろう。
後者の場合、僕が気づかない内に魔王の力が発現した可能性があるが、サータリーファルさんは『強力な魔王の力』と言っていた為、近くにいたイリナが気づかないはずがない。
つまり、現時点で僕が知る情報を統合すると、サータリーファルさんが言っていることは嘘であり、その理由は分からないが、虚偽の観測結果を伝えられた、もしくはサータリーファルさん自身が明確な意図を持って虚偽の発言をしたというのが、僕が推察できることだった。
何がどうあれ、僕がやっていないという証拠を示すことができず、イリナも僕の仲間だと思われているようなので、僕達はサータリーファルさんと戦うしかないという状況なのだろう。
そして、僕がそんなことを考えている内に、僕の目の前では熾烈な戦闘が開始されていたのだった。
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