006
僕は試験官に放送で呼び出され、フィールドに立つ。
とりあえず相手はオーラバリバリのヤバいやつではなさそうなので、まだ安心できそうだ。
人間族ってのは本当に目立つようだ。
試験官も含め、観客のほとんどは驚いたような、面白がるような、まぁ、あまり歓迎されている感じではないのは確かだ。
しかし、今はそんなことを気にしていられる段階ではない。
相手は魔族、そもそも体の性能が違う。
体の頑丈さをある程度引き上げてくれるスキルも僕にはない。
剣術と魔法を上手く使いながら、どうにか切り抜けなければならないのだ。
「両者、所定の位置に着いてください」
一歩、一歩と印がついている場所まで進んでいく。
気合を入れろ。
あんな啖呵まで切ったんだ、ここで負けるわけにはいかない。
大丈夫、僕が小さい頃からやっていた剣術は絶対無駄じゃない。
それに僕には伯母さんから教わった魔法もある。
そう自分に言い聞かせる。
僕は剣を抜き、戦闘態勢になる。
武器の類を出してこないところを見ると、相手は魔法を使ってくるのだろう。
そんな予測を立てて、頭の中で作戦を組み上げる。
「試合開始!」
予想通り、相手は魔法陣を手の前に浮かべ、魔法を放ってくる。
魔法は《火球》、誰でも使える汎用攻撃魔法だ。
僕はギリギリのところで避けて、『ある魔法』を発動する。
すると相手は明後日の方向に魔法を放ち出した。
僕はこうなることを予想できていた為、相手に肉薄し、喉元に剣を突きつける。
「そこまで!」
試験官の言葉と同時に僕は相手にかけた魔法を解除する。
「……はっ!?お、お前、何をした!?」
相手はわけも分からないといった顔だ。
「少し魔法を使っただけだよ」
僕は簡潔にそれだけ答える。
これから一試合あるのだから、まだ種を明かすわけにはいかない。
「チッ……覚えてろよ、人間」
あ、あれ?なんか恨み買われた?
確かに《幻視》なんて初見殺しもいいところだろうけど、僕もなりふり構ってられないから仕方ない、よな?
「シオン・ライトヒルト、貴方はそのまま連戦です。次の相手が来るので、そこで待っていなさい」
試験官は淡々とした口調でそう言う。
勝手な勘ぐりをしてしまうが、学院側にも歓迎されてない気がするなぁ……。
僕がそのまま立って待っていると、次の対戦相手が来た。
そして、残念なことに相手はさっきの試合で見たヤバそうな奴。
僕は潔く貰った薬を飲み干す。
そうでもしないと勝てそうにないから。
まぁ、薬の力がどの程度かは全く分からないけど。
次の瞬間、心臓のあたりが燃えるように熱くなり、僕は突然、痛みにも似た感覚に驚き、その場に座り込んでしまう。
しかし、それも数秒で治り、どういうわけか体中に力が漲ってきた。
かつてないほどの力の流れで、今にも体の外に溢れ出て来そうだ。
「では試合を始めます……試合開始!」
相手は試験官の合図と同時に前と同じように、いきなり距離を詰めて来た。
だが、今の僕は身体能力がかなり上がっているようで、観客席で見ていた時より、はっきりと相手を捉えられている。
「フンッ!!」
相手は息を吐くと同時に、重い一撃を上段から繰り出す。
僕はそれを全力で押し返す。
すると、僕の剣は簡単に相手の剣を押し返し、それどころか、相手ごと大きく吹っ飛ばす。
あの薬、ヤバいものだったりしないよな……?
この力の上昇度は明らかにおかしい。常軌を逸している。
続いて僕は軽い牽制と追撃のつもりで《火球》を放ってみると、更に上級の技である《業炎球》ぐらいの大きさの火球が出てきた。
あの薬には体に何らかの副作用があるではないかと、本当に怖くなってきた。
しかし、それでもなお、相手にはそこまでのダメージは入っていない様子。
やはり化物だったようだ。
「……人間族ながら素晴らしい力と魔力だ。ここまでの人間族はそういないだろう。そんな君がどうして旧魔王領に?」
相手はまだまだ余裕そうに、僕にそんな問いを投げかけてくる。
「……じ、自分を変える為に、ですかね」
本能的に相手を上だと判断したのか、思わず敬語になってしまった。
我ながら見事な弱者意識だ。
「なるほど。君ほどの人間が何を変えたいのか分からないが、私も全力で相手をするべきのようだ……行くぞ、人間!!」
瞬間、凄まじい量のオーラが流れ出し、僕を襲う。
今の僕でこそ、気圧されることはないが、薬を使う前なら、確実に硬直していた。
全く……同年代とは思えない実力だ。
さっきよりもずっと重くなった一撃を受け流しながら、僕は《幻視》を発動する。
「私にはそんな魔法は効かない。私は既に君のオーラを捉えている」
幻覚魔法は相手が冷静ではない場合や、油断している場合に上手く作用する。
それでも今の魔力なら無理矢理にでも押し通せるはずなのだが、全く効いている様子はなく、僕の位置を的確に捉えている。
鋼の如き頑強な体に獣の如き集中力、この人は一体どれだけ僕の上を行っているんだ!?
だが、そう易々と負けてやるわけにもいかない。
僕は相手に圧倒された心を今一度奮い立たせ、《凍結》を発動し、相手の足元を凍らせて動きを鈍らせる。
数秒で破られることは分かっているが、《火球》で追い討ちをかけ、少しでもダメージを入れんとする。
しかし、それもあと少しのところで避けられてしまったのが見えた。
爆発で発生した煙に乗じて、僕は勝負を決めに行く。
「消えた!?……後ろでもない……上!?」
相手は僕を捉えられていなかったが、最後の最後で野性の勘とでも言うべきもので僕を捉える。
でも、いける!
「もう遅い!!」
僕はちょうど相手と太陽の中間に入るように《転移》して、真上から思い切り剣を叩きつける。
パワーよるゴリ押しだが、今の僕の力と重力の力を使えば……行ける!!
剣と剣がぶつかる凄まじい金属音がした後、パキッという相手の剣が折れる音が聞こえ、僕の剣は相手の体を大きく斜めに斬る。
「……降参だ」
相手は少し吐血しながら、そう口にした。
「……降参を受理します。おめでとうございます、シオン・ライトヒルト。速やかに学院のホールに向かうように」
試験官は口惜しげにそう言った。
僕は剣を納め、急いで相手に回復魔法をかける。
「……ありがとう、少年。君のような者と勝負できたこと、光栄に思う。いつかまたよろしく頼む」
額に玉のような汗を浮かばせながら、彼は僕に笑いかけてそう言った。
「いえ、こちらこそ……」
僕達は固い握手を交わすが、どうしても後ろめたくなってしまう。
だって、僕は薬を使ってこの人と渡り合える力を手に入れたんだから。
相手は救護班によって、すぐに運ばれ、僕も速やかに第三闘技場を立ち去る。
勝ったのに釈然としない。
あんな薬使わなければ良かったとは思わないけど、やっぱり卑怯だよな。
朝は晴れていたのに、すっかり曇天となっていた。
それが僕の気持ちを一層暗くさせた。
本作をお読み頂きありがとうございます。
作者から二つお願いがございます。
ずばり、ブクマ登録と評価です!!
評価を頂けると執筆のモチベーションになり、非常に捗ります!
何卒よろしくお願いします!