027
目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドだった。
少しずつ意識が覚醒してきて、自分の身に何があったかを思い出した。
僕は自分の腹に手を伸ばし、穴が空いていないことを確認する。
「はぁ……」
理由はともかくとして、自分の無事に安堵し、思わずため息が漏れてしまう。
あれから何時間経ったかは分からないが、日の方向からいって、朝であることに間違いはなさそうだ。
ついでに言うと、体は男に戻っている。
それにしてもあの時は失敗したなぁ……。
元々大人しめの子という認識もあってか、フレイがあそこまで怒るというのは想定外だった。
否、それが抑圧されたフレイの姿だったのだろう。
積年の恨みとも言える、フレイの中にあったものが一気に溢れ出て、実の兄の腹に穴を空ける程の力が咄嗟に出てしまった、といったところか。
そんな勝手な想像をしながら、僕はリビングに向かった。
リビングには既に四人が揃っていて、食卓を囲んでいる。
僕だけ仲間外れですか……。
「おはよう、シオン。貴方の分を準備するからちょっと待っててね」
「う、うん」
僕って本当にどうなったんだ!?
多分あれ程の傷を負ったからには、僕は死んでいただろう。
つまり、僕が生きているということは《蘇生》が使われたということに他ならない。
そして、少なくともこのメンバーの中で《蘇生》を使えるのは母さんだけ。
その母さんが無反応ということは、通りすがりの誰かが……ってこれはもっとあり得ない。
いや、もしかするとフレイが《蘇生》を使えるのかも知れない。
それなら、一応話の筋は通る気がする……。
「それとシオン、昨日は大変だったわね。私が偶然通りかからなかったら、間違いなくそのまま死んでたわね」
「そんなさらっと言うことなの!?」
僕の推理が無駄だったのはまだ良いとしても、この母さんの反応には驚かざるを得ないぞ!?
「偶然事故死しちゃった人を助けるなんて、一度や二度じゃないんだから、もう慣れたわ」
母さんは事もなげに、当たり前のような口調でそう言う。
まぁ、母さんならそういうこともあるだろうけど、実の息子が死にかけたのに、あまりにドライ過ぎでは?
「はい、召し上がれ」
そんな考えを巡らせている間に、朝ご飯が僕の前に並べられた。
「……いただきます」
僕は考えることを一旦止め、朝食を食べることに集中する。
何故だかいつもよりお腹が空いていたのだ。
そのまま話をすることなく、食事を掻き込むこと数分、食事を終えた僕は食器を片付け、情報収集を始める。
「父さん、僕ってどれくらい寝てた?」
とりあえず暇そうにしていた父さんに僕は白羽の矢を立てた。
この家の中で一番の部外者ではあるが、それ故に誤魔化される可能性も少ないと考えたのだ。
「ん?普通に昨日の夕方から今日の朝までだぞ?」
なるほど。どうやら何日も寝ていたなんてことにはなっていないようだ。
僕は父さんに一言お礼を言ってから、リビングを後にする。
母さんは買い物に出てしまったので、目指すはイリナの部屋だ。
「イリナ、居る?」
僕はイリナの部屋をノックする。
すると、中から入室許可を出す声がしたので、僕は扉を開けて中に入る。
部屋の中ではイリナが寝転がって、何やら本を読んでいた。
「……え、えっと、昨日あれから何があったか聞かせてくれる?」
何か踏み込んではいけない話がある気がして、僕は恐る恐る話をしてくれるよう頼む。
「別に?何もないわよ。あれからおばさんがあの場に現れて、アンタを《蘇生》したのよ。まぁ、フレイちゃんと話をつける必要があるでしょうけど、それは分かってるでしょ?」
イリナに特におかしな様子はない。
しかし、このままフレイのところには行きたくないなぁ。まだ怒ってたら、また殺されそうだし。
そんな僕の心を見透かしたように、イリナは喋り出す。
「フレイちゃん、もう怒ってる感じはなかったわよ。まぁ、言動には気をつけることね、また殺されたら目も当てられないから」
ま、まぁ、とりあえずは怒っていないようだから良かったが、具体的に何が引き金になるか分からない以上、いつもより気をつけて話さねばならないだろう。
「う、うん、肝に銘じておくよ」
「ん」
イリナは短くそれだけ言って、それ以上何も言わなかった。助言は以上、ということらしい。
僕はまた一言お礼を言って、部屋を後にする。
目指すはもう何年も入っていない魔境、フレイの部屋だ。
僕はノックをする前に口に溜まった唾を飲み込む。
滑舌が悪くなって変な聞き違いをされたら、また空気が悪くなりかねないからだ。
僕はおっかなびっくり二回扉をノックする。
「シオンだけど、入っていい?」
緊張で声が硬くなっている気がする。
