048
「それで今日はいきなりどうしたんだ?」
食卓に食事を配膳し終えた伯母さんは僕達にそう問いかけた。
「実は――」
僕が言うよりも早く、イリナがこうなった経緯をざっくりと話していく。
「なるほどな。居候のお前が勝手な決断をしたことは、本来ならば家主であるところの私がきっちりと言い聞かせなければならないのだろうが、今回お前は悪事を働いたわけではない。寧ろその状況でお前がイリナを連れて帰ってこなければ、それを私は叱っただろうな。だからシオン、お前はもう少し胸を張ってもいいんだぞ?その証拠に夕飯の量も減らしていない」
ここまで少しビクビクしながら聞いていた僕だったが、伯母さんの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。
ついでに僕は自分が何かしでかした場合には夕飯の量が減ることを知った。
「それにしても、その歳で働きに出るとは夢にも思ってなかっだろう?」
「本当ですよ。私が言うのも難ですけど、少なくとも王族の生活じゃないです」
イリナは日頃の苦労を思い出すようにため息を溢す。
ここで僕はイリナが魔族領に来た理由を思い返してみる。
イリナは勇者と魔王が戦わない、人間族と魔族が互いに手を取り合う、そんな世界を作りたいと以前言っていた。
ここからは僕の想像の域を出ない考えではあるが、イリナはそんな世界を作るにはまず、相手のことを知らなければならない、そんなことを考えて魔族領に来た。
そして、僕が魔王であるということが判明し、目的の半分は終えたと言っても良い。
そんな状況下でお金に苦労する生活と束縛されるが高水準の衣食住が保障された生活、これを天秤にかけた時、果たしてイリナはどちらを選んだ方が幸せなのか。
ことによれば、後者の方がもしかすると幸せなのかも知れないと僕は思ってしまった。
「今少し分からなくなってきたんだけど、イリナってなんで学院に通ってるんだっけ?」
一人で悩んでいるのも馬鹿らしいので、僕はイリナに確認を取る。
「言ってなかったっけ?国から魔族の社会を知ってこいって言われてここまで来たの。あの時は少し政治の雲行きが怪しかったらしくてね、私は危うく軍事転用されて、兵器として扱われるところだったのよ。それで、それを良しとしない誰かが私を魔族領で学ばせるって形で一時避難させたってわけ」
イリナは政治上の理由で魔族領に来ていたのか。
自分の意思があったのかと思ったが、王族はそこまで好き勝手に身を振れるわけではないらしい。
「だけど、結果的には魔族のことも分かって、イリナとしては好都合だったんじゃないの?」
「そうね。演説の時に話した通り、あの時から魔族と仲良くしたいっていう思いはあったから、渡りに船って感じだったわね。まぁ、新しい環境にいきなり放り出されたのは少し嫌だったけど」
イリナはそうあっけらかんとした口調で言った。
何というか、この辺は本当にイリナらしい。
「へぇ……それなら、そろそろお金の心配がない王都に帰ってもいいんじゃない?やっぱり、お金稼ぎながら学院に通うのは大変でしょ」
僕はここまでイリナの話を聞いて、純粋にそう思った。
ここでの生活が大変ということは勿論、おそらく王国はイリナを全力で捜索しているだろう。
何故未だに捜査の手がここまで伸びていないのか、それは分からないところではあるが、イリナが見つかれば間違いなく連れ戻されるのだろう。
イリナからすれば志半ばでの不本意な帰還ということになるのだろうが、近頃のイリナは本当に大変そうに見えるのだ、王都での生活の方が楽に決まっている。
まぁ、それを決めるのはイリナであって、僕が自分の胸中でああだこうだ言ったところで何も始まらないとは分かっているのだが。
「……アンタ、それ本気で言ってるの……?」
イリナはいきなり立ち上がり、顔が見えないぐらいに俯きながらそう言った。
「ああ、うん。大変ってのは僕の感覚だけど、最近のイリナは本当に忙しそうにしてるからさ」
