053
「こんな時間までご苦労ね」
時計の針が五時を回ったところで、僕は剣の鍛錬を止め、部室に戻ってきていた。
部室にはイリナが残っていて、タオルを投げてくれる。
「ありがとう。イリナは何でこんな時間まで残ってるの?」
「あの二人が帰るって言うから、私が荷物の番してあげてたのよ。少し部屋を空けるのとはわけが違うでしょ?」
「そうだったの!?ごめん、もっと早く戻ってくれば良かった……」
僕がイリナに迷惑をかけてしまったことに反省した。
ローレンさんの挑戦的な言葉に僕は相当熱くなっていたようだ。
「それは別にいいのよ。それよりアンタ、何あっさりと負けてんのよ。仮にも魔王であるところのアンタが臣民に負けてどうすんのよ?」
イリナの手厳しい言葉に耳が痛いばかりだが、今回ばかりはそれさえも自分の糧になる気がした。
「僕はまだ魔王になったつもりはないんだけど……まぁ、でも久しぶりに叩きのめされた気がするな。全然敵わなかった」
完膚なきまでに叩きのめされたと言っても過言ではない程には酷い負け方をした。
あれで五番に強い連撃技だというのだから、脱帽してしまう。
「確かに強かったわね。剣術だけで見たら、私だって敵いやしないわ。だからってアンタ、あのまま負けたままでいいわけ?」
「あ、いや、リベンジは一週間以内に果たすって約束はもうした」
「……え、そうなの?」
この態度から見るに、どうやらイリナは僕とローレンさんの話が聞こえていなかったようだ。
「うん」
僕が言うと、途端にイリナは恥ずかしそうに赤面し出す。
「〜〜っ!!そういうのは先に言いなさいよ!?さっきの全部無し!あー、恥かいた……」
僕はそんなイリナの態度に思わず笑ってしまう。
「いや、ありがとう。元気出たよ。イリナに応援されたんじゃ、もう負けられないかな」
「アンタ何小っ恥ずかしいこと言ってのよ!こっちが変な気分になってくるから止めなさいよ!」
心なしか、さっきよりも顔を赤らめて、そっぽを向いてしまうイリナ。
「じゃあ、とりあえず帰ろうか。今日もご飯は食べていくんでしょ?」
「そうね、今日も頂いていくわ」
こうして、サークルの二日目の活動は終了した。
そして、ここから一週間、僕はサークルに顔を出さず、闘技場で剣を振り続けた。
霞の如き記憶と体の感覚を頼りに、あの日受けた技を思い起こしながら、ひたすらに剣を振り続ける。
相手の技に対応した剣の運び、ローレンさんの剣についていける速さ、これらを以て、あの技を打ち砕く。
そのイメージを何度も頭の中で反芻しながら、剣を振り続けるのだ。
剣の鍛錬を始めて六日目、あの瞬間は訪れた。
連日の鍛錬で既に技を破る光明は見出していた。
しかし、未だにその剣が完成することはなかった。
だが、その日二百回目の技の試行を迎えた時、僕の体に何かが舞い降りた。
驚く程自然に流れていく剣、相手の技を躱し、受け流しながら、ローレンさんの技は終わりに向かっていく。
そして、あの時、僕が剣を弾き飛ばされた箇所で、僕はローレンさんの木刀を弾き飛ばした。
「……完成した」
想像の中ではあったが、確かにあの幻影が持つ木刀を僕は弾き飛ばすことに成功したのだ。
客観的に見れば、何の根拠もないシュミレーションだろうが、僕の中では確かな自信が芽生えていた。
「随分と時間がかかったようじゃねぇか。準備はもうできたのか?」
ローレンさんは木刀を肩に乗せながら、変わらず挑戦的な態度でそう言った。
「できたから、ローレンさんを誘ったんですよ」
「そりゃ、結構。そんじゃ、始めるか……あ、その前に一つ言っておくことがある。真面目に鍛錬してたのは分かるんだけどさ……サークル休むのだけは止めてくんない!?お前が居ない間に記念すべき依頼一件目が解決を見ちゃったよ!」
「え、それ本当ですか!?」
一件目の依頼という一種の節目とも言える時に、その場に居なかったというのはかなり痛い。
それだけでサークルは一体感を欠くし、今後の活動にも影響が出かねない。
そして、何より疎外感が半端ないのだ。
「一件目にふさわしい落とし物探しのしょぼい依頼だったけどね、それでも一件目は一件目だろ?お前も分かるよな?」
「分かりますよ!痛い程分かりますよ!行けば良かった、剣なんて放っぽり出して行けば良かった!!」
