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『リーネ・エルドラド』

魔法学校の落第生と斬翼の竜

掲載日:2019/03/31



本が好きだ。

あの日から私は本に囲まれて生きる道を選んだ。

殺し合いはもういい。

殺し合いは奪うだけで何も生まない。

その通りだと知った。

それに比べて本は素晴らしい。

本は与える。

永遠に与え続けてくれる。


私は本が好きだ。

もう二度と『斬翼竜シルフィリーム』とは呼ばれたくない。





この世界ーー『リーネ・エルドラド』には三つの種が闊歩している。

一つは二本足の弱き生き物『人間』。

一つは自然が形成した生き物『ドラゴン』。

一つはドラゴンをも喰らう幻獣『ケルベロス』。

かくいう私、シルフィリームはこのうちドラゴンの王の一体である。

我らドラゴンの王は全員で八体おり、私は風属性のドラゴンを統べる者。

『斬翼竜』の二つ名を持つのもその為である。

若い頃の私は、それはもうやんちゃであった。

兄たちに叱られながらも我らの領域に侵入する人間を根こそぎ食い殺したり、切り刻んだり、やりたい放題。

恐らく私とメルギディウス、ファルシアークが『八竜帝王』の中で一番人間を殺しまくっただろう。

だが仕方がない。

弱いくせに我らの領域を侵す奴らが悪いのだ。

今はアルバート・アルバニスが我らドラゴンの領域を侵した者を、自国民ではない、と定めた厳格な掟……いや、法を定めた事により、稀にしかそのような阿呆はおらぬようになったが……。


「シルフィ」

「おお、ハクラか。久しいな、息災か?」

「うん。それより、ちょっと面倒くさい事になったんだよね。少し話いい?」

「無論構わぬよ。……なんだ?」


本を棚に返しに行ったところ、白と黒の混色の髪を編んだ青年が話しかけて来た。

彼はハクラ・シンバルバという。

我が弟の一体『銀翼のニーバーナ』の転生体を保護し、育ての親として再誕の手助けをしていてくれる。

話せば長くなるので割愛するが、決定的に人間嫌いとなっていた私やメルギディウスに『人間との関わり方』を教えてくれた恩人と呼べる存在だ。

まあ、ファルシアークはまだ眠りに就いたまま故、アレと彼が出会ったらどうなるかはまだ分からぬが。

何しても話があるというのだから、個室へと向かう。

厳重な盗聴盗撮覗き見防止、防音等々の重複結界のなされたその部屋は、機密保持の為に騎士団関係者や国の重役たちも使う部屋。

壁に設置された冷蔵庫から飲み物を取り出して、通信端末で支払いを済ませると席に着く。


「で? ニーバーナの件……とは違うようだな?」

「うん、先月竜人たちが謀反を起こしたの知ってる?」

「ああ、うむ、聞いておるよ。馬鹿な真似をしたものだ。我らは人間と交わったものを同族などと認めぬというのに」

「うん、まあ。それで……ウィルがこの国に誤召喚された異界の人間と契約して、しばらくこの国で再誕を待つ事になったんだよね……」

「は?」


なんだと?

聞き間違い、か何かだろうか?

ハクラのいうウィルというのは『闇翼のウィノワール』……闇属性ドラゴンの長にして、我ら『八竜帝王』の長兄にしてリーダー的存在だ。

彼が……異界の者と契約?

そしてこの国で再誕?


「ま、ま、待て待て待て待て。と、途中までは、まだ、いいとしよう。再誕……今再誕と言ったか? ど、どどどどどういう事だ? 『八竜帝王』の再誕はつまり転生を行った意味であると……」

