032
「ははっ、馬鹿な奴だな。妹庇って死にかけてやがる」
日の当たっていない冷たい地面に顔をつけながら、僕はそんな言葉を浴びせられる。
「おい、何とか言えよ。もう喋れなくなっちまったかぁ?」
僕は立ち上がろうとするが、体に力が入らず、口を動かすことさえできない。
「まぁ、いいだろうよ。こっからは躾の時間だ、こいつが喋る必要なんざねぇよ。なぁ?シオン」
声の主の顔を見ることはできないが、醜悪な笑みを浮かべているだろうことは容易に想像できる。
ああ、どうしてこんなことになったんだっけ?
確か僕は街中を歩いていて――
式典の翌日、僕はいつも通り暇を持て余していた。
「そんなに暇なら、私の仕事を手伝いませんか?」
フレイは僕の顔を見て暇そうだと判断したのか、突然そんなことを言ってくる。
「し、仕事?」
僕は思わず聞き返してしまう。
だってそうだろう?まだ、十三になったばかりの妹がもう仕事をしていると言うのだ。
それが本当なら僕は妹よりも自立できていないダメ兄貴ということになってしまう。
それは何としてでも避けたいところだ。
「はい。冒険者ギルドの依頼を受けるんです。まぁ、お小遣い程度のお金は貯まりますよ?」
ぼ、冒険者ギルド……!
聞いたことがあるぞ、戦闘系のスキル保持者に街の周囲に蔓延る魔物の討伐依頼などを斡旋する場所だ。
勿論《スキル無し》の僕とは無縁の場所だ。
「それって僕、足手纏いになったりしない?あまり戦闘では役に立てるとは思わないけど……」
僕は討伐依頼を例に思い浮かべて、尻込みしてそう言う。
するとフレイは呆れたような顔をしてこう言った。
「貴方が何を考えているのか知りませんけど、冒険者ギルドに所属するいわゆる冒険者の仕事は簡単に言うと便利屋です。ですから戦うというよりも雑用といった面の方が遥かに多いです」
どうやらフレイには僕の考えがお見通しのようで、僕の心配事にぴったりの答えをくれた。
「それで、今回受ける予定の仕事はその雑用です」
なるほど、それなら僕でも役に立てそうだ。
僕が仕事を手伝わせてくれるよう頼むと、フレイは分かりました、と一言だけ言って、すぐに家を出て行ってしまった。
僕は慌てて準備をして、フレイを追いかけるのだった。
冒険者ギルドの建物は何とも普通な外観をしていて、特に物々しいと言った感じもない。
まぁ、武器を帯びていない人も出入りしているのだから、それくらいは普通の場所と思ってもいいのだろう。
「この荷物運搬の依頼と倉庫整理の依頼をお願いします」
フレイはギルドの中に入るなり、依頼書が貼り付けられた掲示板から二枚だけ剥がして、受付の人がいるカウンターへと向かった。
その手際は実に手慣れていて、もう何度もこんな仕事をしているのだろうと感じだ。
「はい、承りました。期限は一週間です。それを過ぎますと、罰金が発生する場合がございますので、ご注意ください」
「はい、ありがとうございます――さ、付いてきてください」
形式的な作業と思われるものを終えると、フレイはこちらに歩いてきて、それだけ言うとさっさと出て行ってしまう。
僕はまたもや置いていかれるような感じになりながらも、急いでフレイを追いかける。
「えっと、仕事って具体的にはどこに行くの?」
「まずは商業区の三十番街にある薬屋から大量の魔法薬を居住区の七番街にある病院に届けます」
僕はフレイの事もなげに言う様子に思わず驚いてしまう。
「それって、殆ど対角線じゃない?」
フレイは僕の発言にまたまた呆れたように言う。
「だからわざわざギルドに依頼するんです。自分で行くのに問題ない距離だったら、依頼を出すなんて面倒臭いことしないでしょう?」
言われてみると正論だ。
近距離の運搬作業にわざわざお金をかけていては、出費が嵩んでやっていけなくなるのは目に見えている。
なるほど、世の中というのは中々どうしてバランスが取れているようだ。
そんなことを考えながら、僕達は薬屋のある商業区へと向かうのだった。
「じゃあ、これをお願いね」
薬屋のおばあさんは外に八つ積んである大きな木箱を指差してそう言った。
「では、ここにサインをお願いします」
フレイはボードに挟んだ依頼書におばあさんのサインを書いてもらっている。
僕はその間に四つ分を借りてきた台車に積み込み、残りの四つは空間魔法の《収納》で作った空間に入れる。