僕が言った瞬間、イリナはばっと顔を上げて、涙を堪えているようなキラキラした目を露わにする。
これには流石にただ事ではないと、僕も思わずギョッとしてしまう。
そして、僕とイリナの視線が一瞬交錯した後、イリナはいきなり走り出して、家を飛び出した。
「シオン……お前それはない。あれだ、剣とか魔法の勉強の前に国語の勉強しろ。来年からは筆記の入学試験もするように打診するかな……」
伯母さんは酷く呆れたような声でそう言った後、スープを一口飲んだ。
いきなりの展開に僕はわけも分からず立ち尽くしてしまう。
とりあえずイリナが出て行った玄関の扉を見つめはするが、何をすればいいのか分からないのだ。
「馬鹿か、お前は。走るんだよ、早く追いかけてやれ」
伯母さんは静かな口調で、しかし、その目を今にも僕を射殺さんばかりの鋭いものにして、そう言った。
「は、はいっ!」
その迫力に僕は一瞬固まってしまったが、すぐに逃げ出すように駆け出した。
そのまま家を飛び出すが、イリナがどちらの方向に行ったのかが全く分からない。
仕方なく僕は覚えたての対象の魔力を感知する魔法を発動する。
これには非常に高い集中力を要するのだが、今の僕にはそんな集中力はなく、魔法はこの上なく不安定だった。
お陰でイリナの位置はおおよそでしか分からず、殆ど手探りで探すことになった。
そのまま街外れを探すこと三十分、ようやく小高い丘の上の大木の元に座るイリナを見つけた。
「……何しに来たのよ」
「……イリナを連れて帰りに来た」
ここで伯母さんが言ったから、というは絶対に言ってはいけない気がしたのだ。
「私はもう要らないんじゃないの?私の代わりにレイラちゃんが居るし、ついでにあのクソ野郎も居るじゃない」
イリナは終始顔を見せてくれずに小さく固まったままそれだけ口にした。
「えっと……僕がいつイリナを要らないなんて言ったの?今日ここに来る前に言ったこと覚えてるでしょ?イリナにサークルに入って欲しいってやつ」
「それじゃ、私は人数合わせにだけ必要ってことね」
「いや、そうじゃなくてさ!普通に僕達友達じゃん!さっきはああ言ったけど、イリナが居なくなったら僕だって寂しいよ。だけど、イリナが僕に気を遣って苦しい思いしてるなら、それはなんか違うかなって」
「自惚れんな。私がアンタに気を遣ったことなんて一度もない」
「それは流石に――」
「ないったらない!!大体アンタなんてね、気を遣うに値しないのよ」
「じゃあ、さっきの話は全部なしって方向で!僕が変なこと言ったからさ、機嫌直して戻ってきてよ。僕が言いたかったのは、イリナが好きな道を選んでってこと。だから、本当に出て行って欲しいとかそういうんじゃないんだよ」
「……本当に本当でしょうね?」
「本当に本当だよ」
「……なら今回だけは許してあげる。次ああいうこと言ったら……なんかするから」
「……分かりました」
僕はイリナが終始何に怒っていたのか、それを知ることはなかっだが、とにかくイリナの進退についてはこれより一切口にしないと誓ったのだった。
「それでここどこよ?」
イリナは自分の顔を隠すように僕の前を進みながらそう言った。
まぁ、土地勘のない人が適当に走っていたらそうなるのも無理ない。
「じゃあ、《転移》で帰るから、少し待ってて」
さっきよりは多少落ち着いた頭で僕は《転移》の準備を始める。
すると、隣から声が聞こえてきた。勿論、声の主はイリナだ。
「綺麗ね」
イリナはただそれだけ声を漏らした。
何が、とは問うまでもなかった。
僕はその場に体を投げて、仰向けになる。
僕がゆっくりと目を開けると、そこには空を埋めつくさんばかりの数多の美しい星々が瞬いていた。
家を出た時は若干曇っていたのに、今は雲一つなかった。
「うん……綺麗だ」
不思議と僕も声を漏らしてしまったのだった。
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