「そうなんだ。異界の人間が死んでしまって、それを自分の寿命を与える事で覆した。……つまりまあ、その……転生したんだよ、ウィルは」

「ば、馬鹿な!」


あのウィノワールが転生しただと⁉︎

記憶は、と問えば「ある」との事。

それほど消耗しての転生ではなかったというわけか。


「…………」


我らドラゴンの一部は寿命を迎えると卵に戻り『転生』を行う。

古い肉体を捨て、新たな肉体を得て強さを増していくのだ。

脱皮と異なり根本から変わる事もある。

ニーバーナなど、隣大陸の為にほぼ全てを絞り出して転生したせいで記憶継承すら行われなかった。

長く生きすぎればいずれ転生して魂の腐敗から回復を計らねばならないだろうが……我らはまだその時期ではない。

そして『再誕』とは『転生』後に再び『王』として誕生を迎える事をいう。

この『再誕』に関してだけは『八竜帝王』である我らのみの特権。

『王権』を得て、属性のドラゴンたちを束ねる宿命。

つまり、今『光属性』と『闇属性』の『王権』が両方喪失しているという事ではないか。


「厄介な……!」

「だよね。だから、一応シルフィには話しておこうと思ってさ」

「……こんな事がファルシアークやウォートルリアに知れれば、人里を食いに来るぞ。……奴らは悪食なれば……」

「氷の竜『淵眠のファルシアーク』と水の竜『愚怒のウォートルリア』。……人喰い竜、か……」

「そうだ。アレらは私やメルギディウスのように殺す事が目的ではなく、食う事を目的に人間どもを殺していた。腹の足しにもならぬのに、質よりも量、とな」


私たちドラゴンは雑食だ。

草を好む種もあれば肉しか食わぬ種もある。

ウィノワールなどは果実を好むが、私はどちらかというと肉を好む。

たが人間は不味い。

骨が多く、丸く太っていても脂肪が多ければ硬く、焼かなければ食えたものではない。

内臓もイマイチだ。

生臭くて、これならまだ魚を丸呑みした方がいい。

何より食う前に騒ぐのが障る。

ぎゃあぎゃあと泣き喚かれては興も削がれるというものよ。

しかし、メルギディウスは悲鳴を好み、ウォートルリアはその生臭い内臓を好んだ。

ファルシアークなど、先に頭から食って血を啜るのが良いと言っていた。

好みは竜それぞれである。


「まあ、確かに量からいうと人間は一番の餌になるのか」

「うむ。私はそなたに『読書』を教わった故に、もう人間を襲う事はしないだろう。かつての野蛮さはもうないようだからな。アルバニスは気に入らぬが、統治は上手くやってきたようだ。これは褒めてもよかろう」

「うんうん」

「しかし……寝坊助のファルシアークはともかく、ウォートルリアはウィノワールが抑えていたと言っても過言ではない。ザメルの言う事ならば聞くかもしれないが、ウィノワールがいないとなるとそれもいつまで保つか……」


相性的にはザメルならば最悪力ずくでウォートルリアを押し留める事は可能だろう。

『水属性』は『土属性』に弱い。


「………………」


そして万が一『氷属性』のファルシアークが目覚め、ウォートルリアと同じく食に目覚めたならばザメル一体では押し留めてなどおけないだろう。

『八竜帝王』二体がかりでなければ。

『獄炎竜ガージベル』と『雷鎚のメルギディウス』は隣の大陸。

『銀翼のニーバーナ』と『闇翼のウィノワール』が再誕待ちとくれば、奴らを抑える役目は自ずとーー。


「…………うっ、嫌だ……私は図書館に引きこもっていたい……まだ読みたい本が山のようにあるのだぞ……」

「うわあ、アルバニス大陸で最も大量に人を殺した残虐非道な竜王『斬翼のシルフィリーム』が引きこもり宣言〜」

「だ、黙れハクラ。私とて好きで殺しまくったわけではないわ!」


領地を侵し、弱き竜を狩る人間どもに思い知らせる為に殺った事だ!

弱い者が狩られるのが摂理というならば、奴らとて狩られても文句あるまい!

私は好かぬが、人間の肉を好む種もいないわけではないからな。


「まあ、何にしてもさ……近いうちウィルは『ドラゴンの森』に挨拶に行くつもりらしいから」

「馬鹿者か兄者は⁉︎ そんな事をしたらファルシアークが起きたりウォートルリアが兄者の再誕など待たずに人里に降りかねぬではないか⁉︎」

「でも再誕まで留守にしてればいずれバレるじゃない」

「ぐっ」


そうなのだが。

そうなのだが!


「ほら、こないだフレディとヨナに弟が二人生まれたから、その報告も兼ねて、だってさ。ウィルの息子さん? に伝えておくって言ってたけど……」

「フェノワールか……。しかし、奴でもファルシアークとウォートルリアが同時に動けば……」


そこまで言って、その先は喉を通らなくなった。

その先を言ってしまえば、森に帰らざる得なくなる。

ぎゅう、と口を一本に結ぶ。

ウィノワールの事を、私はどうこう言える立場ではない。

私なんぞ、息子に『本読んでくる』と言ってそろそろ丸五年、連絡なしだ。

竜の時間感覚で五年なんぞ短いものではあるが……私、一応『八竜帝王』の一体である。

ぶっちゃけこの人間の国には不可侵故、入ると敵対行動と見咎められたり、滞在にも報告と許可と監視が必要だったり……色々あるのだ、色々。

でもそれをぜーんぶ、竜人のフリをして魔力を完全遮断のスキルで感知させず、こっそーりここにいる。

バレたらさすがにこの国の王妃に収まったケルベロス……椿に殺されるかもしれん。

そう易々と殺されはせんだろうが、まあ、絶対怒られるよなー……。

私、昔は本当に人間を殺しまくってきたのだ。

覚えている人間なんぞ生きてはおらんだろうが、やってる事は人間どもが昔我が領域を侵した事と何ら変わりは……いや、私はただ本を読みに来ただけだし?

別にいーじゃん?