残念ながら僕の魔力では木箱四つ分ぐらいしか《収納》することはできないのだ。
「ありがとうございます。お荷物、責任持ってお届けさせて頂きます」
サインをもらい終えたフレイはペコリと一礼してから、台車を引き始めた僕の横に並んだ。
「ボードも預かっておくよ」
「え、いいですよ、別に」
「いいから、いいから」
拒否するフレイから半ば強引にボードを奪い取って、《収納》に入れておく。
「ありがとう、ございます」
フレイは手持ち無沙汰になるのが恥ずかしいのか、少しもじもじしながらそう言った。
「フレイはいつからこういう仕事やってるの?」
「こういう雑用の仕事を始めたのは最近です。討伐依頼は半年前ぐらいから父様に連れて行ってもらってます」
魔物討伐デビューの方が雑用より早いって……。
まぁ、冒険者のことは良く分からないが、それが少しおかしいということはなんとなくで分かった。
そんな他愛もない話をしばらくしていると、いつの間にか目的地の病院に到着した。
「じゃあ、少し待っていてください。確認に人を呼びに行きますから」
「うん、分かった」
病院へ駆けていくフレイの後ろ姿を見送りながら、僕は《収納》から木箱とボードを取り出しておく。
それにしてもこの魔法薬、少し多過ぎではないだろうか?
相場は知らないが、魔法薬は基本的に高級品とされていて、平民は滅多に使うものではない。
それをこの量仕入れるということは単純な在庫切れなのか、それとも他の入用があったのか……。
真実が何なのかはどうでもいいが、こういうことを考えてみるのも暇つぶしになりそうだ。
そんなことを考えながら、台車から荷物を下ろしていると、フレイが病院から出てくる。
フレイはそのまま木箱を一つ持ち上げた。
「置いておく場所を教えてもらったので、ついてきてください」
「分かった」
僕も木箱を一つ持ってフレイの後ろにつく。
僕がついてきていることを確認したフレイは先程出てきた正面玄関に入って、中をどんどん進んでいく。
大きな病院ということもあって、かなりの人数の患者さんがいるようだ。
これなら大量の魔法薬が必要になるのも分からなくはない。
薬品保管庫と書かれたプレートが貼り付けてある扉を開けて、僕達は空いている場所に木箱を置いていく。
それを四回繰り返して、病院の人にサインをもらい、この依頼は終了の運びとなった。
「とりあえずこの台車をギルドに返してから、次の行きましょう」
「了解。《転移》するから、僕の腕でも掴んで」
まだまだ僕は嫌われているようで、フレイは汚い物にでも触れるように恐る恐る僕の腕を掴む。
僕は若干気落ちしながらも、《転移》を発動させ、ギルド近くの路地裏に《転移》した。
「その魔法、本当に便利ですね。緊急用にも使えそうですし」
まぁ、外から見たらそう見えるかも知れないなぁ。
「それがそんなこともなくてね?距離が離れれば離れる程、急激に消費魔力は増えるし、今回みたいに人が周りにいる時は衝突を避ける為に、なるべく人気のない場所に《転移》しなきゃいけないんだよ」
転移する時に路地裏を選ぶ傾向があるのはその為なのだ。
「でも、便利なことには違いありません」
そうきっぱりと言って、ギルドにさっさと向かってしまうフレイ。確かに否定はしませんけど。
僕は《収納》に入れておいた台車を出して、ギルド外に併設されている貸し出しカウンターに返す。
「次はどこに行くの?」
「えーと、次行くのは行政区の倉庫ですから……ここから普通に徒歩で行った方が早(?)そうですね」
今日は色々なところに出向いているようだ。
王都にある三つの全ての区画に行くことになるようだ。
「こっちが近道です」
そう言って、複雑な迷路のようになっている路地裏に入るフレイ。
僕もそれについていくが、少し怖いと感じた。
この年になってただの暗がりに怖がっているのは流石に恥ずかしいので、僕は何も言わない。
しかし、そのくだらない僕の自尊心がこの事件を招いたのだ。
僕は後ろから近づく何者かの気配と危機感を覚えて、咄嗟にフレイに覆い被さるように体を入れる。
瞬間、後頭部に強く殴られたような衝撃が加えられ、僕の意識は刈り取られた。
そして、それから何時間経ったかは分からないが、話は冒頭部分に戻るわけだった。
本作をお読み頂きありがとうございます。
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