返答が返ってくるまでの時間がいつもの何十倍にも感じられる。
「……どうぞ」
普通の声音なのに何故だか嵐の前の静けさのような、怒りの前兆なのではと考えてしまう。
殺された時のあの感覚がどうしようもなく体に残っている以上、この恐怖は仕方のないことだと分かっているのだが、それでもやはり怖いのだ。
「し、失礼します……」
僕は妹様に失礼のないように音を立てずに扉を開閉する。
一瞬見た感じでは部屋の中は最後に見た時からそれ程変わっていないように見える。
ちなみにフレイはベッドに座っている。
「適当に座ってください」
座るよう促された僕は机の前の椅子に座る。
「……なんと言ったらいいんでしょう。その、昨日は本当にごめんなさい。私も殺す気はなかったんです、ついカッとなって力が入ってしまって……」
フレイは申し訳なさそうに俯きながらそう言う。
妹に殺したことを謝られる日が人生の中であるとは思わなかった。
「あ、それは別に良くて。あの日の話の続きをしたいんだ。僕のこと、どうにか許してもらうことはできない、かな……勿論あの後あったことは抜きで考えてくれていいよ」
僕は許したわけではないのに、殺しのことが申し訳なくて、その後ろめたさから許してもらうのは嫌なのだ。
変だと思われるかも知れないが、許されるならしっかりと許されたいのだ。
「……兄様はふざけてるんですか?そんなこと、できるわけないじゃないですか」
フレイは少し怒ったようにそう言った。
あれ?僕また怒らせるようなこと言った!?
というか何に対しての『できるわけない』なんだろう。
「え、あの……な、なんで?」
「気にするな、なんて言われても気にしちゃいますよ。私、貴方のこと許したわけじゃないですけど、私がやったことはどんな理由があれ許されることではないのは分かっています。母様が来なければ、私は貴方を殺してしまうところだったんです」
確かに人を殺すのは良くないが、結局助かったんだし、何より兄妹なんだから気にする必要はないと僕は思う。
「それに貴方は今気にするなと言いましたけど、それは貴方が私に後ろめたさを感じているから言ったことでしょう?それなら私には貴方が気にするなと言っても。本当に許してもらえるまで謝り続ける必要があります。私は本当に許されないことをしましたから。本当にごめんなさい。もうあのようなことはないように気をつけます」
そう言ってフレイは床に膝をつき、いわゆる土下座をした。
「……あ、いや!僕の方こそ、本当にごめん!妹のことを何にも分かってあげられてない兄貴で本当にごめんなさいでした!!」
僕はしばらくボーッとその土下座を眺めてしまっていたが、僕も慌てて地面に膝をついて土下座をする。
フレイよりも深く、頭を床に擦り付けて。
僕の体は治っても、フレイの幼い頃の大事な時間はもう戻ることがない。
だから、僕の方が酷いことをしたのは間違い無いのだ。
本当ならフレイが謝る必要さえない、僕はそう思っている。
でも、フレイはそれを認めなかった。
自分は許されないことをしたと僕に頭を下げたのだ。
これは察しの悪い僕にも分かる。
彼女は僕を許してくれたのだ。
両方謝るという痛み分けのような状態にして、僕を許すしかないという空気を作ってくれたのだ。
「では、この話はもうおしまいです。お互い過去のことは水に流しましょう。でも一つだけ、最後に言っておくことがあります」
フレイは爽やかな笑みを浮かべてそう言う。
「え、何?」
何か良い事言ってくれるのでは、と根拠もないのにそんなことを思ってしまう。
これからはもっと仲良く――
「私、やっぱり兄様のこと大っっっっっ嫌いです」
「…………………………え?」
「だってですよ?流石に謝ってる側があの言い草はないですよ。お前は何様なんだって感じです。こっちを舐めてるとしか思えない発言ですよね、反吐が出ます。そもそも気が遣えてないです。ああいう馬鹿って私は死んでも治らないと思うんですよね。現に死んでる貴方に私は聞いてみたいですよ、お前の馬鹿は死んで治ったのかって。なんかもう疲れてきたんで、もう一度結論言いますけど、私は兄様のことが――」
「や、止め――」
「大大大大大っっっっっっっっっっ嫌いです!!」
ああ、どうやらこれは関係改善の一歩にもなっていないらしい。
言うなればカタツムリの一歩だ。
だけどこうして、言いたいことが言い合えるぐらいには進んだと思ってるよ、フレイ。
だから僕も少しぐらいは許されるはず。
そう思って僕は人生で一番大きなものになるであろうため息を一つ吐いたのだった。
本作をお読み頂きありがとうございます。
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