【06】泣きそう
――ゴブリン城塞、周辺にて。
「ここは……!」
二人組の男たちを追っていくと、なんとゴブリンが住まう城にまでたどり着いてしまった。
奴らが城に入るのも見た。ここに住まうモンスター、――ゴブリンの一味で間違いはない。
……しかし解せんな。
人に扮したゴブリンロードが時たま下界に降りて、悪逆を尽くすというのはよく聴く噂だが……。追っている奴らにはそれほどの気品や威厳は感じられなかった。
すると、下っ端の雑魚か?
だとしたら、なぜそんな奴が人間の姿を保っている……?
「クソッ。情報不足もいいところだな……!」
城に乗り込むか、一人で? 増援を読んだ方が、いやしかし、或いはオレ一人でも……。
思案に暮れていると、嫌な悪寒が背筋を襲った。
その正体は……。
『――城塞周辺の、全領土の住民に告ぐ! 私は二代目ゴブリンロード、タドコロ・イズミである。私は今、部下が操る思念電波を使ってあなた達の脳に直接言葉を送り込んでいる。数分しか保たないらしいので、よく聴いて欲しい。……人間界の人々よ、日々の暮らしに、こうは思ったことはないか?』
声の主は、そこで「すぅー……はー……」と大きく深呼吸をする。
『――今の世の中、人々はみーんな働き過ぎていると!』
……は?
城塞の天井から、バン! と扉を蹴り破る音がした。
音の方向を見やると――年端もない少女が、身を乗り出して叫んでいるのが見えた。
「今ここに、私は宣言する! 私はあなた達を、働かないようにさせてやる!
働かなくても、生きていけるような世界に、私が変えてやる!」
何を言ってるんだ、危ないぞあの女!?
『人間とモンスターで、少ない資源を争い合うなんて間違っている!
それを証明する手始めに、ここから一番近い山村――キズル村を侵略しに行きます!
以上!」
そう言い放って、少女は城の中へと戻って行った。
それを間近で聴いたオレはと言うと……。
――なぜか、興奮にはやる気持ちを抑えられず。
「――たのもう!」
気づけば、城門からゴブリンの根城に単身で乗り込んでいった。
◇
――長髪の男がゴブリン城に乗り込む、およそ一時間前のことである。
「皆を集めましたぞ、皇女殿下」
「うん、ありがとうジヲォン。――これから城の皆に、大事な話があります」
王に間にみんなを集めてもらった私は、いつもの玉座に座りながら口を開いた。
「――これからこの城は、人間の人達に攻略されてしまうかもしれません」
さっき出た結論を口にすると、人間になったゴブリンたちも一様にざわめき出す。
「この城が攻略されるって!?」
「そんな簡単に落ちるわけがない、ジヲォン様とLevel99の皇女殿下だっておられるのだぞ!?」
「いや、分からないぞ。村の勇者や冒険者が束になって襲いに来たら、ただでは済まないぞ!」
「落ち着いて、みんな」
混乱する城内に、私の冷静な声がこだまする。
「元はと言えば、人間側の資源を取りすぎちゃった私たちの責任でもあるの。
そこで私は、人間たちとの『和解案』を提案します!」
イルガス、レイの参謀二人が、私の言葉に「ほう?」と興味ありげにつぶやく。
食いついた!
「このままじゃ、私たちゴブリンと人間が資源を巡って争って、共倒れしちゃうと思うの。そこで、和解する。私たちゴブリンは、多めに取っちゃった資源を譲って、人間に恩を売る。そして、私たちの食料支援なしじゃ生きられないようにしちゃう――つまり、人間をダメにさせるのよ」
「人間たちをダメにさせる、だと!?」
「皇女殿下は何を考えているのだ!?」
「……いや、いい考えかもしれんぞ。多勢に無勢で攻められる事はなくなるからな」
「――なるほど、考えたな」「――ちょっと見直したわ、あの小娘」
どうやら、参謀の二人は完璧に理解してくれたらしい。
「人間側を主従関係に収めてしまえば、危害は加えられることはない。
それでいて僕たちが払う代価は、多めに取ってしまった資源のみ……」
「これを永続的に続ければ、人間はゴブリンなしじゃ生きていけなくなる……。
要するに、資源調達は私たちゴブリンに任せるように『依存』させればいいのね」
そう。
これこそ私が考えた、『働かせずして、攻めさせない』作戦。
異世界人類ニート化計画である。
……前世で誰かに依存していなければ、たどり着けなかった作戦だと思う。
でも、その経験があるから。今のゴブリンロードとしての私がここにいる。
「――皇女殿下」
ジヲォンと、後ろにイルガス、レイ。何人もの兵士が私に視線を向けていた。
それは家族に向けるような、暖かい目だった。
「我らは貴方のことを、勘違いしていたらしい。
――貴方こそ、我らの新しい王に相応しい」
皆がいっせいに、膝を曲げる。
「改めて、あなたに忠誠を」
「どうか僕たちゴブリンを――弱小モンスターたちを」
「導き、守ってください。イズミ皇女殿下」
皆がくれる、心地のいい重圧と責任感。味わったことのないその重さに、なんか。
……ちょっと、泣きそうだった。
一回、学校のてっぺんから何か叫んでみたいですね〜。