003
伯母さんの家は研究をする時に色々な物を使うのか、本やら実験道具やらが散らかっていて、足の踏み場がないとまでは言わないが、少ない状態だった。
「……伯母さん。僕に三十分、いえ、十分だけここの片付けをする時間をください」
別に耐え難いという程ではないが、これから暮らしていく上で、この部屋は放って置かないだろう。
「ん?やってくれるのか?それは助かる。なにぶん研究で忙しくてな、手が回らんのだ。十分と言わずに何時間でもやってくれ」
伯母さんは特に悪びれた様子もなくそう言った。
まぁ、自分の家をどうしようが、それに僕が文句を言う権利はないのだが。
「ありがとうございます」
伯母さんは僕が掃除をする間、研究をすると言って、奥に引っ込んだ。
これで心置きなく掃除を始められる。
「よし、やるか」
「おお、ご苦労ご苦労!掃除だけは苦手でな、困っていたのだ。親切な同居人が増えるというのは良いことだな」
伯母さんは綺麗なリビングに目を丸くしてそう言う。
結局二時間かけて、リビングと台所の掃除をさせてもらった。
やはり綺麗な空間の方が気持ちが良い。
「いえいえ、これくらい当然です」
僕は食費に加えて、宿代も払わないで置いてもらうのだ。むしろこれくらいできなければ申し訳ない。
「では、座ってくれ。大事な話を始めよう」
僕は自分が片付けた綺麗なテーブルにつく。
「シオン、お前がやることは至って単純だ。ただ私の研究に協力、悪く言えば実験動物になってくれればいい。何、お前が死に至るようなことはしないさ、安心していい。私の目的は《スキル無し》のお前が他の人間とはどう違うのか、これを明らかにすることだ。スキル関係の研究は私の分野内でね、殆ど道楽のような物だが、しっかりと報酬は提供する。月いくらがいい?」
僕の役割については全く問題ない。
僕にできることなんて限られているし、実験に協力していれば、お金まで貰えるんだから好条件なことこの上ない。
だから月いくら欲しいかなんて僕が口出ししていいのか分からない。
「いくらまで出して貰えるんですか?」
質問を質問で返すのは申し訳ないが、これだけは聞いておきたい。
「うーん……お前、働きぶりも良さそうだし、金貨五枚までなら」
少し考えるような素振りを見せたが、事もなげに伯母さんはそう言い放った。
「き、金貨五枚!?」
銅貨十枚でリンゴが買えて、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だ。
その計算で行くと……一ヶ月にリンゴを五千個食べれることに!?
「そ、そんなに貰えません!」
たかが実験動物がそんな大金をもらって良いはずがない。
「そ、そうか……でも遠慮しなくてもいいんだぞ?私はこう見えて、金だけはある。実験動物とか言った手前、信用してくれないかもしれないが、私としては甥っ子を猫可愛がりしたいのだ。金貨五枚、どうってことない額だ。大人しく貰っておけ」
ほ、本当にいいんだろうか……しかし、伯母さんの厚意を突っぱねるのも悪い気がするし……。
「わ、分かりました。金貨五枚、頂きます」
「うむ、それで良い」
結局欲に負けました。
「長旅で疲れてるだろうから、今日はゆっくり休め。被験体の状態が悪いといい実験結果は得られんしな」
結構僕を気遣ってくれているようで、伯母さんは休むよう勧めてくる。
「あ、はい。休ませて貰います。部屋はどこを使えばいいですか?」
「廊下に出て、二つ目の右の部屋を使えばいいだろう」
伯母さんは指差しで方向を示しながらそう言う。
「ありがとうございます。じゃあ、荷物置いてきますね」
伯母さんに言われた部屋はリビングからは想像もつかないほど、片付いていた。
会って数時間で人を分かったように言うのもアレだが、何故ここまでこの部屋が片付いているのかが不思議だった。
部屋にあったのはベッドと机と椅子だけ。
僕は部屋のベッドの上に荷物を置いて、荷解きを済ませる。
中々生活感のある部屋っぽくなったと思う。
ベッドに寝転がり、僕は考える。
父さんと母さんは僕を心配していないだろうか……いや、心配してるだろうなぁ。
フレイは僕を恨んで……自分でやってて虚しくなってきたな、やめよう。
僕はベッドから勢いをつけて立ち上がり、リビングに戻る。
「あれ?研究再開しないんですか?」
伯母さんはリビングでお茶を飲みながら、優雅に本を読んでいる。
根っこからの研究者気質だろうと思っていたが、意外にもそうじゃないのかも。
「いや、そろそろ始まる気がしてな」
「え?」
『何が?』と言おうとしたところで、突然声がする。
『やぁやぁ、リハバイトの諸君、いかがお過ごしかな?僕ぁ、最近やっていた魔法の開発が終わってね、色々持て余しているところだ。そこで僕はまた面白い遊びを考えた!』
放送特有の少しエコーが効いた声がする。
やけにテンションの高い、男性の声だ。
「この声なんですか?」
僕はニヤニヤしている伯母さんに聞いてみる。
「この声はな、ウチの名物魔貴族、ルキフグス・ブラドーラのものだ」
じゃあ、ここの領主様ってことだ。
そんな人がわざわざ放送で聞かせるような遊びって何なのだろう?