そうだ、別に敵対行動を取ってるわけでもないし〜。


「…………」

「シルフィ気付いた?」

「……気付いたぞ……アルバニス王族が森に来るのだな……」

「そうそう。多分他の『王』にも新しい王子たちを紹介に来ると思うよ」

「…………どのみち一度森には戻らねばならぬという事か……。何冊か借りて行っては駄目だろうか?」

「…………。仕方ないから俺名義で借りてあげるよ。何読みたいの?」

「『竜騎士伝記』の95巻から105巻を……」

「ま、また超大作に手を出して〜……」


そわそわしながらハクラに『竜騎士伝記』を十冊、借りてもらった。

もうすぐ150巻が出る、超大作『竜騎士伝記』……はああ、楽しみ〜。

創作物語も馬鹿には出来ぬなぁ!

人間どもの感情が良く描かれていて、間際にぎゃあぎゃあ騒ぐ理由が大分理解出来るようになってきたぞい。


……人間は死の間際、死を恐れて泣き叫ぶらしい。

私は死を越え、転生する『王の竜』。

その感情は理解に苦しむ。


「…………」


本の表紙を撫で、無意識に笑みが浮かんでいた。

理解出来ぬ事ではあるものの……本に詰まった人間の感情は文字として我が中に染み渡ってくる。

私は『風属性』の竜故、物語の中の吹き荒れるような感情の情報が心地良い。

穏やかな感情の本も良い。

凪が全く知らなかった人間の感情を伝えてくれる。

本は良いものだ。

風の私でこれなのだから、進化と情報を司る『雷属性』のメルギディウスもきっと本を好きになるだろう。


「そうだ、ハクラよ。今度メルギディウスにも本を読ませてやれば良い。あやつも必ず本を気に入るはずぞ」

「メルは端末の方が気に入ってたよ」

「な、なんと!」


……なるほど、あやつはそっちか。

まあな。確かに通信端末の方が奴の好みそうなところでもあるか。

私も端末いじりは嫌いではないしな……。

本も良いと思うのだが。


「知識欲に関してならザメルも本が好きそうだよなー」

「おお、そうだな! 賢者ザメルの名に違わぬ知識欲を持っておる故、必ず気にいるだろう! ……とすれば、一巻から十巻も借りてゆくべきか?」

「いきなり『竜騎士伝記』はやめなよ! えーと、ほら、上下巻完結のやつからにしたら?」

「それならば『恥じらう乙女の鉄拳制裁』あたりが良いだろうか」

「…………。それはジャンル何?」

「さて? 私は良く分からなかったが、心理描写が細かく勉強になるやつだった」

「良く分かってないって言っちゃったじゃん」


うむ、確かに。

そういえばあの手のものはいまだにこれっぽっちも理解が出来ぬ。

ああ、そうだーー確か…………。


「あの! 恋愛ものならこれ!」

「「ん?」」

「これがオススメですよ!」


大きな眼鏡。

左右に編んだ髪。

ずぶ濡れだような色のローブを着た、人間のメスの子ども?

それが差し出してきたのは『灰かぶりの掃除姫』。

それを手にすると、女は満面の笑みで語り出した。


「あのですね、これは最新作なんです! よ、良かったら読んで感想を聞かせてください!」

「あのー、悪いんだけどこの人……」

「いや、良い。興味深い。借りてみよう。期待するような感想は言えぬかもしれぬがそれでも良いのか?」

「はい! あの、わたし……わたし、新人作家でして、えっと、こ、この……」


ごそごそ、手提げ袋をこねまわす女。

ん? 今作家と言ったか?


「この『太鼓持ち女』という本でデビューしたばかりなんです!」

「……あー、営業で図書館に来てる人か」

「は、はい! もしよろしければ是非!」

「なんと、作家が自分で図書館に貸し出しを営業しに来るものなのか?」

「新人作家さんは営業しないと目に留めてもらえないからね。特にこういう創作恋愛小説って」

「なるほど……?」


確かにアルバニス王国の『図書館』は強大だ。

そのほとんどは実用書や歴史書や古の禁書などだろう。

私の好む創作小説は存外少ないのだ。

いや、実用書も多岐に渡る故、読むとなかなかに興味深く面白いのには違いないのだが。


「端末雑誌で連載してるわけじゃないの?」

「あ、えーと、わたし紙の本が好きだったので……紙でデビューさせてもらいました」

「へー、変わってるね」

「よ、良く言われます。でも、紙の本なら『図書館』に寄贈されて永遠に残りますし……」

「んー、まあ、そうだね……」

「まあ、感想は送られてこないんですけど……」

「だろうね」


なにやらハクラと話しながら落ち込んでいく女。

本は端末でも読む事が出来る。

それは私も知っている。

だが、紙の本の方が『うっかり魔力量を誤って端末を壊す』心配がないのだ。

故に私は紙を好む。

端末は最低限生活する時に使えれば良い。


「ふむ、興味深い。そちらも借りよう」

「え! 本当ですか⁉︎ ありがとうございます!」

「とりあえず一週間ね。えーと……」

「わたしはケーシィです。ケーシィ・マッグガーネ。……ま、魔法学校は落第しましたが!」

「その告白は必要ないよ?」

「作家で食べていけるようになりたいので! 応援よろしくお願いします!」









これは図書館に引きこもっていたい竜王と、創作作家の生贄が、国を揺るがす事件を引き起こすまでのほんの序章ーー。

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