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034

 結局、その日の夕飯後には《魔王》の力は最初からなかったかのように、全く感じられなくなった。


 母さんの話では少しずつではあるが、力を引き出しやすくなっており、何年かかるかは分からないが、自然に封印が解ける頃には問題なくスキルを使えるのだと言う。


 正直全く実感の湧かない話なのだが、早く力を使いこなせるようになりたいものだ。


 どうでもいい話ではあるが、後に聞いた話によるとあの三人は先日販売元が摘発され、今まさに王都では消えていくところの危ない薬の使用者だったようだ。


 薬の効果としては体を魔族並みの強度にするのと同時に感情が急激に昂ぶるという作用があるらしい。

 なんとも恐ろしい薬が出回ったものだと思う。


 あれから三日経ち、倉庫清掃の仕事も終わって、僕はまたもや暇を持て余していた。


 そして、一日中無心で素振りをした日の夕方、俄かに我が家は騒がしくなった。


「シオン!《転移》、今すぐ《転移》よ!!」


 いきなり家に駆け込んできて何だと思いながら、僕は一カ月程会っていなかったとすら感じられるイリナの顔を見る。


「……まずはお帰り。で、どうしたの?」


「そんな悠長に挨拶してる暇ないのよ!私、追われてるのよ!」


 イリナは息切れからか怒りからなのかは分からないが、顔を真っ赤にして僕にそう言ってくる。


「追われるって誰にさ?」


 まさか王城を抜け出してきたわけでもあるまいし……いや、イリナなら自分の中に正当な理由さえあればやりかねない。


「あーっ、もうっ!!話はとりあえず後よ!私はおじさんおばさんとフレイちゃんに挨拶してくるから、アンタは荷物の準備でもしてて!」


 イリナはまさに嵐といった感じに突如として現れ、我が家を混沌の渦に巻き込んでいく。


 僕も一応はただ事ではないという雰囲気を感じ取って、部屋に戻って持っていくものを整理する。


 聞こえてくる声から察するに、どうやらイリナが魔族領に戻ることに反対する意見が王宮の中では強いようだ。

 そして、それを聞いたイリナが閉じ込められる前に逃げてきた、というわけのようだ。


 まぁ、王女を単身魔族領に送るというのはいくらイリナが強いとはいえ、正気の沙汰ではない。

 僕が政治の中枢にいるなら、まず止めるだろう。


「兄様、もう行くんですか?」


 僕が作業をしていると、いつの間にか部屋の入り口にフレイが立っていた。


「うん。結構急だけど、あの通り時間がないみたいだから」


 僕は下の階を指してフレイに説明する。


「……色々お世話になりました。またいつか会いましょう」


 まるで今生の別れのようにフレイは言う。

 今回はたまたま休学という形で来たけど、長期休暇になれば、またいつか帰ってこれるはずだ。


「こちらこそ色々教えてもらったよ。今度の長期休暇にも帰れると思うから、そう遠くないうちにまた会えるよ」


 僕は荷物の整理をしながら適当に返す。


「そうですね。色々お世話した気がします」


「そこはいえいえって言ってよっ!まぁ、事実だけどさ」


「ふふっ、そうですね。では、私はイリナさんを手伝ってくるので」


 フレイは笑みを溢しながら、手をひらひらと振って部屋を去っていく。


 やっぱり反応が少し柔らかくなった気がする。

 これなら、次会う時はもっと話せるかな?

 そんなことを思うのだった。



「じゃあ、父さん母さん、行ってきます」


 前は手紙だけだったけど、今回はしっかりと挨拶をする。


「おう、行ってこい!」


 父さんはさっぱりとした反応で、特に心配した様子はない。


 これは単なる無頓着なのか、それとも絶大な信頼なのか、気になるところではあるけど、後者であることを強く願うばかりだ。


「二人とも、体には気をつけるのよ?それと後のことは全部やっておくから、気にしないでね」


 母さんの方は結構心配している様子だ。

 これが多分普通なのだと、僕は安心する。


「はい!よろしくお願いします!」


 イリナはいつもは使わない敬語を使って、ぺこりと頭を下げる。


 僕は既に手に持っていた魔宝石から魔力を借りて、《転移》の魔法陣の構築を始める。

 魔宝石はどこまでも続いているかのような深い紫色をキラキラと輝かせている。


「じゃあ――」


 僕が最後の別れの挨拶をしようとした時、それはフレイの声によって遮られた。


「兄様!少し待ってください!」


 フレイはかなり慌てた様子で二階の窓から飛び降りてくる。

 そのまま僕の目の前まで歩いてきて、首に綺麗な首飾りをかけてくれる。


「それは……!」


 母さんが少し驚いたような声を上げる。

 僕もこれには少し見覚えがある。


 《聖別のアミュレット》、ただのお守りというわけではなく、何日もかけて《聖別》という儀式を行い、強烈な聖なる加護を付与する、これによってその対象物は聖遺物と同じような神性を得るのだ。


 要約すると、作るのは非常に大変。

 フレイはそれを僕にくれたのだ。


「ありがとう。肌身離さず身につけておくよ」


 僕がそう言うとフレイは花が咲いたように笑う。


「無事にまた会えるように、そう思って作ったお守りです。きっと兄様を守ってくれます」


「えー、フレイちゃん、私にはそれないの?」


 イリナは目を輝かせて、僕の首にかけられたお守りを見ながら言う。


「ご、ごめんなさい……時間がなくてこれしか作れませんでした」


「冗談よ、冗談!欲しいのは本当だけど、それがすごい代物ってのは分かってるから」


 イリナはフレイのしょんぼりした顔を見て、慌ててフォロー入れる。


「あ、ごめん。そろそろ構築した魔法陣が消えちゃうかも」


 一度魔宝石から出た魔力は元には戻らない。

 これを逃すと、僕達は二週間かけて魔族領に戻ることになるのだ。


「アンタは本当に空気読めないわねぇ……じゃあ、そういうことだから、三人ともまた今度ね」


 君に言われたくない、という言葉をぐっと飲み込んで、僕も最後の挨拶を頭の中で組み立てた。


「次は魔族領のお土産でもちゃんと買ってくるから、期待しててよ。それじゃあ、またいつか!」


 手を振っている三人の姿をしっかりと脳裏に刻みつけて、僕は《転移》の魔法を発動した。

 本作をお読み頂きありがとうございます。


 作者から二つお願いがございます。

 ずばり、ブクマ登録と評価です!!

 何卒、よろしくお願い致します。

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