012
前回はエントランスの像の前から先を見ていなかったが、ホールの中にある講堂もすごかった。
収容人数五百名を超え、音響系の魔導具も完備されているようだ。
開始時刻になると、講堂内は一瞬で静まる。
舞台の上からの圧倒的な気配が講堂内を支配したからだ。
しかし、講堂内は気配がした瞬間に暗転していて、全く見えない。
すると、舞台右端がライトに照らされ、司会の先生が姿を現す。
「これより、第四七七回入学式を始めます。まず、始めに学長のお話です」
瞬間、舞台の真ん中が照らされ、学長が姿を現す。
「諸君、ご機嫌よう。ルキフグス・ブラドーラだ。まずは一回生の諸君、入学おめでとう。僕達は君達を歓迎する。一回生の諸君は知らないだろうが、このゲルドガルド学院は先代の魔王様の遺言によって創られたものだ。そして、その学長は一年毎に魔貴族の当主が代わる代わる務めることになっている。つまり、今年は僕というわけだ。僕のことを変人だとか色々言う輩がいることは知っている。僕もそれを認めている。そして、そんな奴が学長をやるということは……分かるね?まぁ、この一年君達を退屈させないと約束しよう!以上、起立!礼!」
最後のはともかく、この人にしては大分まともな方なんじゃないだろうか。
それにしてもこの人が学長かぁ……この一年は混沌とした学院になりそうだ。
「ありがとうございました。次に……ちょ、え!?」
そのまま舞台袖に去っていくと思われた学長だったが、去り際に司会の先生のマイクを奪い取り、こう言った。
「あー、それとシオン・ライトヒルト君、イリナ・フェルディナン君の二名は後で学長室に来るように」
俄かに講堂内がざわめきだす。
というか、僕とイリナに何の用なんだ!?
あの人の部屋に行くとか嫌過ぎる!!
「せ、静粛に!静粛に!!次は――」
こうして波乱の幕開けとなった式は僕の心中に大きな爪痕を残して、終了していった。
「……ン……シオン!」
「あ、あれ?イリナ?僕は何を……」
「アンタ本当に大丈夫?もうとっくにホームルーム終わったわよ?」
不安げな顔で僕の顔を覗き込んでくるイリナ。
どうやら、式から帰ってきてからというもの、ずっとボーッとしていたようだ。
「ああ、うん。もう大丈夫。じゃあ帰ろうか」
僕は鞄に荷物を詰めて、《転移》の準備をする。
「何普通に帰ろうとしてんのよ。学長に呼ばれてるでしょ、私達」
イリナは本当に心配したような顔をしてこちらを覗き込んでくる。
「……嫌だ嫌だ嫌だ!!絶対行きたくない!」
イリナには引くような目で見られているが、知ったことか。
あの人の部屋に行く方が何倍も危険だ。
下手すると普通に死ぬ。
「な、何よ!?そんなに行きたくないの?」
「あの人はもうヤバいんだって!僕じゃ、命が何個あっても足りないよ!」
僕がそこまで言うと、いつの間にか背景が変わっている。
ま、まさか……!?
「聞こえてるよ。全く失礼な子だなぁ」
そこには優雅に椅子に座り、こちらを値踏みするように見つめてくるブラドーラ学長の姿があった。
「ぶ、ブラドーラ学長!!?」
僕は思わず叫ぶように言う。
「そうだよ。次からはもっとボリュームを下げてくれるように頼むよ?」
学長に常識を教えられてしまった……。
「それで、今日はどのような御用でしょう?」
なんだよイリナ、敬語使えるじゃないか。
そっちに驚いて、予想外の落ち着きを得た僕だが、流石は王女様、堂々としていらっしゃる。
僕とは大違いだ。
まぁ、ただ単にこの人の所業を知らないってこともあるだろうけど。
「まぁ、そう急がないでよ。まずは改めて入学おめでとう。人間族が入るってのは異例中の異例でね。いつもはそういう子も『あの洗礼』で落ちちゃうから、人間族が入ってくるのは初めてのことなんだねぇ……」
その言葉を聞いたイリナは闘気を発し始める。
もしかして、ここでおっぱじめちゃうの?
「そのような洗礼を行っているというなら、その不当な差別をやめて頂けませんか?」
明らかに格上の相手に対して、何という正義感。
イリナは一歩も引いてはいない。
「『あの洗礼』はね、君達人間族の為の措置でもあるんだよ?魔族の社会ってのは人間族にとって、中々厳しいものだろう?学校という閉鎖的な空間はそんな風潮が更に顕在化する。その中に少し強いぐらいの人間が入ると壊れちゃうかも知れないから、その前に止めてあげてるってわけ。どうかご理解頂きたいね、勇者さん」
なるほど、確かに一理ある。
どうしても人間族の考え方というのは、魔族の考え方に合いにくい。
それによる弊害を防ぐ為の措置だったのか……ん?
この人今変なこと言わなかったか……?
