星花女子プロジェクト7弾キャラクター紹介
【うちの娘】阿比野 明
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
清楚な服装を着て日傘を差している若いお姉さんが玄関先に立っている。格好からしてまあ「アレ」だろうな、と予想していたけど案の定、お姉さんはこう切り出した。
「今世間では物騒な事件が起きています。この世知辛い世の中、私たちはどうするべきなのか、話し合いの場を設けておりまして……」
「あのー、お姉さん。○○の方ですよね?」
私が勧誘がしつこいことで悪名高い宗教団体の名前を出したら、お姉さんは「え、ええ」としどろもどろになりながら認めた。
「話し合いの場って空の宮中央駅の西側にある会館ですよね」
「え、ええ。よくご存知で」
「だってこの前もお姉さんのお仲間が来てそう言ってましたし」
「それなら話が早いですね」
「だけどですねー……」
私はため息混じりで教えてあげた。
「ここ、三元教の教会なんですよ。言うなれば私はお姉さんの商売敵なのです」
「え、ええ……!? そうだったんですか……」
やっぱり、お姉さんも間違ってここに来てしまったらしい。
私の実家は見た目こそ古びた一軒家だが、その正体は三元教という、幕末に立教された教派神道系の宗教団体に属する教会だ。一応は「三元教」と書かれた看板は立ててあるけれど小さいし、お姉さんが立っているすぐ横には教祖様の御教えを張り出す掲示板があるものの、町内会の掲示板と勘違いする人は少なくない。お姉さんが単なる民家と見間違えるのも無理ない話だ。
だけどお姉さんだけでなく、○○の人たちは何度も何度も間違って勧誘にやってくるのだ。わざとやっているんじゃないかと思うぐらいに何度も何度も。果たして信者たちの間で情報共有がちゃんとできているのか疑わしい。いい加減に覚えろよ。
……いやいや、これはきっと神様が私をお試しになっているのだ。人間は同じ間違いをしつこく繰り返されたらむかっ腹を立てるもの。うまく感情をコントロールして乗り切りなさい、と神様は仰せだ。声で聞いたわけじゃないけど、きっとそう仰っている。
私はニッコリ笑って、お姉さんに言った。
「でも、信仰する神様は違っていても私たちは同業者ですよね。ここで会ったのもご縁ですし、どうです? 上がっていきませんか?」
「あ、いえ、結構です……貴方様に天のご加護がありますように、それでは」
お姉さんはそそくさと立ち去ってしまった。おじいちゃんの言っていた通りだ。もしこの手の宗教の勧誘が来たら家に上がるよう逆に誘えば良い、相手は異教のテリトリーに踏み入ることはせず立ち去っていく、と。
今の御時世、玄関先で勧誘したって信者が増えるわけでもないのに。私は宗教家の娘としてお姉さんに同情し、これから先苦労するだろうけどどうにか助けてあげてください、と神様にお祈りした。
私の名前は阿比野明。近くにある私立女子校、星花女子学園中等部の三年生だ。あまり一般人に馴染みのない神様を信仰している意外はフツーの女の子……だと思う。
【嫁がせる娘】加古 美幸
星花女子学園は古くからある名門女子校として、この地方では名を知られている。
私、加古美幸は縁あってこの星花女子学園の教員採用試験に合格することができた。今はまだ東京の大学に在籍中だけれど、今日は内定後面談ということで空の宮市にある学園の方に赴いた。
まさか伊ヶ崎理事長と直接お話できるとは思いもしなかった。大学時代に「天寿」を起こしもわずか十年と少しで大企業へと押し上げた若き天才実業家。そのお姿からにじみ出るオーラの前で私はしどろもどろになってしまったけれど、理事長は優しく接してくださった。
お話の内容は事務的なことでは最終的な入職の意思確認だけで、もちろん私はイエスと返事した。その他は卒論の調子はどうだとか、卒業旅行はどこに行くつもりなのかとか、私の残り少ない学生生活についていろいろと聞かれた。緊張して拙い受け答えをしてしまったかもしれないけれど、理事長がニコニコと楽しそうに聞いてくださったのが嬉しかった。
面談の時間はあっという間に終わってしまい、来年四月からよろしくねと声をかけられて、私は理事長室を出た。この後は橋立市の実家に一泊して英気を養ってから、東京に戻って卒論の続きだ。
校舎の外では生徒たちが部活に勤しんでいる。女子校なので当たり前だけれど、見事なまでに女子しかいない。しかもみんなどこかキラキラしている。星花女子学園には綺麗な子が多いと橋立でも評判になっているが、全くその通りだった。
グラウンドの方に出るとソフトボール部と陸上部と、あれは……ラクロス部かな? 元気な掛け声が響いている。青春っていいなあ。
♪ピンポンパンポーン
『お知らせします。ただ今から、下村さんが打撃練習を行います。グラウンド周辺を通行している方は打球の行方に注意してください』
ん?
あれ、どうしたんだろう? 陸上部とラクロス部の子が一斉に逃げるように散らばっていく……。
ソフトボール部の方では、ピッチングマシンを使って打撃練習を行っている。バッターの子が、こちらにも風を切る音が聞こえてきそうな程のフルスイングでバットを振ると、大きな破裂音がした。
ボールはグングン伸びて、伸びて、あれ……フェンスを越えてこっちに向かってくる? ええっ?
ピピーッ!! ピピーッ!!
けたたましいホイッスルの音に驚いた私は後ずさりしたが、ちょうど私がいた位置にボールが落ちた。ホイッスルが鳴っていなかったら、当たって怪我をしていたかも……。
「大丈夫ですか?」
「美波」と書かれたゼッケンをつけた体操服姿の生徒が声をかけてきた。首にホイッスルをぶら下げている。
「は、はい。ありがとうございます。まさかここまで飛んでくるなんて……」
「うちの四番打者は規格外ですからねー。打撃練習の前に注意のアナウンスが流れるぐらいですよ」
生徒はボールをつまみ上げて手持ちのバスケットに放り込んだ。直後、またボールが飛んできて、今度は私から見て右の方に大きく外れたところに落ちた。生徒はちょこちょこと走ってボールを拾いに行く。
私は生徒に頭を下げてから、そそくさと立ち去った。
「あー、びっくりした……」
私はほっと胸をなでおろした。
だけど教師となってから、もっとびっくりすることが起きようとは、この時の私には知る由も無かったのだ。