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僕が返事をするまでもなく、学長は《転移》を用いて、僕を巻き込んで学長室に移動する。
「まぁ、少し長い話になるかもだから、適当に座ってよ」
学長はそう言いながら、部屋の中で一番瀟洒な自分用の椅子の元まで歩いていく。
僕も言われるがままに学長室に備えつけてあるお客様用のソファに腰掛ける。
「どうだい、この頃は?」
いきなり本題に入るかと思いきや、まずは世間話からのようだ。
学長はニコニコしながら、僕に問いかける。
「楽しく生活させてもらってます。お陰様で自分の力についても知ることができました。その節は本当にお世話になりました」
そう、実家から帰ってきてからというもの、学長は一度として接触を図ってくるようなことはなかったのだ。
つまり、その辺のこともこの人とは話をつけなければならないのだ。
僕はそういう話をするものだと思って、今ここにいる。
「どう致しましてと言っておくよ。まぁ、僕の立場からしたら君に協力するのは至極当たり前のことなんだけどね」
爽やかな笑みを浮かべながら、魔貴族としての彼はそう言った。
「それ関係のこと、ということになるのかな?最近君の周囲を嗅ぎ回っている妙な人達がいるようだ。どこの者かは分からないけど、十中八九君の能力絡みの案件だろう。気をつけておいた方が良い」
ここで僕は以前から気になっていたことを学長に問うてみる。
「僕の能力って一体どれくらいの人に知れ渡っているものなんですか?」
恐らく、以前の人間族と魔族の大戦から生きながらえている学長は以前の魔王を知っているとあって、僕の力の見抜いているのだろう。
それならば、学長のような人はこの世界中に一体どれだけいるのか、それが僕には気になって仕方ないのだ。
「そうだねぇ……僕にも詳しいことは分からないけど、魔貴族の中の何柱かはもう既に勘づいている。この間の大会で発現させた君の力は分かる者なら世界の裏側にいたって感知することができる程のものだった。感知できる先代の魔王の時代から生きている長寿の魔族は滅多にいるものではないけど、確かにそういう種族は存在する。この僕みたいにね」
具体的な数と名前が分からないのは痛手だが、学長やアナデッドさんの他にも僕の力を感知している魔族がいる、ということを知れただけでも十分な成果と言えるだろう。
「了解です。さっきの話も合わせて気をつけておきます」
話が終わったことを感じ取り、僕はそのまま席を立つ。
「いや、まだ話は終わっていないよ。もう一つの話はレイラ・サータリーファルについてだ」
サータリーファルさんの名前を聞いて、僕は思わず学長の方を振り返ってしまう。
「そう驚いた顔をしないでよ。別に彼女を今すぐとって食おうってわけじゃない」
そして、僕は更に驚愕に目を開く。
学長は今、こう言った『今すぐとって食おうというわけじゃない』と。
そう、彼は言外に後々彼女を害する可能性があると言ったのだ。
「そりゃあ、そういう顔をするよねー。まぁ、僕は彼女を少し疑っているってだけだよ。彼女、最近動きが妙なんだ。自分の家に帰る時はいつも《転移》を使うんだ。ああ、それだったたら、君も怪しいってことになるけど、そういうことじゃないんだ。彼女はいつも誰かに《転移》を使ってもらっているんだよ。しかし、術者は僕の感知できる範囲には存在しない……怖い話だろう?」
学長は興味深いことを語るように、顔に微笑を浮かばせながら、平然と言う。
僕はそんな学長に若干の恐怖を覚えながら、それでもしっかりと話を聞く。
「それで、学長はどうする気なんですか?」
「別に?どうもしないよ。ただ彼女が何かしでかしたら、その時は僕もそれなりの対応をしなければならないからね、学長として。まぁ、魔貴族としては極力ノータッチでいたい。人様の家の事情にずかずか踏み込むのはやっぱりタブーだからね」
あくまでも静観だが、何かあった場合には分からない、ということか。
まぁ、僕がそれを知ったところで何ができるというわけではないけど、友達が目をつけられているというのはあまり良い気分ではないのだ。
「じゃあ、今度こそ失礼します」
そう言って僕は止めていた歩みを再び進める。
「うん。気をつけてね、色々」
言いながら手をひらひらと振る学長。
僕はぺこりと頭を下げて、学長室を後にした。
それにしても誰かに嗅ぎ回られている、か。
正直視線を感じたことすらなかった。
単に僕の注意力がないだけなのか、それとも相手の諜報能力が高いのか。
まぁ、どちらにしろ、現時点で力を出せない僕は無力そのものだ。
大人の魔族に目をつけられているとなると、襲われた場合、勝てる見込みはまずない。
だから、僕ができることとしては、一人にならない、周りに助けを求める、これぐらいだ。
僕は周囲の警戒レベルを大きく上げて、学院を後にするのだった。
「盗み聞きとは趣味が悪いんじゃない?」
ルキフグスは隣に『ずっと』いた者に対して窘める気もない癖にそう言う。
そして、話しかけられたそれの姿が浮かび上がってくる。
どうやら、体を透明にする魔法でも使っていたようだ。
「それは言い方が悪い。私は元よりここにいた。呼んだのは貴様だろう、ルキフグス」
豪奢な法衣のような物を羽織っているが、それに包まれる体は骨のみだ。
その証拠に本来なら顔がある部分には髑髏が無表情で載っている。
そう、そこに居たのは魔貴族の当主の一人、リガルス・アナデッドだった。
「そうだっけ?……いや、そうだよ!僕が呼んだよ!だから、帰ろうとしないでよ」
ルキフグスのふざけた言動にリガルスは学長室を後にしようとするが、ルキフグスは何とかそれを止める。
「……それで、私に何の用がある」
「いや、ただ手を出すな、と言いたくてね」
「どういうことだ?私が何に手を出すというのだ」
リガルスは全く心当たりがないといった声音でそう言う。
「分かるだろ?これから始まる『任命試験』にさ」
『任命試験』という単語が何を指しているのかが分かったリガルスは不満げに鼻を鳴らす。
「元より手を出す気などない。私はそもそもまだ彼奴を認めたわけではない。奴の実力を測る良い機会だとすら思っている。これから起こることぐらい、自分の力でどうにかしてもらわねば困る」
「それは僕も同感だ。僕まだ、彼を認めたわけではないからね」
ルキフグスの発言にリガルスは驚く。
「……貴様、それならば何故私の邪魔をした」
リガルスからは確かな殺気が流れ出ている。
「そう怒るなって。試験には順序ってものがある。一次、二次、三次……といった風ににね」
「何が言いたい」
「君のやろうとしたのは殆ど最終試験のようなものだ。ああいうのは最後まで取っておくものさ」
ルキフグスは顔に鋭い笑みを浮かばせる。
そこには自分の領地を荒らすお調子者の姿はない。
あるのは魔貴族として長年生き続けた強者の姿だった。
「ふん……どうなっても知らぬぞ」
そう言い捨てて、リガルスは学長室から消えた。
「さぁ、頑張ってくれよ、役者諸君」
学長室には自分の思い描く未来を頭に浮かべて笑うルキフグスのみが残っていた。
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