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【49】忠義の産声


「己の恥を、認めろよ――イルガス」


先代の姿を象った精霊は、嘲笑するでもなく

卑しい笑みを浮かべるでもなく、暖かい目で

僕を見て、そう言った――恥を、認めろと。


「恥……だと」


「ああ。人によって恥というのは差異があるが……。

お前にとっては、認めたくない筈の感情であるだろう」


「なんだ、それは」


周りの景色は、いつの間にかなくなっている。

すべての情景が、僕と先代の返答を待つように

静寂を保っている。


一言で言えば、白だ。


圧倒的なまでの、白色の世界。


出口はどこにもない。僕に、

逃げる事を許さないように。


「――恋だよ」


「……はあ?」


本気で、何を言っているのかわからない。


今、頭の中にあるのは精霊という超常の

存在に対する無理解と、どこからでてきたか分からない

既視感だった―……。


「心当たりがないか。なら、それもまた重畳!

自分の心に聞かせなければ、意味がないからな」


……自分の心に、聞く。


僕に、剣と知識ばかり詰め込んできたこの脳に。

恋なんていう異分子が、混ざっているというのか。


『イルガスくん……ひょっとして、照れてる?』


「ッ……」


どうして、ここで殿下が出てくるのだ。


「思い至ったか。己に秘めた――蜜月の記憶を」


頭をちらつくのは、

殿下とともに歩いたトータウスの町並みと。

半ば強制的に食わされた、食べかけのソフトクリーム。

僕をからかってほくそ笑む、殿下のお姿だった。


『お前……殿下に恋をしているのではないか?』


ああ、いつかのオヤジ(ジヲォン)の言葉までもが!

お前は出てくるな鬱陶しい!


「認めない……認めないぞ僕は!

仕える身でありながら、思いを寄せるなど……」


断じて認めない。


それは、僕が思い描いた忠誠の姿とは

かけ離れたものだ。


思い出せ。


僕はなんのために、兵士を目指した。

なんのために、高みに登らんとした。


――全ては、世界が変わるその瞬間を

――王とともにこの目で見届ける為に。


そのためなら、僕は!


「――何だって、できるのではないか?」


黙れ。


「おのれの秘めた思いを曝け出すのが、

そんなにも怖いか」


黙ってくれ……。


「拒絶されるのが、そんなにも」


「――うるさああぁぁい!」


気づけば鋭い声音で怒りを叫び、

感情を露わにしている自分がいた。


――僕は、生まれたその時に声を上げなかったという。


なら僕は、生まれて始めて、声を荒げたかもしれない。

ただ毎日を冷静に、沈着に生きてきて。

司令塔としての真価を発揮するために。

自分のキモチを押し殺してきたのに。


――ああ、どうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。


「誰があんな人を好きになるか! あんな、食べかけの

モノを率先して勧めてくるような元くそヒキニートに!

僕がいなければ自立もできない遠出だってできない癖に!

何を粋がってやがるんだ、調子に乗るから死んだんだろ!

僕も、あんたも、ゲイブも、ブラッドフォードだって!

『北の魔王』だろ! 魔族の……悪逆の王だろうが!

『西の勇者』に、正義の味方に負けてどうするんだ!

アンタは、アイデンティもなにもない、

ただの女の子じゃないんだからさ……」


言葉が溢れてとまらない。

自分でも笑えてくる。僕はずっと、

殿下にこんな事が言いたかったのか。


僕はただ、あの人に自立して

欲しかっただけなんだけどな。



「アンタは異世界から来た――この世界のヒロインだろうが!」



貴方は王の血筋である、ゲイブまでもを凌いで。


僕らゴブリンの王になられたお方だろうが!


死んでる暇なんか、ねえんだよ引きニート!



「……ヒロインがいるなら、主人公が必要だ」



先代の眉が、ピクリと動いた。

それが、正解の印だと思った。


「――ただ、それだけさ」


『南の賢者』とその精霊――

お前たちが作り上げる世界の

シナリオに沿って生きてやる。


物語は、僕たちが作る。


そこに恋も愛もない。


ただの主人公と、ヒロインの関係――

今の僕たちを結ぶ関係は、それだけだ。


「――よくぞ言った。忠義の兵士よ」


先代だった影は、燐光を帯びて

空気に溶け込むように消えていく。


薄く残った体で、彼はいう。


「――やはり貴方がたは、イズミさんと共に、

この世界を変えるお方の一人……主の思惑は、

間違っていませんでした」


「それが、お前の素か。精霊」


「はい。名は、ありません。

どうぞ、お許しください」


「いや、それは構わないが……。

僕は、試練に適合したんだな?」


「ええ。黄泉への片道切符は、

まだ発行できません」


「それは何よりだよ」


これでまた、あの人に会えるのだ。


世話を焼かなくては生きていけない、

元引きこもりの、不完全な僕らの王。

あまりにも王道とはかけ離れているのに、

なぜか目が離せないのだ――あのお方は。


イズミ殿下……。


貴方が、『陛下』となられるその日まで。


このイルガス、永久の忠誠を誓います。


「……あ、生き返られる前に、もう一つ」


「なんだ」


「あなたの主様から、一つ、名を頂きました。

ノイリー……今後お会いした時は、その名で」


「……分かった」


まったくあのお方は……。

人に要らん恩寵を与えるのだけは一流だ。


さあ、幻想の世界が終わる。戻ろう、主の元へ。


「賢者のご加護があらんことを……」


精霊に見送られながら、僕の意識は

白へと吸い込まれていった。



「……げほっ」


目を開けると、砂塵と血の匂いが

嗅覚を刺激する。


目前には、その原因となっているで

あろう屍の山が気づかれていた。


北の平原に、いくつもの有象無象の

物体が作り上げられている。


「……さて」


兵士として、やるべきことをやろう。


まずは、囚われているであろう殿下の

奪還だ。


『――応答しろ、レイ』


思念通話でレイに電波を送ると、

返事はすぐに帰ってきた。


『イルガス!? 生きてたの!?

無事なの!?今そっちに救援を」


『要らない。そこに待機しろ、

僕が行く。そうしたら……』


空気を胸いっぱいに吸い込む。


血みどろの空気を肺で濾過して、

僕はそれを『決意』として吐き出した。


「兵士の忠義を―……尽くしに行くぞ」



今後の展開ですが、

イルガスの回想が終わったので、

次からイズミ回を数回、そして

穂刈くんがまた出て来る予定です。

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