僕は思わずその場に座り込み、頭を抱える。
「いや、そういうのいいから、さっさと始めるわよ」
今回審判役になってくれたイリナに言葉をかけられ、僕は平常心を取り戻し、心を落ち着かせる。
い、いかん、試合前にこんな心境では出せるものも出せない。
僕は剣を構えて、集中する。
心の波を鎮まらせ、一つの揺れもないようにする、これが僕の集中した時の心境だ。
「じゃあ、両者準備はいいわね?はい、始め!」
イリナの声がかかると同時に僕は一直線に駆ける。
狙うは一点、ローレンさんの胸だ。
技を破って見せろとは言われたが、それまでに試合を終わらせても何ら問題はない。
まぁ、言い換えれば一刻でも早くこの人に勝ちたいのだ。
あの日の戦いは長らく僕の底に眠っていた闘争心を駆り立てた。
この人に勝ちたい、この人を叩きのめしたい、そう思ったのはいつぶりだろうか。
未だかつてない胸の高鳴りに僕は一種の興奮状態にあった。
もう誰も僕を止められない、止めさせない。
そんな自己暗示を僕は無意識下でかけていたのかもしれない。
それは加速度的に僕の『速さ』を上げていた。
気持ちが体を追い越して、あの胸を刺し貫こうとしていて、僕の体を必死にそれについて行く。
たった数メートルの距離が無限に続くような、否、距離が無限に続くのではない、時間が極限にまで引き延ばされ、僕はその中を疾走しているのだ。
永遠を超えて、僕はその鋒を相手の胸に伸ばす。
しかし、相手はまだ上だった。
「ぐぉっ!!?」
ギリギリのところで木刀を挟まれ、受け切られたのだ。
ローレンさんは一瞬で後ろに跳び退き、体勢を整えた。
「……お前、この一週間何した?前とは比べ物になんねぇぞ?お前、体の中に獣を飼ってやがったか」
獣、それは今の僕を一番良く表した言葉かもしれなかった。
この人と刃を交えるのがただただ楽しい、楽しくて仕方ない。
この人と刃を交えていれば、僕はどこまでも高みに昇って行けそうな気がするのだ。
昨日よりも今日、今日よりも明日、無限の向上心が戦いの中でも僕の背中を押していた。
「獣なんて、多分誰でも飼ってますよ。自分の大切なものを見つけた時、人は誰でも獣になれるんですよ。僕の場合、剣だったってことですよ」
「へっ、違いねぇ。かかってこい、あの技でお前をもう一度完膚なきまでに叩きのめしてやらぁ」
ローレンさんはさっきよりも更に挑戦的で、楽しそうな笑みを浮かべて、木刀を再度構えた。
僕も剣を構え直して、打ち込む機会を伺う。
「…………」
「…………」
睨み合い、止まっているように見える僕達だが、胸中では激しい心理戦が行われている。
いかに隙を突いてこの一刀を相手に打ち込むか、そのタイミングを図っているのだ。
そして、場は動いた。
どちらも完璧なタイミングだった。
僕はシュミレーション通りの、否、それ以上の太刀筋でローレンさんの体を捉える。
ローレンさんもまた、前回以上の動きを見せた。
体に絡みつくような連撃を僕はいなし続ける。
無数の完璧な打ち込みを僕は弾く、弾く、弾く。
一太刀たりとも体に受けることなく、ローレンさんの連撃を捻じ伏せていく。
だが、ローレンさんの最後の一太刀、ここで誤差では済ますことができない計算違いが起こった。
ローレンさんは前回を遥かに超える凄まじい速さで最後の一太刀を繰り出す。
正しく剣術の鬼がそこにはいた。
彼もまた、獣を飼っていたのだ。
この戦いの中で自己を研磨し、己の剣術を更に上の段階に昇華させる、これをやってのけたのだ。
しかし、だからといって、負けるものか。
僕と僕の獣はこれ以上の負けを許さない。
負けない、負けられない、僕にはそんな『強い思い』が存在してしまったのだ。
そして、それが思わぬ効果を発揮し、『枷』を解き放ってしまった。
鬼神の如き剣の冴えさえ捻じ伏せる、王の力を僕は意図せず解き放ってしまったのだ。
僕の剣はローランさんの木刀をへし折り、その鋒を眼前に突きつけた。
「…………あっ、し、試合終了!」
僕はこの後、ルール違反をしたことをローレンさんに土下座で謝ることになるのだった。
本作をお読み頂きありがとうございます。
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