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【43】激突⑥


「俺の名はぁ、雪宮稜平。――ユキミヤ・リョウヘイだ」


口元にべったりと付けた油とのり塩が汚らわしく、

脱いだフードから覗く髪は、雑なパーマがかけられていた。


一見していい印象を持たない中年の男……だが、その男こそ。


「西の勇者――ユキミヤ・リョウヘイ……!」


イズミを背後に庇い剣を掲げるイルガスさえ、その名に

恐怖したように睨みを利かせる双眸を細める。


男はふっと口元を綻ばせて、だらりと剣を下げた。


「おいおい、勘違いするなよ兄ちゃん。怖い顔すんなって。

俺はぁ別に、イズミちゃんを傷つけようなんてしてねえよ」


「……減らず口を。ついさっき、殿下を切ろうとしただろ」


「切るぅ? はは、冗談じゃない。

これよく見ろよ。おもちゃだぜ?」


リョウヘイは、ぽいっと剣を投げる。

地龍の堅い肌の上で、

鏨の刃は緑の閃光を放って砕け散った。


「……マナを収縮した疑似模型、か」


「そう。ハナっから遊びだ。どうせ、

兄ちゃんみたいな、『いい意味で』

邪魔な奴が現れると思ったからな」


やれやれ、と言いたげに肩を竦める突然の来訪者。


自分が戦場にいるという自覚がないのか、

緊張感なく地龍の上にドカりと腰をおろした。


「初めまして、だな。イズミちゃん」


その瞳に、イルガスは映っていなかった。

ただ一直線にイズミだけを見つめている。


「耳を貸してはなりませんよ」


「いいよ、イルガス。どうせ、私に敵うはずないんだから……」


私はレベルカンストゴブリン。

自分に対する自尊心は、勇者を目の前にしても

明確な強さの証左として泉魅の心を励ましていた。


「おーおーその度胸は買うぜ、お嬢さん」


地龍が旋回している下では、今でもゴブリンの兵と

人間が、争いを続けている。早く、加勢しなくては。


「んで、本題なんだがよ―……タドコロ・イズミ」


フルネームで泉魅を呼ぶと、

油で濡れた唇をニッと動かして。


「――世界の平和のために、死んじゃあくれねえか?」



「……いま、何と言った」


当然のように死刑宣告をする男は、

友達の家に居候するようにあぐらをかき

あくびを吹かしている。


「そのまんまの意味だ、近侍くん。

大陸にとって、北ってのは邪魔な領土なんだ。

なんせ、魔物や魔獣が蔓延ってるんだからな。

ならもう、いっそ『北の魔王』には死んでもらって、

魔族のいない新しい北の領土を作ろう……って話さ」


「貴様、殿下にそこまでの物言い……ただで済むと思うなよ」


イルガスの剣に鬼迫が宿る。並ならない怒りと

殺気が、彼自身を包んでいくように増幅していく。


「――っていうのが、お偉いさんたちの意見。

俺が、アンタたちの前に現れた大義名分だよ」


そんなイルガスに身震い一つしない男は、

本当に泉魅と同じ日本出身なんだろうか。


そのたった一言でイルガスの気を引き、

一瞬だけ鬼迫を帳消しにした。


「俺の意見を言うとだな……」


男は頭をボリボリと書いて、

言葉を選ぶような間を取るが、

やがてふっきれたように言い出した。


「今こうしてイズミちゃんの前に現れたのも、こうして

正義の味方っぽいオッサンとして立ちはだかってるのも、

ぜーんぶ。――俺の二十年かけても達成できない悲願を、

成し遂げるための行為なんだ」


双眸には、彼が言った『二十年』という歳月の

重みが滲み出ていて、溢れんばかりの感傷が

伝わるようだった。


「――俺は、この世界から出てぇんだ。

人が簡単に死んで、人外生物が蔓延る。

そんな命を軽んじるような、クソったれな世界から……!」


イルガスの鬼迫すら蹴落としてしまいかねない、

『西の勇者』らしい圧倒的な剣気を纏う語気―……。


レベルの厚顔なんて、一瞬で剥がれ落ちてしまう。

歴然とした――人としての本当の『レベル』差に、

イズミも思い出したように鳥肌がこみ上げてきた。


「その為なら、JKだろうがゴブリンだろうが

蹴散らす。それが俺の勇者道……生き様だから」


男は、『西の勇者』は、ユキミヤ・リョウヘイは立ち上がった。


この世の悪を正さんと、北の悪魔を滅ぼさんと。


人間としての正義のため、世界の平和のために。


輝かしい『正義』のメッキに、

燃えるような欲望を潜ませて。


「女神を、殺させるかよ―――!」


その背後から、獣の爪のような

武器を繰り出すゲイブの姿が。


しかし、その爪が肉を切り裂く感触を

待たずして、ゲイブは自分の肉体が爆ぜる音を

聞くことになる。


「うっ――そ、だ……ろ……」


本当に、刹那の間だった。

目にも止まらない斬撃で、ゲイブの四肢は

腕と胴体の2つに切り離された。


切り落とされた腕が、ビクビクと痙攣している。

残った―……いや、わざと残された喉から溢れる

鮮血が、地龍を、そして彼自身を赤く汚していく。


「ひっ……」


思わず恐怖の声をあげたイズミに、感情が

篭っていない声でリョウヘイはつぶやく。


「そら、見ろよ。

みんな、誰かが死ぬのは怖い。

なのに、この世界ではそれが簡単に起こってしまう。

戦争は、とっくに終わった。日本で、七十年も前に」


足取りはゆっくりと、イズミとイルガスの方へと

向かっていく。濃厚な死の旋律を、匂わせながら。


「こんな剣……鉄の塊に、人を傷つける権利なんてない。

ただ偉いだけの人間が、人を行使する権限なんて、ない。

ただの、人の妄想が……魔法がッ! 人を殺してなんか、

良いはずがないんだ!!!!!!」


――盾となったイルガスが、ゲイブの跡を辿るように

右肩から脇腹を深く切り裂かれる。


「でん、か……に、げっ、て……」


イルガスの最後の言葉は、

命果てるまでイズミへの忠信を示していた。


広く飛び散った彼の血が、イズミの頬へ

ひゅっと当たる。とても、暖かかった。


「想像は人を傷つける。

妄想は人をダメにする。

俺たちは、嫌な夢を見ているだけだ。

俺が殺して、今すぐ夢から覚ましてやるよ」


そして意思を持たない鏨の剣が、抵抗しない

イズミの喉元に突きつけられ―……。


「この、悪夢みたいな、お前の妄想から」



「……来ましたか」


禁書庫の本棚にある一冊の辞書から、淡い光が放たれる。

これは歴史に名を残すほどの事象が、世界に起きた証拠だ。


歴史の傍観者、ロウム・クロノウェルは、そのキレイな指で

ページを捲る。捲る。捲る―……そして、辿りついたページには。



――『北の魔王』死亡。継承者、未だ見つからず――



ただ、それだけが書いてあった。



投獄編に続く……。

いやあ、長かった。

どうぞこれからも、暇な時にでも読んでくれると嬉しいです。

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