『ルールは簡単!街の冒険者諸君は街のどこかに描かれた魔法陣を探し出して、消してくれ!魔法陣を消した冒険者には特別な報酬が待ってるぞ!是非とも頑張ってくれたまえ!しかし、今から三時間以内に見つけられなかった場合……おぉ、考えただけで、鳥肌が立つねぇ……!』
ん?これ結構怪しくないか……?
「お、伯母さんもしかして、これって……」
僕は少し嫌な予感がして、恐る恐る伯母さんに問う。
「そうだ。お前の想像通りか、それ以上にこのイカれ魔族はとんでもないことを企んでいる。ゲームをクリアできない場合には、大体どこかの冒険者の家がとんでもないことになる」
……理解した。
多分、ここの魔貴族様は変人だ。それもとんでもないレベルの。
『さぁ、探したまえ……死に物狂いでね!!』
そこで放送はプツっと切れ、声は聞こえなくなる。
「少し外に出るか」
伯母さんはそう言って、席を立った。
外は俄かに騒がしくなっており、かなり盛り上がっているようだ。
あの領主にして、この領民ありってとこか。
広場まで行くと、中央の時計塔の下に街中を青い顔で駆け回る冒険者の映像が流れたいた。
「あ、悪趣味ですね……」
「これが大体月一のペースだ。当たれば一攫千金だが、自分の住処が破壊される可能性を考えるとヒヤッとせずにはいられないだろうよ」
ヒヤッとどころじゃ済まないでしょ。
今映ってる人、青ざめてるし。
「ま、三時間後を楽しみにしてればいい。街にいれば、どこにいたって音がする。私は一足先に戻っているから、好きにしろ」
伯母さんはもう興味がなくなったように――というか僕をここまで連れてきてくれただけなのだろう――元来た道を帰っていく。
「…………」
冒険者のことを気にかけるようなことを思っていた割には、僕は映像に釘づけだった。
伯母さんの言葉に返事もせずにただただ見入っていた。
冒険者の足元では小爆発が起きて、冒険者は軽く吹っ飛ばされている。
そんな光景は、数多の魔法を使いこなすであろう魔貴族ルキフグス・ブラドーラが、僕の抱える問題を簡単に打破してしまうのではないかとは思わずにはいられなくさせた。
三時間後、結局冒険者達は魔法陣を見つけ出すことができなかった。
東の方で爆発音が聞こえて、すぐに煙が上がっていた。
しかし、それは一瞬で見えなくなった。
『ブワァァカどもめぇぇぇ!!今回は使用した魔法は全て幻覚魔法でした!トータルで被害はゼロ、骨折り損のくたびれ儲けだったネェ!ではまた次回もまたよろしく』
そしてまた放送がプツッと切れる。
「今回もセンスあったな!流石ブラドーラ様だ」
「ああ、冒険者達は顔を真っ赤にしてるだろうがな」
こんな事件などさも当たり前かのようにゲラゲラ笑いながら帰っていく魔族達。
魔族って本当に変わってる、それを何よりも実感できた出来事だった。
本作をお読み頂きありがとうございます。
作者から二つお願いがございます。
ずばり、ブクマ登録と評価です!!
評価を頂けると執筆のモチベーションになり、非常に捗ります!
何卒よろしくお願いします!