ももふもふもふももふももふ
店を出て空を見上げると、白く霞んだ空に墨の付いた筆を走らせたように雨雲が立ち込めていた。
家に着く前に夕立が降るかもしれないと目を細める。
地面から上がる熱気に顔を背けて、ぼんやりと霞んだ空を見上げると、雨雲の中に金色に輝く一匹の龍がいた。
真っ黒な墨の中を泳ぐ金色の糸のように細く、瞬きの間に消えてしまう幻のようにも見えたが、それは遥か高みにいて、町を飲み込むほど巨大な姿をしている気がした。
龍とは荒ぶる神の象徴であった。
空を飛ぶのに翼を必要とせず、知識を伝えるのに文字を必要としない。そして、思慮深くありながら理不尽な怒りを大地にぶつける。
龍の泳ぐ闇は、分厚い綿のような雨雲ではなく、薄い空の向こう側が透けて見えているだけだったのかもしれない。
空が青く輝いていた頃に、恋人と待ち合わせをしていた。
待ち合わせに少し遅れてきた彼は、いつもより明るい顔で笑いかける。
ラフ過ぎない落ち着いたデザインのジャケットは、地味過ぎず派手過ぎず、彼の性格を表している。胸ポケットから、先月プレゼントした黄色い派手な模様のハンカチが覗いていて、うれしくも恥ずかしい気分になった。
肩を並べて歩き出すと、ふれるかふれなかいの距離で、そっと背中に手を回し、人ごみの中でも流れに逆らわずにすむようにエスコートする。目が合うと少し細くなる目じりも、覗き込むように曲げられる首の角度も、鏡を見て練習しているのかと思えるほど相変わらず完ぺきだった。
一緒に過ごせる時間は眩く輝くようで、夢のように過ぎ去ってゆく。
少し休もうと、先立って喫茶店に入ろうとする彼の後姿を眺めると、黒い髪の中に一筋の金色の光が絡みついていた。
向かいに座った彼の黒くしっかりした髪の中を柔らかい金色の髪が泳ぐように揺れていた。それは、何の抵抗もないように黒髪の中を滑り、くるくると螺旋を描いて登り、金色の残滓を残して、天に向かって飛び立った。
空調の風に乗って、ふわりと宙を舞うと、開いた扉に吸い込まれるように店の外へと飛び出していった。
気が付くと、金色の髪の毛を追って店の外へ飛び出していた。
空を覆う雨雲の中を金色の龍が泳いでいる。
それは風に乗って消え去る一本の細い糸だろうか、雲の隙間からもれる一筋の光の幻であるのか。
それは、この世界を飲み込んでしまう巨大な龍であるのか。
金色の龍はその問いに答えるように、ごろごろと喉を鳴らした。