049
「というわけで、イリナ、お前この家に住みなさい」
僕達は伯母さんの元に戻るなり、何の脈絡もなく、そんな言葉を浴びせられた。
「急に何言い出してんですか、アンタ」
僕は殆ど反射的に声を上げた。
何がというわけなのか全く分からないし、どんな経緯でイリナを家に住まわせようと思ったのか理解できなかったのだ。
「…………え?」
イリナも口をぽかんと開けて、間抜けた声を出した。
「お前達が出て行ってから一時間、私はイリナの現状についてじっくりと考えてみた。その結果、イリナがこの家に住むのが最善策だと判断したのだ」
「その結論に至った過程を聞かせてもらえますかね?」
「何、簡単なことだ。イリナがこの家で暮せば、食費二食分と、その他諸々の生活費が浮くだろう」
つまり、だ。
伯母さんのイリナへの愛が僕の予想を大きく上回っていたということのようだ。
まさか、食費どころか、生活費丸ごと負担するとまで言うとは思わなかった。
僕は完全に伯母さんを見誤っていたのだ。
「流石にそこまでしてもらうわけには……」
そう、ここまでは僕の予想を超える展開を見せてきたが、イリナの遠慮を伯母さんがどう切り返すか、ここで全てが決まるのだ。
「何を言う。自分の娘を自分の家に住まわせるのは至極当たり前のことだ。何も問題はあるまい」
伯母さんはさも当然といった堂々たる口調でそう言い放った。
「言い切ったよ!この人今、王女様を自分の娘って言い切ったよ!」
「そ、そう言われると……」
僕はそんなイリナの声に嫌な予感を覚えて、ばっとイリナの方を振り返る。
すると、そこには頬を少し朱に染めて、頬に手を当てるイリナがいた。
「いや待って!待ってくださいよ!イリナもイリナで何で頬を赤らめてるわけ!?これもしかして家の中に僕の空間がなくなる予兆ですか?追い出される予兆なんですか!?」
僕の予想を圧倒的に上回る進度で話が進んでいる気がする。
何というか、二人の心の深いところで話が進んでいる気がするのだ。
このままだと本格的に家に居場所がなくなる。
「イリナ、本当はただ私はお前と一緒に暮らしたいだけなのかもしれない。お前は私と一緒に暮らすのは嫌か?」
瞬間、一人の乙女が堕ちた。
「っ!……そんなことないです!私もヒルダさんと暮らしたいです!」
そして、生き別れた親子の再会といった雰囲気を漂わせながら、二人してしっかりと抱き合う。
僕はもう何も言うまいと、すべてを諦めて自分の部屋に戻るのだった。
翌朝、昨日は嫌な夢でも見ていたと自分に言い聞かせ、勇気を振り絞って、リビングに顔を出すと、そこには当然のようにイリナがいた。
昨日の夜に起きた一連の出来事は、勿論夢などではなかったのだ。
「……聞くまでもないかもしれないけど、結局どうすることにしたの?」
僕は内心げんなりとしながらも、一応確認を取っておく。
「来週からここに住むことにしたわ。色々やらなきゃいけない手続きがあるから、それが終わってから引っ越しってことね」
イリナは優雅にお茶をすすりながらそう言う。
「……伯母さん、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすというのは教師としてどうなんですか?」
「別にいいんじゃないか?何かされてもイリナなら返り討ちにできるだろうし」
伯母さんも優雅にお茶をすすりながらそう言う。
いや、待てよ……?
これって、およそ全ての男児が渇望する幼馴染みとの同居生活というやつではないのか……?
よくよく考えてみると、親公認の同居生活みたいなものでもあるし、少し生活に気を遣わなければならないということを除けば、僕には百利あって一害無しなのではないのか……?
僕は間違った慣用句を使っていることに気づかない程、頭の中を健全な男児のしょうもない妄想に支配されていた。
そして、僕が出した結論は――
「……これ、勝ち組だ」
ぽろっとそんな言葉が漏れてしまったが、今の僕の頭の中にあるのは薔薇色の生活のみだった。
「「?」」
イリナと伯母さんは急に喋り出すおかしな僕を横目で見ながら、各々の準備を進めていたのだった。
変な妄想に時間を割いていたせいで、いつもより若干生活のダイヤを遅らせながらも、無事に学院の始業時刻には間に合った。
そしてそのままいつものように授業を終えて、時間は放課後に突入する。
「で、アイツはどうだったよ?」
僕とローレンさんは昨日と同じく教室に集合していた。
ちなみにイリナは今日もバイトということで、ローレンさんと顔を合わせることもなく、さっさと帰ってしまった。
「……あ、多分それは大丈夫です」
僕は終日頭を支配していた妄想を頭の中から一旦追い出し、話を進める。
「え、マジか。てっきり俺は断られるもんだと思ってたんだが」
「まぁ、色々問題を解消できそうな状況になってきたからですかね」
「あ?まぁ、良く分かんねぇけど、これで三人集まったってことでいいんだよな?それで、次の心当たりはあるのか?」
完全に僕に丸投げなローレンさんを少し睨むように見ながらも、機嫌がすこぶる良い僕は次の心当たりについて話す。
「えーと、その次の人なんですけど、多分ローレンさん嫌がります」
「俺が嫌がるって言うと……旦那か?」
「先輩とは立場的が結構似てますね。でも僕が見た限りではローレンさんは先輩の方がまだやりやすそうでした」
「旦那じゃないとすると……おい、まさかそれって……!?」
ローレンさんは僕が言っている人が誰かようやく分かったようで、瞬時に顔を歪めていった。
「はい。多分その人で合ってます。というわけで、もう話は通してあるので、ご覚悟よろしくお願いします」
「それじゃあ、俺が賛成しようが反対しようが関係ねぇじゃねぇか!!」
ローレンさんの悲痛な叫び声が放課後の教室に木霊するのだった。
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