「……っ!!?」
一瞬だった。
イリナが剣に手を掛けた瞬間、学長の姿はイリナの背後にあった。
動揺しているとはいえ、以前あれ程の速さを見せた彼女が全く反応できなかったのだ、常軌を逸しているとしか言いようがない。
それも魔法ではない。
緻密な魔力操作による身体強化と熟練の体術を合わせて辿り着くことができる境地だろう。
「そういうつもりじゃないから、安心してよ。まぁ、信じられないとは思うけど」
学長はイリナの手を掴みながら、静かにそう言う。
「だったら……!!」
「だったら信じるにたる証拠を見せろと?それは僕が君の先生だからだよ。『ゲルドガルド学院規則その百三、ゲルドガルド学院生はその在学中、あらゆる勢力、組織、個人の影響から守られる。学院教職員はその全身全霊を以て、対処すること』」
イリナはそれを聞いてまた何か言おうとするが、その前に学長はまたもや言葉を遮る。
「そんな口で言ったこと簡単に破れるって?言っただろう?この学院は『魔王の意思』によって創られたと。先に言ったような重要な規則には強力な強制力を持った呪いがかかっているんだよ、それこそ僕でも破れない程の高位の呪いがね」
呪いは通常、物や人にかける物だ。
それを学院全体に、それも永続的にかけ続けるなど、普通できるはずない。
それこそ神が使うレベルの魔法に等しい。
「これで分かってくれたかい?僕が信用に足る者かどうか」
ここまで聞き入ってしまったが、どうして学長がイリナのことをそこまで知っているのかが分からない。
「……次の質問に答えてくれたら、貴方を信じる。なんで私が《勇者》だって分かったの?」
イリナは学長を試すような口調で問いかける。
「ふむ、思いの外つまらない質問が飛んできたね。僕の正体は六百年を生きる吸血鬼だ。だから、前回の戦いもこの目に焼き付いている。勿論勇者であった彼のオーラとその魔力もね。君のオーラと魔力は五百年前の彼にそっくりだよ。遠くからでも一瞬で感じ取ることができた」
六百年を生きる吸血鬼!?
これはまたとんでもない事実が浮き彫りになったな。
つまり、この人は五百年前の戦争の生き証人ということになる。先代の魔王と直接話したこともあるのかも知れない。
「……じゃあ、貴方には既に新しい魔王が分かっているの?」
「いや?もし分かってるなら、瞬間で転移して靴をペロペロ舐めるところだ」
流石にこれは引くな。イリナもゴミを見る目になっている。
魔王になった人はとんでもない目に遭いそうだ。
「分かった。ありがとう。だけど、大事なことを聞いてなかった。私に何もしないなら、何であんなことを言い出したの?それにシオンを呼び出した理由も分からない」
そう、それなのだ。
僕がもしイリナが《勇者》だと知らなかったら、そこでまず情報が漏れる。
だから、僕を呼び出すメリットはないのだ。
「シオン君には別の用がある。君には最後に一つだけ言っておくことがある」
またもや険悪な雰囲気が漂い出す。
僕は何も言えずに二人を見ていることしかできない。
「何?」
「もし、君が魔王様を傷つけるようなことがあったら、君を殺す。そのつもりでいてくれ給え。呼び出して悪かったね、君への話はこれで終わり。また明日元気に登校してくれ」
もし学長がイリナを殺すようなことになったら、間違いなく戦争確定だ。
イリナには是非とも避けて頂きたい道だな。
「そんなつもりない。私は魔王との和平を望んでいるんだから。じゃあ、シオン、私は先に帰ってるわね」
そう言って、鋭い目つきのまま、部屋を出て行くイリナ。
まだ闘気がダダ漏れだ。
「君は……やっぱりいいや。君はあの子についている手綱だ。もし、何かあるようなら、君が止めてあげるんだ。分かったね?」
「……えっと、それだけ?」
すると学長は大笑いして、ひとしきり笑った後に言う。
「君は一体僕をなんだと思ってるんだい?まぁ、リハバイトに住んでいたなら、そう思うのも無理ないが、あれは自分の領地だからやってるんだ。魔王様直属の領地とも言えるここでそんなことするわけないだろう?僕だって立場と場所は弁える」
そういうことだったんだ。
この学院にいる間は危険どころか、規則でこの人達に守って貰えるんだから、最も安全な場所かも知れない。
「本当にこれだけだ。わざわざ呼び出して悪かったね。君もまた明日元気に登校してくれ」
いまいち釈然としないし、気になることも沢山あるが、今は一刻も早くここを立ち去りたいという思いが勝った為、僕は足早に部屋を去る。
「失礼しました」
「うん、また明日……君もそっくりだよ、『あの人』にね」
「え?何か?」
「いや?何でもないよ。さようなら」
「え?……さようなら」
何か言われたような気がしたが、僕がその言葉を聞くことはなかった。
何はともあれ、波乱を匂わせる僕の学院生活が始まったのだった。
本作をお読み頂きありがとうございます。
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